書評・エッセイ

2020年3月号掲載

ハチャメチャで破天荒で人並み外れていて愛おしい

東野幸治『この素晴らしき世界』

戸部田誠(てれびのスキマ)

対象書籍名:『この素晴らしき世界』
対象著者:東野幸治
対象書籍ISBN:978-4-10-353161-6

「極力家にいる。ストレスで食べる。動かない。太る。寝る。床ずれする。ドラえもんのように愛嬌のある体型だが目つきは異様に鋭くなる。右を向いて寝転がる。左目から涙が垂れてくる。それを右目に入れて左に寝返りを打つ。右目から涙を垂らして左目に入れる。そしてまた右に寝返りを......繰り返しやり続けました」
 東野幸治は「R-1ぐらんぷり」王者・中山功太に訪れた「無間地獄」をそんな風に淡々と描写する。その原稿を書いているとき、東野が悪い薄笑いを浮かべていたであろうことが、ありありと想像できてしまう。『この素晴らしき世界』は、50歳を過ぎ、芸歴30年を超えた東野が、それまで出会った吉本興業の芸人の中から選りすぐりの「奇人変人名人凡人」を東野流にスケッチしたものだ。
 東野幸治といえば「白い悪魔」だとか「サイコパス」、「日本一心のない司会者」などと言われている。
 感動のマラソンゴールシーンを無視して無表情でご飯を食べ、インドへ旅に行って地元の人の厚意でカレーを振る舞われても「お腹を壊すから」と食べるのを断固拒否。突如、トライアスロンを始めるもあまりにキャラと合わないためか、大半のファンからスルーされる。吉田豪がビートたけしに誤解され恫喝されたと知ると、それほど親しくもない吉田本人に「会いたい」と申し出、仕事でもないのに一部始終を"取材"。『ワイドナショー』で謹慎中の後輩を思い、唇を震わせ涙をにじませると、「心があったんだ!」と驚いた人たちに"事件"として扱われてしまう。
 彼は自らの芸人としてのスタンスを「何かを表現したいというよりも、人に『こんなことあって』と言いたいタイプ」(太田出版『クイック・ジャパン』vol.123より)と語っている。本書はまさにその集大成だ。ダイノジ大谷の嫌われエピソードを散々書き連ねた後、ようやく彼の夢が番組として形になるも、大谷自身は脇役に追いやられてしまったと綴り、「その頃からです、私が大谷君に近づいたのは」と、時折、東野本人が顔を覗かせるが、基本的に傍観者として語り手に徹している。そのど真ん中にいながら常に俯瞰して芸能界や芸人を見ている異様さが「心がない」などといわれる所以なのだろう。「芸能人とかお笑い芸人っていう気がない。その人に好かれようという気がない」(TBS『東野幸治のナイモノネダリ』2014年2月19日放送より)から、普通の人では聞きにくいこともどんどん聞くことができる。"腫れ物"を素手で触っていく。そこに善い悪いもない。
「突き詰めていったら俺ね、意外といてないのよ、嫌いな人って。俺って、実はもっと残酷かもわかりませんけど、意外と人に興味ある感じやけど人に興味ないっていう相反するちょっと狂った性格持ってるから。だから嫌いな人っていないの。存在しないの」(TBSラジオ『JUNK 山里亮太の不毛な議論』2013年6月12日放送より)

 よく最近の芸人は、"優等生"になってしまって面白くないなどと言われる。けれど、本書を読むとそれがいかに一面的にしか見えていない誤解であるかがよくわかる。東野は芸人たちの「イタい」部分を巧みにすくい取り、魅力的に描写していく。ココリコ・遠藤がニュース番組のコメンテーターの仕事で「アホがバレないように」赤いボールペンを買って賢く見られるようにしたといったバカエピソードを嬉々として書き、キングコング・西野の数々の「宣言」を丁寧に振り返り褒め殺し、「あまり人には知られたくないですが」と前置きし、平成ノブシコブシ・吉村が「大好き」と綴る。基本的にはそんな悪い裏笑いに満ちているが、宮川大助・花子の笑いにかけた執念の物語には胸がいっぱいになる。東野が語る芸人たちとその世界はハチャメチャで破天荒で人並み外れていて愛おしい。
「この嘘くささがお笑い芸人としてのとても大事な要素だと私は思っています。/どこかふざけている。どこかナメている。どちらも芸人に必要な要素です。どこまでが本当の話なの? と聞いている人に思わせることが出来たら勝ちといっても良いでしょう」
 本書でガンバレルーヤ・よしこに寄せた言葉は、まさに東野幸治の芸人性そのもので本書はそれを体現している。
 かつて東野は言った。
「心根が腐ってるからこそ見える世界がある」(日本テレビ『東野・岡村の旅猿』2017年7月12日放送より)
 それは即ち、芸人たちの「素晴らしき世界」だ。

 (てれびのすきま ライター)

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