書評・エッセイ

2020年3月号掲載

誰もが犯罪被害者になり得る時代に

NHK「事件の涙」取材班
『娘を奪われたあの日から 名古屋闇サイト殺人事件・遺族の12年

磯谷富美子

対象書籍名:『娘を奪われたあの日から 名古屋闇サイト殺人事件・遺族の12年
対象著者:NHK「事件の涙」取材班
対象書籍ISBN:978-4-10-353141-8

 人は二度死ぬといいます。一度目は、誰でもが避けて通れない肉体的な死。そして、二度目は、その人の存在を完全に忘れ去られることによる死。私は、娘の死を無駄にしないために、娘を永遠に生きながらえさせるために、事件から12年余り経った今も語り続けています。この社会の中で娘が生活していたことを忘れないで欲しい。恐怖のさなかでも、屈することなく闘った娘を忘れないで欲しい。そして、優しく思いやりに富んだ親孝行な娘がいたことを忘れないで欲しい。そのような私の思いを叶えるかのように、NHKのディレクターさんが番組取材のために訪ねて来られたのが3年前。そしてこの度、これまでの取材をまとめた詳細な取材記が出版されることになりました。これもひとえに、事件を風化させずに伝えたいと、発信し続けてくださったスタッフ皆様のおかげだと感謝しています。
 事件を知っている人も、若い世代の知らない人も本書を読んでいただき、より事件について知ってもらい、考えるきっかけにしてもらえればと思っています。誰が犯罪被害者となってもおかしくない社会なのです。
 私の最愛の娘である利恵は、31歳という若さで無差別強盗殺人事件の被害者となり、突然にこの世を去りました。私の夫は白血病を患い、娘と同じ31歳で亡くなっています。それ故、娘が同じ年頃になると、病を発症するのではないかと心配することはありましたが、犯罪によって命を喪うとは想像すらしていませんでした。平穏だった生活は、見知らぬ三人の男たちによって一瞬にして奪われ一変してしまいました。彼等を絶対に許さない――私は決意しました。
「一人の被害者では、日本の司法では何故か死刑にはならないだろう」
 これは、事件後早々に送られてきた、見知らぬ人からの手紙の一節です。当然死刑だと思っていた私は姉と二人で、「三人の極刑を求める」ための署名活動をスタートさせ、33万2806名の署名を集めました。活動当初は、寝る間を惜しみ、悲しむいとまもないほどの忙しさでしたが、この活動が、胸をかきむしられるような辛い状況から、一歩踏み出す勇気と元気を与えてくれました。人によって地獄の苦しみを味わいましたが、逆に、多くの人によって私は支えられ、助けてもらいました。
 署名活動も大変でしたが、精神的にとても辛かったのは、事件が起きてから裁判が結審するまでの5年弱の期間です。特に1審の裁判中は、耳を塞ぎたくなるような内容も聞かねばならず、1審、2審の判決が下される度に、上訴してもらうように検察庁宛てに意見書を作成しなければなりませんでした。加害者にはある上訴の権利が被害者には無いからです。何度も公判記録を読み返し作成に当たりましたが、忘れたいはずの娘の殺害状況を、繰り返し頭の中にすり込む大変辛い作業でした。辛くても苦しくても大変でも、娘の命を奪った三人を死刑にする為には手を緩めることはできません。署名活動を続けたのも同じ気持ちからです。そのような私共遺族の気持ちとは裏腹に、神田が死刑、堀と川岸は無期懲役で結審し願いは叶いませんでした。
 しかし、結審からわずか20日余り後に犯人の一人である堀が余罪で逮捕されたのです。この余罪で堀は死刑判決が確定し、全ての裁判が終わりました。気がつけば、娘の事件から既に12年が経っていました。「もう裁判と関わらなくてもいい」そう思うと、大きな安堵感に包まれ、また一歩前に踏み出すことができました。
 今は、「娘が安心して見守れるような毎日を過ごそう!」と心に決めて日々を送っています。趣味のゴルフを仲間や姉と楽しんだり、13年も続いている「五十路会」と銘打った元の職場の友人達と食事会を開いたり、旅行に行ったりと、残りの人生を楽しんでいます。
 そして、欠かすことができないのは、犯罪被害者ご遺族との出会いです。ご遺族との出会いは、「辛いのは私だけではない」と、自分自身を奮い立たせる原動力になっています。
「人間って、一人じゃ生きられません。自分が意識しないところでも、きっといっぱい色んな人のお世話になっているのでしょうね」という娘の言葉通り、多くの温かい人達に囲まれて生かされています。遺言として受け取った、「悲しむより楽しかった思い出を大事にして、何時までも忘れないでいよう」という言葉を胸に、虹となった娘を探しながら、空を見上げて歩いています。
 利恵ちゃん! 私の娘でいてくれて有難う!

 (いそがい・ふみこ)

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