書評・エッセイ

2020年8月号掲載

タブーをチャーミングに描く

暖あやこ『さよなら、エンペラー』

池上冬樹

対象書籍名:『さよなら、エンペラー』
対象著者:暖あやこ
対象書籍ISBN:978-4-10-350853-3

 物語は、何ともとぼけた文章から始まる。
「カラスは辞書を持たない。たとえ道端に落ちている辞書を見つけて、『へ』のページをくちばしで捲(めく)ろうと、『変化』などという言葉を知ることはない。だが何かが変わっていくことには敏感だ。おそらく、人間よりもずっと」とあり、変化が主題の一つということがわかるが、具体的には天皇制もしくは政治体制の変化といえるかもしれない。
 四年後、東京は地震で壊滅する――。そんな予測を世界最速のコンピューター「穣」が行った。地震の規模を示すマグニチュードは10・0。日本は一気に売られ、外資企業はあっさりと日本を捨て、あるいは関西に支社を移し、日本企業も本社を東京から移転させた。政府は首都機能を京都へ、日本の「中央」を関西に変更する業務に追われていた。そのため東京の人口は大幅に減少し、衰退の一途をたどっていた。
 そんな東京に青年がいて、ある日新聞でおかしな広告記事を目にする。「朕、田中正は、国民の総意を受け、ついに東京帝国の皇帝になることを決意した。/本日六月二十二日正午、その宣言を行う。/東京帝国の諸君は、旧国会議事堂前に集合されたし。」
 目立つことのみをめざした似非エンペラーだろうと思った。でも青年が足を運ぶと旧議事堂前に集まったのは十五人程度だった。青年は安堵するものの、だが逆に、エンペラーの魅力に次第に惹きつけられていく......。
 大地震の予報で衰退した東京に皇帝(エンペラー)を名乗る男が登場して、人心をつかんでいく話である。物語はすぐそばにいて、皇帝に魅せられていく「青年」の視点で語られる。青年といっても、物語の冒頭で青年が実は十七歳の少年であることがわかるのだが、少年ではなく青年と呼ばれ続けて(名前も明らかにされず)物語は進んでいく。違和感を覚えながら読んでいくと、中盤で大きなどんでん返しがあり、その伏線でもあった。その伏線の子細を明らかにした方が、紹介文として面白いのだが、それを明らかにしたら読む意欲が削がれるだろう。ただしほんの少しだが。
 ただ、こういう紹介はできる。前半は東京を視察で巡るエンペラーと青年の話であり、後半は京都に移ってきた天皇家、中でも双子の子供たち(そのうちの一人は皇太子)の話であると。
 これから起こりうる大地震に対してどう向き合うのか、皇室と人民はどのくらいの近さであればいいのか、望ましい天皇制とは何かなど、小さなエピソードを次々に積み重ねて(その中には秋の園遊会で天皇陛下に手紙を手渡しした某議員の事件も巧みに変奏されている)、身近な問題に仕立てていく。ただ身近なものに仕立てつつも(たとえば東京においてブロック塀を壊して生垣づくりを推進する運動なども語られる)、だんだんと象徴的な意味合いを持つようになる。
 たとえば、東京を大地震が襲うという日に、エンペラーは民衆と共にブロック塀を壊すのだが、それはまるでドイツの東西を分断したベルリンの壁を壊すような大きな意味合いを醸し出してくる。民衆の手によって政治体制が変えられていく実力行使の象徴でもある。「壊しているのは、ただの塀ではない。これはかつての東京との決別であり、新たな東京との出会いなのだ。まさしく、誕生の時だ。だからこそ民はここに集っている」とあるが、まさに破壊と誕生を表す。
 物語ではそのほか、皇帝を名乗る田中正とナポレオン二世の話を関連させたり、大小様々な出来事を語り、挿話を引用し(時に何度もカラスを出してきて)、偶像崇拝、反権力、革命など人間の無意識に眠る衝動を易しく象徴化していく(時に寓話化していく)。この周到に物語り、読者にはるか遠いところを凝視させる手腕はとても並ではない。
 しかも物語は面白いのだ。最初にふれたようにひねりやどんでん返し、さらには解けない謎もあるけれど、解けないがゆえに広がり、想像したくなる。「人間は、なかなか悪くない」「力をつけなさい。技術や文明がどれほど進化をしようと、結局は人なのだよ」という人間讃歌も静かに胸に響いて、実に印象的だ。
 ともかく、微妙な綱渡りの巧みな小説である。天皇制というかなり難しい主題を精妙な手つきで扱い、嫌悪感など少しも抱かせず、むしろどこかチャーミングで愛おしさをにじませ、ゆったりとした読後感を覚えさせる。『恐竜ギフト』(日本ファンタジーノベル大賞候補作)『遠く海より来たりし者』『14歳のバベル』などファンタジー系作家の四作目だが、これからも大いに期待できる作家だろう。

 (いけがみ・ふゆき 文芸評論家)

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