書評・エッセイ

2020年8月号掲載

切実すぎる、前代未聞のホワイダニット

結城真一郎『プロジェクト・インソムニア』

若林踏

対象書籍名:『プロジェクト・インソムニア』
対象著者:結城真一郎
対象書籍ISBN:978-4-10-352232-4

 もしも同じ夢を他人と共有出来たのならば。そんなifが実現する異世界を舞台に、緻密に築き上げたフーダニットと独創的なホワイダニットのダブルパンチで読者をノックアウトするミステリ、それが『プロジェクト・インソムニア』である。作者は人の記憶が売買できる世界での謎解きを描いた『名もなき星の哀歌』で第五回新潮ミステリー大賞を受賞しデビューした結城真一郎。立て続けに特殊設定ミステリを描くあたり、このサブジャンルへの並々ならぬこだわりを感じさせる新人だ。
 主人公の蝶野恭平は、突発的に睡魔に襲われ眠ってしまうナルコレプシーと呼ばれる疾患を持っている青年だ。蝶野は、夢に関する研究開発を行うソムニウム社に勤める友人の蜂谷から、「プロジェクト・インソムニア」という実験に参加して欲しいと頼まれる。その実験とは、夢の中で複数の人々と共同生活を送り、起床時に夢で起こった事を報告するというもの。被験者の頭部にチップを埋め込み、同期した脳波データを演算し信号を送ることで、夢の世界を共有できるというのだ。
 蜂谷の誘いを受けて実験に参加することになった蝶野は、《ユメトピア》と名付けられた、参加者各人の潜在意識の集合体の中で生活を始める。《ユメトピア》内では、現実には存在しない架空のものまでも自由に生み出せる《クリエイト》という能力が授けられているなど、まさに理想郷のような世界が広がっていた。しかし、そのような幸福な時間はやがて崩壊の時を迎える。そのきっかけは《ユメトピア》で包丁を突き立てて倒れる男の姿が見つかった事だった。
 人々を幸せにするはずの夢の空間で事件が起こり、次々と追い詰められていく参加者たち。その謎を解くためには「プロジェクト・インソムニア」に仕組まれた様々なルールを知り、ひとつひとつパズルのピースを当てはめるように整理しなくてはならない。中にはルールを知ることで、却って謎が深まるといった展開もある。夢の中での推理は、そう一筋縄ではいかないものになっているのだ。
 加えて本書のプロローグでは、ビジネスホテルで起こった不可解な出来事が描かれており、読者を惑わす一因になっている。その出来事とは、ホテルの一室で男性が急性心筋梗塞で死亡したことだ。死因には不審な点はなかったものの、その状況には謎めいたところが幾つも見られた。例えば男性の枕元には拳銃が置かれていたが、何故かスーツケースに収められた大量の銃弾は口径が合わないものだった。男性はなぜ「撃つことのできない弾」を持ち歩いていたのか。プロローグで提示される謎自体がすこぶる魅力的であるのはもちろん、この出来事と「プロジェクト・インソムニア」で起こっている事件がどのように結びつくのか、という興味を掻き立てる展開が巧い。
 本書最大の読みどころは、フーダニットとホワイダニット、二段構えの謎が解き明かされる解決編だろう。まず読者がはたと膝を打つのは、犯人特定に至るまでの流麗なロジックである。《ユメトピア》内に設定されたルールは先ほども記した通り非常に細かく、かつ複雑なため、真相に到達するまでの道のりは一見すると困難に思われる。しかし事件解決への突破口は、ちりばめられた手掛かりの量に比して、実にシンプルなものなのだ。こんがらがった糸が容易くほどけるような、明快な謎解き場面が美点の一つである。
 さらに驚嘆するのは、フーダニットを越えた先にあるホワイダニットの解明だ。ここで明かされる動機を読めば、まずは誰もが「狂っている」という感想を抱くだろう。しかし、小説内における設定を前提に考えれば、実に理路整然とした、しかも切実な思いに裏打ちされた動機であることが分かるはずだ。まさに「夢を他人と共有できる」という特殊設定があるからこそ描ける、前代未聞のホワイダニットがこの作品の核を成すと言って良いだろう。
 近年、若手作家を中心に特殊設定を用いたミステリは隆盛を極めている。しかし逆に言えば、サブジャンルとしては既に飽和状態にあり、新味のある作品を出すのが難しい状況でもあるのだ。そのような中で奇抜なホワイダニットの創出に力点を置き、特殊設定ものに新たな局面を切り開こうとする結城真一郎の姿勢には注目しておきたい。

 (わかばやし・ふみ 書評家)

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