対談・鼎談
2020年2月号掲載
芸術新潮2019年12月号「これだけは見ておきたい2020年美術展ベスト25」発売記念対談 於・神楽坂 la kagū
美術展ゆく年くる年
山下裕二 × 成相肇
2019年のベスト&2020年はこれが来る!
日本でもっとも展覧会を観ているといっても過言ではない美術史家と、約3年半にわたり「芸術新潮」で切れ味鋭い展評連載をしていた、東京ステーションギャラリーの学芸員。
世代や専門は異なるものの、一流の鑑賞者であり、展覧会制作者としての貌も持つ二人が2019年のベスト&2020年期待の美術展について語り尽くした――!
縦横無尽侃々諤々のトークバトルを誌上再録します。
対象書籍名:芸術新潮2019年12月号「これだけは見ておきたい2020年美術展ベスト25」
ふりかえる、2019年の展覧会
山下 まずは2019年の展覧会をざっと振り返ってみましょうか。2019年スタートの展示で来場者数がいちばん多かったのは森美術館の「塩田千春展」。
成相 その数66万人。塩田千春なんて一般的知名度はほとんどなかったのに。
山下 赤い糸が覆ったインスタレーションの空間を撮影フリーにしたおかげで、インスタ映えしちゃって大ブレイク。
成相 僕は大型企画展が好きじゃないし、上野にもあまり行かないのですが、50万人近い人が見た国立西洋美術館の「松方コレクション展」はすばらしかった。モネの睡蓮の修復画なんかが話題になりましたが、西洋美術館の核となったコレクションの来歴について、緻密な調査の結果が集約されていました。
山下 そうだね、非常に意義深い展示でした。そして「クリムト展」(東京都美術館)も57万人入りと大人気だった。
成相 《ベートーヴェン・フリーズ》の原寸大複製画があったけれど、本来高いところに描かれた壁画なのに、下の方に展示していて、これでいいのか? と気になりましたね。
山下 日本美術では東京国立博物館の「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」も健闘しました。立体曼荼羅のうち一番イケメンの帝釈天を撮影フリーにして、これまたインスタ映えで大盛り上がり。それと僕がプロデュースした「奇想の系譜展」(東京都美術館)もお蔭様で30万人近くの方にいらして頂きました。若冲や国芳が出るから過度の混雑を心配したけれど、鑑賞にも差支えない、ほどよい入り。
成相 始まってすぐのころに行って、ぜいたくな空間でゆっくり鑑賞できました。
山下 東京ステーションギャラリーの「岸田劉生展」も資料性の高いすばらしい展示だったね。
成相 お蔭様で弊館の規模としては上々の5万人の入りでした。
2019年の展覧会ベスト5
山下 さて入場者数ランキングとはまったく被らない、我々のベスト5を発表してゆこうか。
成相 僭越ながら僕から。第5位は東京国立近代美術館の「MOMATコレクション1950s-1960s『土』のなかに『日本』はあった?/掘り起こしたあとに、何が建ったか」。ご覧になりました?
山下 たぶん見たけれど......どういうのが並んでいたっけ?
成相 日本各地で埴輪や土偶といった考古遺物の発掘が盛んとなった50年代、東京オリンピックを機に新しいビル群がつぎつぎと建ち上がり都市風景の変わっていった60年代――。「土」をキーワードに、そういう時代状況を色濃く反映した美術・工芸品をコレクションのなかから集めて見せた展示です。岡本太郎から猪熊弦一郎、ピカソまで。
山下 なるほど館蔵品を活用した、コンセプト重視の展覧会ということだね?
成相 そうです。近美の常設展示はいつも面白いのですが、こういうアクチュアルな企画をもっともっとやってほしいなと思いました。そして第4位は国立国際美術館の「コレクション特集展示 ジャコメッティとⅠ/ジャコメッティとⅡ」。これも常設展示を活かした企画ですね。
山下 残念ながら僕は見ていない。
成相 ジャコメッティのモデルをやった矢内原伊作という人がいるのですが、彼をモデルにした作品が国立国際美術館の収蔵品になった。それを記念した展示が開催されたんです。
山下 矢内原伊作って法政の哲学の先生だったんだよね。
成相 そう。ジャコメッティに関する本もたくさん出している。展示室の中央にドンッと矢内原をモデルにしたジャコメッティの作品があって、矢内原の人物像について、この彫刻について、ジャコメッティについてと多様なコーナーがあり。さらに彫刻の制作手法や作者とモデルの関係といった広がりの中で、ほかのコレクションも見せていて。1つの作品からこれだけテーマを拡大できるのかと感激でした。で、第3位は現代美術の集団カオス*ラウンジの黒瀬陽平さんが中心となってやった企画「TOKYO2021 美術展 un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング」。東京駅のすぐそば、戸田建設のもうすぐ取り壊しになるビルを会場にして開催された展覧会です。
山下 正直言って、カオス*ラウンジってどうも苦手なんだ。
成相 面白かったですよ。オリンピックで沸く東京で、あえてその翌年の2021をタイトルに掲げた。大規模な災害と祝祭が交互に繰り返されてきたことを踏まえて、「慰霊」という仏教的な思想がテーマ。過去や未来を想うとか、見えない相手に思いをはせるという行為は美術が連綿と続けてきたことなわけで、それを、社会学的な調査やVRなんかを駆使しながら、幅広い世代の作家とスタイルで親密かつ刺激的に見せていました。そして第2位は「OH! マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」(兵庫県立美術館)という、一見ふざけたタイトルだけれど非常に見ごたえのある展覧会です。
山下 これも見てないなあ。一体どんなものが出たの? チラシにはのらくろや月光仮面が出ているけれど。
成相 漫画や紙芝居、今和次郎の「考現学」とか戦争画も。昭和から平成まで時代ごとの大衆とヒーローを切り口に、日本の政治・社会状況のオモテウラを描く文化を見せた展覧会です。大衆的な風俗と戦争という二極の間に「ヒーロー」をはさんで見るという構成が秀逸。すごく僕好みでした。
山下 なるほど、成相くんは「石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行」(府中市美術館、2011年)とか「パロディ、二重の声――日本の一九七〇年代前後左右」(東京ステーションギャラリー、2017年)とか、美術とサブカルの周辺領域をいっぱい詰め込んだタイプの展覧会をやってきたもんね。
成相 非常に近いテーマを考えていたので、「やられた!」という感もあり。やはり前衛美術を調べていくと同時代の大衆が何を見ていたかに注視せざるを得なくて、必然的に展示も美術だけでくくれなくなってくるんです。
山下 それはそうだね。そして栄えある第1位は?
成相 「愛知県美術館リニューアル・オープン記念 全館コレクション企画 アイチアートクロニクル展 1919-2019」。あいちトリエンナーレの前にやっていた展示です。
山下 これも見てないんだよ、僕は。
成相 えー! ことごとく合わない(笑)。
山下 わざと僕が見てなさそうなものをあげようとしてる。
成相 いやいや。これも常設展示の延長なのですが、常設といっても愛知県内の、名古屋市美術館、豊田市美術館のコレクションを併せて、1919年から2019年までの愛知の前衛美術を辿っていくという、かなり意欲的な企画なんです。そもそも愛知の周辺には優秀な研究者や学芸員が集まっていて、「リア」という美術批評誌も発行しているんですが、その編集部が図録も担当して、非常に充実した内容になっていた。
山下 僕も愛知県美術館とは付き合いが長くて、いままで「円山応挙展」と「長沢芦雪展」で、2回アドバイザーをやったよ。2021年には「曾我蕭白展」も企画しているし。ただ彼らもあいちトリエンナーレのことではだいぶ疲弊してしまったみたいね。
成相 そうですね。あいちトリエンナーレの話題はどうしても暗くなってしまうけれど......。この展覧会には、名古屋のシュルレアリスムの画家・下郷羊雄(しもざとよしお)とかこれから知られるべき作家がたくさん取り上げられていて、新鮮な驚きがありました。つぎは山下先生のベスト5、お願いします。
山下 まず第5位は「住友財団修復助成30年記念 文化財よ、永遠に」(泉屋博古館分館)。住友財団はよくぞこれだけ修復に助成金を出してきたなとあらためてびっくりしたんだよね。あれもこれも住友頼みだったのかって。木島櫻谷(このしまおうこく)の《かりくら》とか狩野一信の《五百羅漢図》とか作品もすばらしいものが並んでいた。分厚い立派なカタログも作っていて、後世に資するところが多い企画でした。
成相 「文化財よ、永遠に」っていうタイトルがちょっとぎょっとしますけどね。
山下 嫌いそうだね(笑)。
成相 もうちょっとかっこいいタイトル付けられなかったのかな。ちょっと渋すぎるでしょう。
山下 第4位は「円山応挙から近代京都画壇へ」(東京藝術大学大学美術館)。これは応挙の大乗寺の襖絵が一つの売りだったんだけれど、それよりも僕も知らないような近代の日本画家の作品がいろいろと出ていて感動しました。さきほども出た木島櫻谷の《山水図》とか、岸竹堂(きしちくどう)の《猛虎図》とか。彼らも明治のころは大家だったのに、いつの間にか京都画壇の画家って忘れられてしまったんです。日本の近代美術史の偏りをあらためて考えさせられたよね。
成相 木島櫻谷はここ数年京都や東京で展覧会がいくつかありましたよね。
山下 そう。再評価の機運もだいぶ高まっていて、いま僕がもっとも注目している画家の一人です。さて第3位は、成相さんの以前の職場・府中市美術館でやった「おかえり美しき明治 『明治の微笑み』をあなたに」。
成相 これまたあくの強い展覧会を取りあげましたね。
山下 明治初期に来日した英国人画家が描いた日本の風景画、そしてそれに触発された日本人画家の作品を紹介した展覧会です。なかでも笠木治郎吉(かさぎじろきち)という、外国人向けのお土産用の絵を描いていた人の作品がすばらしくて。日本国内では忘れ去られているけれど、海外に流出した作品を笠木の遺族や京都の画廊が熱心に調査研究していて、その成果が結実した秀逸な内容でした。
成相 担当学芸員の志賀秀孝さんという方が明治美術の専門で、これまでも明治関連の内容の濃い企画をたててきたんですよ。
山下 第2位もまた府中市美術館で、「へそまがり日本美術」。金子信久さんという名物学芸員が毎年「春の江戸絵画まつり」という企画を15年ぐらいやっているんだけれど、2019年はコレ。「禅画からヘタウマまで」っていうサブタイトルで、有り体の江戸絵画史からはみ出たようなものを集めた展覧会。江戸絵画だけでなく、蛭子能収や湯村輝彦の漫画とかも出ていた。府中市美術館開館以来最高の入館者数だったらしい。
成相 広報も力が入っていましたね。ツイッターアカウントまで作って、SNSを意識的に活用していた。
山下 実際作品も面白いのばっかり集まっていて。家光将軍がお描きになった木兎と兎なんて衝撃的。
成相 これはやばすぎる(笑)。でも笑ったら打ち首ですね。
山下 2020年の「春の江戸絵画まつり」も唸るような展覧会を考えているらしいけれど、それについては後半戦で触れましょう。
成相 さて第1位は......出た! 目ですか。
山下 「目 非常にはっきりとわからない」(千葉市美術館)です。見た?
成相 いえ、見ていません。僕は目に対してはちょっと懐疑的なんですよね。
山下 本当に気が合わないね。
成相 いやあ本当にこれが1位ですか?
山下 これが1位。会場でご覧になった方いらっしゃいますか? びっくりしませんでした?(ちらほら手が挙がる)
成相 でもびっくり止まりじゃないですか? 僕は目ってどっきりマシーンを作る人たちっていう認識なんです。
山下 実際に行ってみたら頭くらくらするよ。詳しいことはあまり話せないけど。
成相 どうせ二つ同じものがあるんじゃないですか?
山下 知ってるんじゃない。
成相 だって目はいつもその手じゃないですか。
山下 それだけじゃないよ。
成相 千葉市美術館のツイッターを見るとすごいバズっているわけです。ネタバレ厳禁で、「日曜美術館」にも取り上げられて。で、見た人の感想を見ると刺さったとか、震えたとか短絡的なことしか書いていない。この来場者と企画者がグルになって共犯関係を築いている構造が嫌で。そんな煽りだけで終わりかよって。まあ僕は実際見てないんで、何とも言えないんですけど。
山下 いや実際にディテールを見ると本当にびっくりするよ。ちょっとネタバレすると、円山応挙の屏風の片方を展示してるんだよ。
成相 作品も出ているんですか?
山下 そう、千葉市美術館の館蔵品を活用してね。片方は本物で、片方はこの展示用に複製を作っているんだよね。おそらくデジタル複製だけれど、目を凝らしてみてもこの僕でもどちらが実物かわからなかった。僕は年々現代美術が嫌いになっているけれど、これはすごかった。騙されたと思って行ってみてくださいよ。
成相 連載を続けていたら、批判的な展評を書いていたと思いますよ。
山下 だんだんバトルになってきたな。まあともかくこれは僕の1位です。
2020年、期待の展覧会
山下 さて後半戦は、2020年期待の美術展について気になるものをそれぞれ挙げてゆきましょう。
成相 オリンピックの影響で、何十万人も入りそうな大型企画展は例年に比べると明らかに少ないですね。
山下 それは僕も思った。オリンピックに関連した国立西洋美術館の「スポーツinアート」なんて展覧会もあるけれど、タイトルからしてトホホな感じ。それと外国人向けの浮世絵展が明らかに多い。
成相 いまだにそういう発想ですか。
山下 浮世絵展もいままでだったら明治期に海外に流出した質の高いコレクションを持って帰るタイプが多かったけれど、2020年はわりと国内の美術館の館蔵品で見せる、明らかにインバウンド狙いの浮世絵展が多いようだね。
成相 スポーツを見に来た人が「オウ、ウキヨエ!」って言いますかね!?
山下 期待の展覧会については僕から。まず初めに自分の企画で申し訳ないけれど岐阜県現代陶芸美術館で「小村雪岱(せったい)スタイル 江戸の粋から東京モダンヘ」というタイトルの展覧会をやります。雪岱は研究対象というよりも大ファンなんです。2021年には東京にも巡回予定。
成相 雪岱はパロディというか文脈を活かして反映させたような、知的な絵が多いですね。
山下 グラフィックデザイナーとかアートディレクターっていう言葉がまだなかった時代にいち早くそういう活動をした人で、本の装丁や舞台美術のデザイン、工芸品もセレクトして見せます。で、2番目は府中市美術館の「春の江戸絵画まつり ふつうの系譜」展。
成相 フチュウでふつうをやるわけですね。
山下 サブタイトルは「『奇想』があるなら『ふつう』もあります―京の絵画と敦賀コレクション」。
成相 だんだんとねじれてきましたね。
山下 すばらしきコバンザメ企画です。
成相 「奇想絵画」流行りにカウンターパンチを入れるような企画は前々から金子さんがやっていますね。
山下 つぎの「古典×現代2020 時空を超える日本のアート」(国立新美術館)は、その名の通り古美術と現代美術作家をかけ合わせた展示。蕭白×横尾忠則、北斎×しりあがり寿、円空×棚田康司ときて......。
成相 仏像×田根剛って。円空だって仏像なわけだけれど、ここでいきなり大雑把なくくり(笑)。
山下 正直期待というよりもお手並み拝見といった感じですね。「オラファー・エリアソン」(東京都現代美術館)は成相くんも挙げていたね。
成相 これも「映える」展覧会ですね。
山下 オラファー・エリアソンって世界的に評価の高い現代美術の作家なんだけれど、日本での大規模個展っていうのは初めてだよね。2003年にロンドンのテートモダンでオラファーの展覧会を見たんだけど、ちょっとぶったまげた。
成相 美術館の中に太陽を作ったやつですね。
山下 そう。だから東京都現代美術館の吹き抜けの空間を一体どう使うんだろうかといまから楽しみです。
成相 光を扱ったインスタレーションの展示だから、モノが一切ないなんてこともあり得ます。
山下 次は「奇才 江戸絵画の冒険者たち」(東京都江戸東京博物館)。安村敏信さんという研究者が監修で、こんな面白い人が地方にいたの!? って江戸絵画を集めた展覧会だから、僕も知らない変わったものが出るんじゃないかと楽しみです。
成相 いつの時代も意外な地方に意外な画家がいるんですよね。
山下 「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(国立西洋美術館)は期待というか、おそらく2020年最も人が入る展覧会でしょう。
成相 すごくてあたり前の大規模展覧会。
山下 実際すごいのがくる。ゴッホにフェルメール。一番混雑が予想される展覧会だから、会期早めに行くのをオススメします。展覧会って後になればなるほど混むのが鉄則だから。
成相 そう、どうしても駆け込んじゃうんですよね。それにしてもみんなフェルメールを好きすぎやしませんか。
山下 「国宝 鳥獣戯画のすべて」(東京国立博物館)もきっと混むよ。しかも絵巻だから鑑賞中は「立ち止まらないでください!」なんて言われて、実物をゆっくり見られないんじゃないかな。代わりに会場上部には大きな拡大パネルが置かれるに違いない。展示替えなしで、会期中ずっと全4巻の端から端まで見せるというのが売りのようです。もう一つは「三菱創業150周年記念 三菱の至宝展」。
成相 タイトルに2回「三菱」って入っている。しかも会場名は三菱一号館美術館。オリンピック期間中にぶつけてきていますね。
山下 三菱の美術館といえば美術工芸品を収めた静嘉堂文庫と書籍類を収めた東洋文庫。それらのお宝を一挙に三菱一号館美術館に持ってくるんです。世界で一番高値がつくだろうと言われる焼き物・曜変天目茶碗も出品されるらしい。三菱財閥のコレクションって明治のころからの蓄積があるけれど、戦後の財閥解体でも全く散逸していないところがすごいんです。戦後にコレクションが散逸してしまった三井財閥とは対照的。だからかなり本格的なものが出品されると思います。次は成相くんの2020年期待の展覧会を教えてください。
成相 僕は常設展示なんかを見て回って、ああ、実はこんなのやっていたんだ! という出会いが一番好きなので、いまの段階ではっきりとしたイチオシは言えないんですが、とりあえず気になるものを取り上げました。
山下 アーティゾン美術館の「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 Cosmo-Eggs―宇宙の卵」って、いわゆる帰国展なの?
成相 そうなんです。
山下 そもそもどうしてブリヂストン美術館から名前変えたんだろう。
成相 あえて企業名に依存しないということではないでしょうか。
山下 でもブリヂストン美術館ってこれほど長年にわたって人々のあいだに定着してきた名前なのに。ともあれ新しいビルもできて、展示空間はガラッと変わったものになるらしいね。
成相 これまでの印象派や近代洋画だけでなく、現代美術もコレクションをかなり増やしているそうなので、開館記念の展覧会はかなり期待しています。
山下 次は「ピーター・ドイグ展」(東京国立近代美術館)ですか。これは僕も挙げようかなと思っていた。ドイグも世界的にものすごく評価の高い画家だけど、日本では初めての展覧会だよね。
成相 はい。そもそもドイグは作品数が少ないので、まとめて見られるのは貴重な機会です。2〜3メートル級の大作を浴びるように鑑賞できたらうれしい。あとドイグ風ペインティングというのがある時期日本の学生の間でものすごく流行ったので、本物をこの目で確認したいなというのもある。そして山下さんも挙げていた「オラファー・エリアソン」ですね。
山下 初めて気があったね。
成相 そうですね、目ぼしいのがあんまりなかったので、まあ入れておこうかなという感じですが。
山下 そして最後は成相くんの担当している展覧会「坂田一男 捲土重来」。
成相 はい。造形作家で美術評論もする、岡﨑乾二郎さんが監修で、坂田一男という、岡山出身の知られざる画家の画業を見せる展示です。岡﨑さんがかなり大胆な仮説を立てていて、坂田の展覧会なのにモランディがあったり、ジャスパー・ジョーンズがあったり。その心は? と謎解きするように作品の核心に迫ってゆける、ものすごくおもしろい展覧会です。
山下 これは東京ステーションギャラリーでなければできない企画だね。
成相 ありがとうございます。是非多くの方に見て頂きたいです。(1月26日終了)
山下 2019年はあいちトリエンナーレの騒動に、川崎市市民ミュージアムやホキ美術館の水没、首里城の火災と美術界はどちらかというと暗い話題が多かったけれど......。
成相 2020年は新しい美術館がたくさんできるのが希望です。先ほどのアーティゾンにSOMPO美術館、そして金沢には国立工芸館が移転オープンします。
山下 関西では京都市京セラ美術館も開館する。
成相 どんな展覧会に出会えるのか、大いに期待したいと思います。今日はありがとうございました。
山下 今日は楽しかった。またバトルしましょう。
(やました・ゆうじ 美術史家)
(なりあい・はじめ 東京ステーションギャラリー学芸員)