書評・エッセイ

2020年9月号掲載

『雪月花 謎解き私小説』刊行記念特集

連想のディスクジョッキー

北村薫『雪月花 謎解き私小説

池澤夏樹

対象書籍名:『雪月花 謎解き私小説
対象著者:北村薫
対象書籍ISBN:978-4-10-406615-5

 なにしろ北村薫さんだ。博学無双、八宗兼学、万邦無比、縦横無尽の人だ。守備範囲は、むしろ攻撃範囲は、凝ったトリックの創作ミステリから、近代文壇史、詩歌のアンソロジー、父君の伝記、と多彩にして多様。エスカレーターで上るごとに違う売り場が展開される。「おや、中野のお父さん、こちらにいらっしゃいましたか」という具合。
 そのお方が知識と経験を駆使して、連想で話題を繋ぎながら元気な筆に随って、のんのんずいずいと(←これはたしか開高健の本で見た表現だが、今ウィキすれば講釈師田辺南龍の口癖だったらしい)書き進められた、恐ろしく知的な漫文、と申し上げてよいか。
 連想だからついこちらも引き込まれる。口を挟みたくなる。
「だからどうというわけではない。しかし、考えているうちに、糸が繋がるように、思わぬところで、それとこれが結び付くのが面白い」というのが原理。あるいは「不思議な縁だ」とか。
 ごく短い引用だけでもガーンと響くものがある。
『虚無への供物』を書いた中井英夫(別号ハネギウス一世、世田谷区羽根木に住んでいたから)に「小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない」なんて言われると何も書けなくなる。
 その中井英夫のエッセーに「LA BATTEE(ラ=バテエ)」のことが出てくる。芥川龍之介に関わる話題で、もとはフランスの作家ジュール・ルナールが使った言葉。「砂金を洗う木製の皿」である。ふふふ、これについてはぼくは詳しいのだ。明治時代の北海道を書いた『静かな大地』に砂金掘りの男を登場させた。
 あの道具は「揺り板」と呼ばれていた。師匠格の男に連れられて日高の山に入り、「あれを持って、砂を満たし、水の中で揺すって砂金がきらきらと光るところを見たかった」と思うが師匠は貸してくれない。やがて彼は独立して結構な量の砂金を採るのだが。
「六 はな」の章がとりわけおもしろかったのは中村真一郎が登場するからか。『雲のゆき来』などを書いた文学者として敬愛するだけでなく、幸運なことに私的にも行き来があった人である。ともかく座談の達人。いくらでも話が広がるのはこの本に似ている。そしてどこまで本当かわからない。「栗原小巻に好かれて、ぼく困っちゃったよ」なんてホントかな?
 しかしその前に、この章の初めの「はなさくはるにあひそめにけり」に足を止めよう。頭の中で勝手に楽曲が鳴るのを耳の虫という。動画などの画像の断片がつきまとうこともある。同じように詩歌の一句が長くしつこく脳裏に見え隠れする。北村さんではそれが「はなさくはるに......」だったが、ぼくの場合は「いささむらたけ」。それが「むらさめ」だったか「むらくも」だったか、それさえ不分明。必死で記憶を辿って内田百閒の著書の名だったことを思い出し、そこから大伴家持の、「わが宿のいささ群竹(むらたけ)吹く風の音のかそけきこの夕べかも」にたどり着く。だいたいそんなことをやって遊んでいるのだ、我々は。
「六 はな」の連想の基本原理はわかりやすい。最初は『三国志物語』で三人の英雄が義兄弟の契りを結ぶ場面。後の方では「お笑い三人組」や「脱線トリオ」や「てんぷくトリオ」が出てくる。その前に『深夜の散歩』の福永武彦・中村真一郎・丸谷才一。心理の深層を三人という概念が密かに流れている。
 さて中村真一郎。折口信夫に会った話を中村が書いているのだが、それが「数回お目にかかっただけ」から「敗戦直後、毎週」まで本によって幅がある。大森新井宿の中村の家にふっと折口が立ち寄ったなどと具体的な記述もある。
 真実は那辺にありや、と問うことに意味はない。中村は折口を敬愛し、その著作に大きな影響を受け、それを己が幸福として受け入れた。二人の間には堀辰雄という共通の友人がいた。ぼくは『日本文学全集』を編むにあたり何人かの批評家に頼った。折口と中村、丸谷、吉田健一。文学とはそういうものだ。
 しかし、これを書いていて北村さんと昆虫採集の自慢ごっこをしている子供のような気持ちになった。養老孟司vs奥本大三郎のような大家の対決ではなく、ずっと慎ましいコレクション。
 あちらには中野のお父さんがついているが、こちらは孤立無援である。

 (いけざわ・なつき 作家)

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