対談・鼎談
2020年7月号掲載
『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』刊行記念対談
当事者が語る自衛隊の「リアル」
伊藤祐靖 × 石破茂
自衛隊特殊部隊の創設にも関わった元隊員がドキュメント・ノベルを書いた!
著者は伊藤祐靖氏。守秘義務で、ノンフィクションでは書けなかったという「リアル」を、防衛大臣経験者の政治家、石破茂氏はどう読むか――?
対象書籍名:『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』
対象著者:伊藤祐靖
対象書籍ISBN:978-4-10-102962-7
石破 お目にかかれて嬉しいです。防衛大臣だった時代(2007年9月から翌年8月まで。2002年9月から2004年9月まで防衛庁長官を務めた経験もあり)から、お名前はかねがね伺っていまして。
伊藤 今日はありがとうございます。
石破 伊藤さんといえば、自衛隊初の特殊部隊、海自特別警備隊の創設にも携わられ、そのまま現場へ行って指揮を執る先任小隊長としてご活躍されていたので、防衛省界隈では有名でした(2007年に退官)。
コロナ禍での過ごし方
石破 退官後はどうされていたんですか?
伊藤 フィリピンのミンダナオ島で技術を磨き直してから、仕事として警備会社のアドバイザーをしたり、私塾で自衛官などに技術や経験を伝えたりしています。特殊部隊のトレーニング方法をアレンジして、発達障害の子どもたちに感覚統合療法の一環として教える活動にも携わっていて、この4月からコロナでこもっている間はずっと、そのプログラムで子供達と過ごす日々です。石破さんはコロナの影響はどうでしたか?
石破 3月末ごろから外で人と会う機会がキャンセルになって、7月くらいまでは大きな予定がほぼなくなりました。そうしたら意外にも、テレビや雑誌、何を期待されているのかなぜか女性誌の取材が増えまして(笑)。とはいえ、夜の9時ごろには帰宅できるようになり、集中して読書ができるのはありがたいです。
伊藤 どんな作家を読まれますか?
石破 久しぶりに大好きな三島由紀夫を読み返しています。『豊饒の海』四部作、他にも『女神』......『美徳のよろめき』なんかも流麗ですね。
伊藤 昔から本は多く読まれていたんですか?
石破 大学は法学部だったので、法律書ばかりでした。でも、結構文学も読んでいましたね。若い頃好きだったのは五木寛之ですね、圧倒的に面白くて、全部読んでいました。『蒼ざめた馬を見よ』も良かったし、特に好きだったのは『天使の墓場』という作品。核兵器を積んだB-52が墜落して......という小説ですね。もっとも、自粛期間中は、結局、仕事に関連した専門書を中心に読んでいましたが。
伊藤 私なんぞ、試験の時に必死に教科書を読むのが読書だったというクチでした(笑)。
「こんな自衛官がいるよな」
石破 伊藤さんはあまり本を読まないとおっしゃるけれど、そう思えないほど今回の『邦人奪還』は読みやすかったですね。こんなこともありうるだろう、という状況もさることながら、こんな自衛官がいるよな、となんとなく顔が思い浮かぶのがまず面白かった。それと、やはりこの総理は誰だろう、官房長官は、とモデル探しをしながら読みました。ピタリと当てはまる人はいませんが、実は政権を動かしているのが官房長官だという描き方で、そのパターンもあるなと。
我々政治家からすると、共感する部分と、同時に啓発される部分があるので、政治家にこそ、この本を読んでほしいと思いました。
先が読めない状況になった今、この本を読む意義が高まっていると思います。米空母「セオドア・ルーズベルト」が感染者を出して南シナ海からいなくなり、これみよがしに中国の空母が台湾近海に来ました。米中、北朝鮮、韓国、台湾、そしてロシア......複雑な要因が影響しあい、想定されるシナリオは何通りもあって、ひたすらそれを事前に考えておくのが防衛当局および政治の仕事です。
伊藤 過去に『自衛隊失格』という自伝も出したのですが、守秘義務があってかゆいところに手が届かず、書けないことが多かったんです。なかなか本当のところ、リアルな現場を伝えられなかった。もちろん今回も、北朝鮮でクーデターが発生したことをきっかけに、日本人拉致被害者を救出する、という設定は事実ではありませんが、自衛官の考え方や生々しい感覚は伝えられたかもしれません。
石破 読むと、結構書きたいことを書かれている気がしましたけど(笑)。
伊藤 そうでしたか(笑)。現場がどんな思いで任務に携わっているか、これを読むとわかってもらえる気持ちはあります。
石破 そうでしょうね。自衛官が読んだらどう思うのか、知りたくなりました――ここで読者の方のために補足しておけば、今言った「自衛官」と「自衛隊員」とは異なります。よく混同されるのですが、前者は災害救助の場面などで国民の皆さんが目にする、迷彩服や制服を着た隊員のことで、後者はその自衛官に加えて背広を着た防衛省の官僚なども含んだ呼び名です。
伊藤 自衛官ならば、「あるある」とか「こんなやつがいるよな」と頷きながら読むと思います。
石破 政治家もそうですが、自衛官には「こういう国でいいのか」の前に「こういう自衛隊でいいのか」「こんな自衛隊教育でいいのか」と真面目に考えている人も多い。自分たちで考えて変えていかなくてはと思う人が増えるといいですね。
伊藤 映画の『シン・ゴジラ』で官邸と自衛隊の現場のやりとりが話題になり、私も取材を受けました。政治家と現場のやりとりは興味が高く、重要な局面なので、苦労して何度も書き直した箇所です。ですから、石破さんが本書を読んでくださると聞いて、ドキドキしていました。
石破 「こういうことは起こりうる」という想定を検証する機会になったと思います。もともと私はフィクションで「リアル」を伝えることは、手法として大いにありうると思っているんです。福井晴敏さんの小説、『亡国のイージス』(1999年に刊行、2005年に映画化)が発売された時も、すぐに買って一晩で読みきりました。
その後、防衛庁長官を拝命していた間に広報課長が来て「大臣、東宝から映画化の話がありましたが、断りました」と。理由を聞いたら、「艦長がイージス艦を乗っ取って、北朝鮮と組んで日本政府に攻撃を仕掛ける、そんな海自の名誉を汚すようなものは、もってのほかです」。
「読んだことは?」と聞くと「ありません」。「それならとにかく読んでみて」と。現状の法律にどんな欠陥があるか、自衛隊とは何なのか、よくできたフィクションの設定は、当事者にとっても、考え直すいいきっかけになると思います。
伊藤 ノンフィクションも含めて本を書き始めて、防衛省あたりからダメ出しがあるのではないかと思っていました。
石破 福井晴敏先生もディテールをよく調べておられて、訂正は1箇所だけ、艦船を攻撃する戦闘機はF-15ではなくF-2で、というくらい(笑)。あと、映画では、艦長が裏切るのはいくらなんでも酷いからと、副長になりました。
伊藤 確かに艦長はつらいですね(笑)。
「損耗(そんもう)」という考え方を知る
伊藤 「ドキュメント・ノベル」と打ち出しているように、自分が経験したことを文字にしているだけというか、書くのはそれほど大変ではありませんでした。今回私ごときが小説を書いたのは、自分の経験は書いてしまいもう作り話しかないから。そこまでして伝えたいと思った一番のテーマは、隊員の感情、気持ちです。
これはなかなか伝わりません。そのために丁寧に書いたのが、「損耗」という、軍事オペレーションでは大事な考え方についてです。3人を救うのに6人が死んだら意味がない、と捉える方が多いのですが、自衛隊特殊部隊の任務遂行は、人命救助とは違います。例えば、拉致被害者の方を救いに行くのであれば、お気の毒だから行くのではない。もちろんその感情は個人的にはあるとしても、拉致問題をこのまま放置せず、被害者を取り返すのだという国家の意思が前提にあるからこそ、行く。危険だとしても、それを遂行するために日々鍛錬している立場ですから、国家との意思のやりとりを経て、自衛官の本質、核がそこに生まれます。仕事をすることの本質ですよね。
石破 損耗の考え方は、普通にはわかりにくいですよね。
伊藤 そうなんです。例えば、災害派遣の救助なら、5名を救うためにヘリを出して10名に危険が及ぶ二次災害の可能性がある場合、ヘリは出さないという選択はあり得ます。人命救助が目的ですから。それと混同している方が多い。
日本ではなかなか理解してもらえないのですが、必要なら、損耗率(隊員の死亡率)が何割になろうと、優先すべきは任務の完遂であって、我々の生き残りではありません。命を軽く見ているわけでは決してなく、軍事的な方法論なんです。
石破 戦闘になったら必ず死傷者が出る、そのダメージに対して医官や衛生科隊員を何人乗船させるかを考えること、と言うとわかりやすいかもしれない。
伊藤 アメリカ海軍はまさにそれです。軍医が乗っているのは空母と、あとは敵前上陸専門の強襲揚陸(きょうしゅうようりく)艦です。戦闘の最前線ですから死傷者を多く想定しているわけです。今回のコロナ禍で、ダイヤモンド・プリンセス号や空港で自衛隊が活躍できたのも、この機能主義的な考え方があったからこそだと思います。
毎日の訓練のしんどさ、仲間と過ごした時間を思ったら、それを失うことがどれだけ辛いか。でも、「それを消滅させてでも達成する」のが「任務完遂」で、特別警備隊のような特殊部隊はそのために創設されました。それを目標に日々準備をして、いつでも動くつもりでいるんです。そういう奴らがいることは、知っておいてほしいと思っています。大体が、志願して訓練にも耐えてきたのはそんなのばっかりです。もちろん、誰でもができることでも、やりたいことでもないので、そういう資質のある奴らこそ、任務に当たるべきだと私は思っています。
本気で語って嫌がられました
石破 その任務の目的というのが、国家の方針や意思ということですね。それが語られることはあまりないし、むしろ、避けられていることかもしれません。
伊藤 命令を出した人には責任が生じますが、それを負いきれないのかもしれません。でも、目的が曖昧で抽象的な命令では、動けなくなってしまいます。
石破 イラクに自衛隊を派遣したとき(イラク特措法に基づき、2003年から2009年、イラクのサマワへ人道的支援のために派遣)のことを思い出します。クリスマスイブの頃、最初の空自部隊が愛知県小牧から出発しました。最高指揮官たる小泉総理と川口外務大臣、防衛庁長官として私も式典に参加し、総理が帰られた後、壮行会で訓示を伝えました。
イラクでは戦闘は終わっていて、必要とされているのは給水と医療、そして学校や道路などのインフラで、目的は復興支援である。ただし、戦闘は終わっていても危険な状況にあることは確かである。そのような中、国連から加盟各国に対してイラクへの支援が求められており、イラクは欧米でも中国でもなく、日本にそれを求めている。日本では自衛隊以外にはできない任務だ。だから行ってもらう。大意、そのように伝えました。そうしたら、若い1等空士かな、今日は彼女と会う約束も果たせないけれど、自分が行く任務の意味を長官から聞けて嬉しい、と言ってくれました。
そのあとに陸自が出発する前の「部隊編成完結式」では、小泉総理が直接訓示を述べられることになっていました。その前日に福田官房長官に呼ばれて訓示内容の確認をさせていただき、1箇所だけ修正をお願いしました。イラクでの任務遂行については、希望者を募って隊員を選抜していたので、訓示にはそのまま「諸君は自ら望んでイラクに赴く」とあったのですが、それを「国家の命によりイラクに赴く」としてもらったんです。福田長官に総理大臣執務室までご同行いただき、小泉総理は意図を汲んでその場で訂正して下さいました。わが国の国家意思を体現する究極の組織である自衛隊に対する政治からの言葉は慎重であるべきだと考えたのです。
伊藤 そんなことがありましたか。国家の意思というと大層に聞こえますが、現場のことを考えると、目的意識はきちんと伝えてほしい。きちんと目的を持ってそれをやり遂げるのが仕事です。
石破 2001年、森内閣で防衛庁副長官を拝命した時、尊敬する軍事評論家の吉原恒雄先生に「あなたは自衛隊が好きですか」と聞かれました。もちろん好きだと答えたら、「あなたは必ず自衛隊を嫌いになります」と予言されたんです(笑)。
良かれと思って言うことはことごとく拒否されるし、本来の姿なんて説こうものなら疎まれる、と。その時はよくわからなかったんですが、私が嫌いになる以前に、自衛隊員からあれほど嫌がられるとは思いませんでした。例えば、そもそもなぜ島嶼(とうしょ)国の日本に戦車がこんなに必要なのか、しかもなぜ北海道にばかり置くのか、と聞くと嫌がられる。
伊藤 どこの国が北海道で戦車対戦車の大決戦をやるのか、と(笑)。
石破 はい。海自には、なぜディーゼル艦が少なくてガスタービン艦ばかりなのか、と聞いて嫌がられました。
伊藤 アメリカの空母を守るためですとは言えませんね。陸自のレンジャー部隊が山の中にばかりいる理由も不明です。日本まで来てアルプスの山で戦争をしようというもの好きはいないでしょうに。
見て見ぬふりをしてきたことを、上から言われるのが嫌なのは理解できます。でも、上司が言っているなら、それに乗じて変えていける絶好のチャンスのはず。結局、自衛隊の本質として、「本番がない」という大前提は大きいんです。実際、私自身もそうでした。だから、本気でやるかどうかにつきます。
石破 伊藤さん、いや、伊藤2海佐と呼びたくなりますが......。
伊藤 いえ、もう退官しておりますので。
石破 口にすると軽く聞こえるかもしれませんが、実際に幹部自衛官としてオペレーションに携わられていた、まさにその現場の人が書いたという点は強調したいところですね。「こんな政治家の言うことを聞けるか」という箇所など、二重線を引いて熱心に読みました。ほとんどの日本の政治家は、任務で自衛隊の艦船や戦闘機や戦車に乗ったことも、実戦や訓練で命を賭けた経験もありません。
軍隊には軍政と軍令の二つがあります。たとえば予算の中でどの装備を選ぶかは、軍政、つまり政治家の役割で、一方の実際のオペレーションは軍令、自衛隊員の役割です。責任は政治が取るが、オペレーションには口を出したらいけない。出されたら迷惑なんですね。
ただ、制服を着た自衛官は決して国会答弁に立ちません。大臣の時、責任は私がとるから自衛官に答弁させてほしいと言っても実現できなかった。議会できちんと軍令を語り、国防に明るい政治家を育てることも自衛官の仕事だと思うんです。私自身も、自衛官たちに少しでも共感してもらえる政治家でありたいと常に思っています。だから、『邦人奪還』には突きつけられるもの、しみじみと胸に迫るものが両方ありました。
伊藤 細かく読み込んでくださいました。
石破 伊藤さんや、陸自の特殊作戦群を率いる天道剣一のモデルになった方も、すでに辞めてしまいました。これぞという人が辞めてしまう。
伊藤 辞める理由はそれぞれで、単純な日本の組織の縮図というだけのことかもしれません。ただ、目的のためにこれとこれがあればこれができます、という提示をし、政治家がその範囲内で選んだもので、「ここまでできると言ったよな」「ここまで絶対やって見せます」という会話が成り立つ関係性こそがプロフェッショナル同士ですよね。
石破 そうですね。我々だって、防衛省・自衛隊に言いたいことは山ほどあります。それを言うから、面倒な大臣だと思われて嫌われたわけですが......。
伊藤 確かに、石破さんは受けがよくなかったかもしれません(笑)。ただ、まさにそれが自衛隊の寂しいところなんです。私は現役時代に、石破さんのような本気の大臣とやり合いたかったです。本気で勉強して本気で議論して、内臓の裏側まで全部見せられるような職場であれば、辞めていなかったかもしれない。
石破 そう思うと少し残念ですね。
(いしば・しげる 政治家)
(いとう・すけやす 元自衛官/作家)