書評
2020年3月号掲載
新潮新書
なぜゴリラはメタボにならないのか
古川哲史『心臓によい運動、悪い運動』
対象書籍名:『心臓によい運動、悪い運動』
対象著者:古川哲史
対象書籍ISBN:978-4-10-610849-5
現代の日本の病院制度は、1721年、江戸時代八代将軍徳川吉宗公が目安箱を設置したことに始まります。目安箱に一通の投書があり、1722年に病人を一か所に集めて治療する小石川養生所が設置されました。投書したのは、のちに山本周五郎の「赤ひげ先生」のモデルとなった小川笙船という医師です。これが病気になると病院にかかって治療するというシステムの先駆けで、その後この制度が約三百年続いています。
この現代の病院制度にも限界が見えてきました。
米国では、死亡原因の第一位は心臓病、第二位はがんですが、第三位は医療過誤です。また、高齢者が病院に入院すると、二人に一人がかえって具合が悪くなって退院するという統計もあります。
そこで、病気になってからの治療(キュア[cure])から、病気にならないための予防(ケア[care])が大切という考えが広まってきました。
病気予防の柱は、「運動」「食事」「睡眠」の三つです。本書では、主に心臓に「よい運動」「悪い運動」について説明します。
実は、チンパンジーやゴリラなどの大型の霊長類は、一日ほとんど運動しません。それでも、メタボや動脈硬化、高血圧にはなりません。ヒトは、狩りをして栄養価の高い肉を食べることを覚えたことで、これら大型霊長類から、より進化したのですが、狩りのためには長時間走ることが必要になります。そのため、何万年という年月をかけて脂肪をエネルギーとして体にため込む能力を手に入れたのです。この苦労して手に入れた能力がかえってあだとなってしまいました。現代は、狩りをしなくても角のコンビニに行けば二十四時間栄養価の高い食べ物を手に入れることができます。そこで、ヒトはメタボにならないため、ため込んだ脂肪を燃焼させるべく、長時間狩りをする代わりの運動を余儀なくされました。
でも、むやみに運動をしてもメタボを予防できません。かえって心臓病になりやすくなることさえあります。本書では、脂肪を燃焼させるため、心臓病にならないための「よい運動」「悪い運動」とは何かを説明します。また、運動をして脂肪を燃焼させても、それ以上に脂肪をとっては元の木阿弥です。また、しっかりと食事でエネルギーをとらないと運動もできません。本書では、どんな「食事」をすると、脂肪の燃焼を助けて、心臓病になりにくくなるかも説明します。
運動は、メタボや心臓病に良いだけではありません。認知症の予防になることも証明されています。今夏、東京2020オリンピック・パラリンピックを控えて、今まで無縁だった運動を始めてみよう、と思っている方も少なくないのではないでしょうか? 本書が、病院のお世話にならない日常生活を送るためのお役に立てば幸いです。
(ふるかわ・てつし 東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)