インタビュー

2020年2月号掲載

『清明 隠蔽捜査8』刊行記念インタビュー

「隠蔽捜査」はこうして生まれた

今野敏

今野敏

累計240万部を超える人気警察小説「隠蔽捜査」シリーズが、今年15周年を迎えます。最新作『清明 隠蔽捜査8』の上梓を機に、警察小説の歴史を変えたと言われるシリーズ誕生のきっかけから執筆の裏話まで、知られざる秘密を著者に語ってもらいました。

対象書籍名:『清明 隠蔽捜査8』
対象著者:今野敏
対象書籍ISBN:978-4-10-300260-4

 シリーズ最初の作品『隠蔽捜査』の刊行が2005年なので、今年でなんと15周年。あっという間です。
 それにしても、『隠蔽捜査』を書いたときは、まさかこんなに続くとは夢にも思っていませんでした。
 1978年に23歳でデビューしてからしばらくは、アクション小説やSF小説を書いていました。特にヒット作が出るわけでもなく、淡々と書き続けていたのですが、10年くらい経った頃でしょうか、昔から書いてみたかった警察小説に挑戦するべきではないかと思い、編集者に相談して、『東京ベイエリア分署』という小説を出してもらいました。これは現在も「安積班シリーズ」として刊行されています。
 ただし、当時はまだ「警察小説」というジャンルは日本では確立していませんでした。私は、コリン・ウィルコックスの「ヘイスティングス警部」シリーズや、エド・マクベインの「87分署」シリーズなど、海外の警察小説が大好きだったので、そういう小説をいつか自分でも書いてみたい、と思っていたのです。
 ところが、いくつか警察の話を書かせてもらっても、なかなか売れませんでした。
 それで2000年に、渾身の力を込めて『ビート』という作品を書きました。「これが売れなければ、もう小説家をやめよう」というくらいに気合いを入れた小説です。
 それなのに、この小説もやっぱり売れなかった。この作品は今も「樋口シリーズ」として続いていて、書けてよかったなと思ってはいるのですが、当時はがっかりしました。
 それで、もう俺は何を書いても売れないんだという開き直った気持ちでいるところに、新潮社の編集者から「キミ、うちで官僚小説を書かないか」とお声がかかったのです。
 正直なところ、官僚小説と言われてもピンときませんでした。官僚など書いたことないし、よく知らない。でも、警察のことはずっと書いてきて慣れているから、「では、警察の官僚の話ではどうでしょう」と。「よかろう。書きたまえ」ということで、書くことになりました(笑)。
 そんな経緯で書き始めてみると意外と面白かったんです。
 警察に限らず、どんな分野の小説でも、官僚というのはたいてい悪役として登場しますよね。物書きの、優等生に対するジェラシーもあるのかもしれません。あとは、お役人の悪口を書いているほうが、一般市民の共感も得やすい。
 ですので、最初はやっぱりそういう嫌な奴が思い浮かびました。ただ、ではその嫌な官僚の立場になってみるとどうだろう、と。
「隠蔽捜査」の主人公で警察庁の官僚(キャリア)である竜崎伸也のセリフは、悪役であってもおかしくないようなものばかりです。「東大以外は大学じゃない」とか「出世できない奴は怠慢だ」みたいなことを次々に言わせている。
 だけど、発言する側に立って書くと、同じセリフでも感覚が変わってくるんです。なぜ彼はそういうことを言うのか、そこには一つの信念があるのではないかと思えてくる。その変化を読者の方にも味わってもらいたくて、最初は嫌な官僚らしく、だけど段々と主人公の側に立場をシフトするように......と意識して書きました。
 技術的に凝ったというよりは、ただそういうふうに書くのが面白かったんです。しかも『ビート』で一度、散々な目にあっていますから、「どんなに気負って書いてもどうせダメだ」と思うと肩の力が抜けて、するする書けました。
 おかげさまで、「隠蔽捜査」は今日まで続く人気シリーズになりました。
 これは運も大いにあります。というのは、時代もよかったんです。元新聞記者の横山秀夫さんが、90年代のおわりから警察小説を精力的に書かれ始めて、「警察小説」というジャンルがちょうど確立していった頃と重なりました。私が若いころに読みたかった小説が、ようやく日本でも発表されるようになった。これは、横山さんの功績が非常に大きいと思いますし、私にとっても恩人ですね。読者を「警察小説」というジャンルに引き込んでくれた。それで、「隠蔽捜査」は書き続けることができました。

大森署は書いていても面白かった

 さて、竜崎というキャラクターが生まれたのはよかったものの、彼はキャリアの課長ですから、普通は現場には関わりません。でも私としては、どうしても「官僚小説」ではなく「警察小説」が書きたいわけです。
 警察庁の官僚を、なんとか所轄に行かせられないか。となると、懲戒処分しかないだろうということで、竜崎は家族の不祥事によって大森署の署長に飛ばされます。
 後から警察関係者の方々に伺うと、「おとなしく警察署に行くキャリアなんかいないですよ、あんな懲戒処分を食らうぐらいならまず辞めますよ」と言われたりもしたんですが、とはいえ、「あれは行ったから面白いんですよ」と言ってくださる警察官の方もいて、それはそれでありだったのかなと思っています。
 大森署を舞台とした物語は、書いていてものすごく面白かったです。書いている本人が面白いんだから、読んでいる方々も多少は面白いはずだと自負しています(笑)。
 もう、ほとんど水戸黄門の世界ですよね。まさかキャリア幹部、それも警視庁本部の部長である伊丹と同期で階級も同じという人間が所轄の署長をやっているとは誰も思いませんから、最後は格さんの出す印籠のように、主に伊丹の登場によってそれが明かされ、周りは否が応でも竜崎を見直すことになる。そういう設定は楽しく使わせていただきました。
 署員たちもかっこよく見せる工夫をいろいろしています。
 たとえば貝沼副署長は、もともとは何を考えているのかよくわからない人です。それに杓子定規で、信念に沿って自由に行動しようとする署長を叱る役であるはずなのです。ただ、しばらくすると彼も署長に情がうつってくる。前と同じ行いであっても、貝沼さんの行動原理は、「竜崎署長のために、私があえて悪役を引き受けよう」というように変わってくる。そう読んでもらえるように、心情を移していっています。
 あとは、平和島に行って競艇をやっているような不良刑事の戸高。彼は勤務態度もあまりよくない。それでも実は捜査能力が非常に高いということにしておけば、読者に嫌われません。今ではむしろ人気のあるキャラクターです。
 このシリーズはやはり主人公の立場が特殊なので、そこに注目されることが多いのですが、実は語り手である主人公は、そんなに活躍できないんです。私は、主人公というのはあまり個性があってはいけないと思っています。それよりも、主人公の個性を引き立ててくれるような個性的な脇役を何人か出すということを意識していますね。

「竜崎像」は読者それぞれ

 さらに言うと、私は人物の描写はほとんどしません。シリーズを読んでくださっている読者のみなさんは、おそらく主人公や登場人物たちの、ヘアスタイルとか顔つきとかがなんとなく頭に浮かんでらっしゃると思うんですけど、私は実は、一回もそれらを描写したことはありません。
 竜崎が眼鏡をかけているかいないか、目が大きいか小さいか、背が高いか低いか、というようなことは一言も書いていない。ただ、みなさんの中で「竜崎像」というのはあると思うんです。描写しないと、読者の方がご自分の人生経験から勝手に想像してくれるんです。
 実はこのやり方は、イギリスやアメリカの小説などとは対極をなしています。英米の小説はものすごく細かく風貌を描写します。多民族国家なので、きちんと描写しないと、読者の理解や共感が得られない。
 対して日本の場合は、そんなに描写する必要はないなとあるとき気づいたんです。日本語はそもそも主語のいらない言語ですし、あと、私は生まれついての面倒くさがりやなので(笑)。書き手が面倒だと思って書いたことは読むほうもきっと面倒だと思ったので、余計な説明は一切しません。過剰な形容詞も使わない。それが功を奏するというのが、私の経験です。
 文体については、ロバート・B・パーカーの「スペンサー」シリーズやジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』等の翻訳をされている菊池光さんの影響も多分にあると思います。菊池さんのすっきりした文体が好きで、若い頃は一時期、意識して真似ていたこともあるくらいですから。
 さて、「隠蔽捜査」の話に戻ります。
 楽しい楽しい大森署ですが、いい加減、ネタが尽きて参りました(笑)。それもそのはずで、シリーズ2作目からスピンオフも入れれば8冊分、気づけば大森署を書いて足かけ10年以上です。といっても作中での時間感覚はおおよそ2年くらいで、ぎゅっと詰まってはいるのですが。
 私も大森署が大好きなので、竜崎には一生いてもらってもいいかなと思ったほどですが、とはいえ家族の不祥事についてもそろそろ禊は済んだはず。そんなわけで、シリーズ8作目となる『清明』では、ついに竜崎は神奈川県警に異動、県警刑事部長に着任します。
 今回は神奈川県警、そして舞台の一つである中華街にも取材に行きました。異動先でもまた嫌なヤツが出てきます。もちろん伊丹も出てきます。竜崎に立ちはだかる壁も、公安、そして中国とどんどんスケールアップしつつあります。
 私もがんばって書き続けますので、読者のみなさんにも、シリーズの新章開幕をぜひ楽しんでいただけたらと思います。(談)

 (こんの・びん 作家)

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