書評・エッセイ

2020年2月号掲載

役者としての人生を無駄なく生きている

市村正親『役者ほど素敵な商売はない』

草笛光子

対象書籍名:『役者ほど素敵な商売はない』
対象著者:市村正親
対象書籍ISBN:978-4-10-353121-0

 1993年のミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』で共演以来、"イチ"こと市村さんとは、知り合いの焼き肉屋さんで時々ニアミスするぐらいで、20年以上、同じ舞台に立つどころか、遊んだことすらなかったの。なのに、ある時、突然連絡をくれて、「こういう舞台の話があるんだけど、どう?」って、私を新しいお仕事へ誘ってくれたんです。それが昨年の『ドライビング・ミス・デイジー』でした。
 すぐに市村さんから「この台本、とっても面白いよ。今から一緒にやるのが楽しみです」というメールが送られてくるし、演出の森新太郎さんは「(デイジー役は)草笛さんにピッタリです」と言うものだから、「私、やりたい!」って、ついつい引き受けてしまったんです。
 でも、いざ稽古に入ると、毎日毎日、森さんからのダメ出しばかり。厳しい演出家とは聞いていましたが、私が演技をする度に「違う! 違う!」と、もの凄い勢いでダメ出しが飛んでくるんです。「そこは右!」「動きが速すぎる!」「手はもっと下!」と、何から何まで。それも稽古中だけじゃなく、幕が開いて本番が始まってもダメ出しは続き、この私が滅入っちゃうぐらいでした(森さん曰く、草笛さんがおっちょこちょいで引き受けてくれてよかった、と)。
 それに比べると、初老の黒人ホーク役の市村さんやデイジーの息子ブーリー役の堀部圭亮さんへのダメ出しは圧倒的に少なかった。私は二人を羨ましいと思っていたんですが、どうも市村さんの方は「どうして僕にはダメ出しが少ないんだ」と逆に悔しがっていたようで。演出家のダメ出しを欲しがるなんて、彼って本当に変わってるでしょ。
 今回、市村さんのエッセイ集『役者ほど素敵な商売はない』を読んでいたら、その時の私のエピソードがこう紹介されていたんです。「この作品の前に、森さんは『奇跡の人』を演出されていたんだけど、(中略)それを彷彿とさせるように、『ドライビング・ミス・デイジー』では、まるで森さんがサリバン先生で、草笛光子さんがヘレン・ケラーのようで」と。ああ、そうだったんだと合点がいったのと同時に、そんな風に私たちを観察していた市村さんに驚きました。稽古自体を舞台にたとえて見ているなんて、どれだけ彼は舞台が好きなんだろうって。
 このエッセイ集には、彼の幼少期の出来事から、演劇に心惹かれた理由、華々しい舞台遍歴、そして独特な役作りまで、市村正親という役者の人生そのものが詰まっています。ページを繰りながら、市村さんの70年をたどって気づいたのは、彼と私は正反対の人生を歩んできたということでした。
 子ども時代ひとつとってもそう。たくさんの友だちに囲まれて、クラスで一際目立っていた正親少年と、小さな頃から極度の人見知りで、「光子ちゃん」と誰かに名前を呼ばれるだけで石のように固まっていた私――。今は同じ役者という仕事をしていますが、演じる役に対する姿勢や役作りそのものも、市村さんと私ではまるで違っていました。
 市村さんは、稽古が始まる前に役作りをほとんど終えているんです。台本が頭に入っているのは当たり前で、演出までイメージできている(自分以外のセリフまで覚えているという噂も)。私の方は、「演出家の余地を残している」と言えば聞こえは良いけれど、要するに台本はあまり読まないまま、ほぼまっさらの状態で稽古の初日を迎えてしまう。言い訳のようですが、私はまず頭や身体に演じる役が馴染まないと、セリフが頭に入ってこないんです。
『ドライビング・ミス・デイジー』の時も、稽古が始まるのはまだ先だというのに、気の早い市村さんが「草笛さん、早く本読みを始めようよ」と、台本を持って私の自宅まで訪ねてきたことがありました。まあ、まっさらの状態の私じゃ、彼の本読みの相手はできなかったのですが。
 年齢の違いもあるのでしょうが、私には、彼のような時間の使い方はできません。午前中にジムやヨガで汗を流して、午後はドラマのロケ、夕方から舞台の本番なんてことがしょっちゅうですから。まさに"イチ"は役者としての人生を無駄なく生きているんです。決して真似はできませんが、そんな彼を私は尊敬しています。
 今年の2月、新しくなったパルコ劇場のこけら落とし公演『ラヴ・レターズ』で、市村さんと二人で朗読劇をやるんです。それもたった1公演だけ。彼のことだから、またしっかり役作りをしてくるんでしょうけど、「イチ、たまには私に合わせて、まっさらな状態で稽古に入ってみたら」って、言ってみようかしら。

 (くさぶえ・みつこ 女優)

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