書評・エッセイ

2020年9月号掲載

昭和の殺人鬼七人が地獄から甦る

白井智之『名探偵のはらわた』

大森望

対象書籍名:『名探偵のはらわた』
対象著者:白井智之
対象書籍ISBN:978-4-10-353521-8

 弱冠二十歳のサム・ライミが監督した「死霊のはらわた」(一九八一年公開、原題The Evil Dead)は、森の中の別荘にやってきた五人の若い男女がうっかり死霊を甦らせてしまい、たいへんな目に遭うというお話。超低予算のインディーズ映画ながら、笑っちゃうほど突き抜けたグロテスク描写がウケてカルト的な大ヒットを記録。八〇年代B級スプラッタ映画ブームの火付け役となった。
 この「死霊のはらわた」にオマージュを捧げたのが、白井智之の書き下ろし長編『名探偵のはらわた』(カバーに書かれた英語タイトルはThe Detective Dead)。若者たちが召儺(しょうな)の儀式を行った結果、わが国の犯罪史にその名を刻んだ昭和の有名殺人鬼七人が現代に甦り、悪逆非道の限りをつくす。「死霊のはらわた」と違って、その被害は日本全体に広がる。なんとかして彼らを捕まえ、地獄に送り返さなければ。かくして、前代未聞の"殺人鬼狩り"がスタートする......。
 題材に選ばれた現実の事件は、玉の井バラバラ殺人事件、阿部定事件、津山三十人殺し、帝銀事件、寿産院事件、三菱銀行人質事件、パラコート連続毒殺事件の七つ(作中では、固有名詞やディテールがちょっとだけ改変されて、それぞれ、玉ノ池バラバラ殺人事件、八重定事件、津ヶ山事件、青銀堂事件、椿産院事件、四葉銀行人質事件、農薬コーラ事件となっている)。もっとも、すべての殺人鬼が均等に描かれるわけではなく、各人が現代でどう活躍するかは読んでのお楽しみ。
 著者の白井智之は、自分自身のクローンを食べることが合法化された未来を背景にした『人間の顔は食べづらい』でデビューして以来、異常設定のミステリばかり書いてきた人。男女が体を結合させて生殖する世界での孤島ミステリ『東京結合人間』、全身に"顔"が生じる奇病"人瘤病"が蔓延した日本で感染者二人が殺害される『おやすみ人面瘡』、ミミズ人間やトカゲ人間がふつうに登場する『お前の彼女は二階で茹で死に』、少女二十人が毎回殺される全五話の連作集『少女を殺す100の方法』......という具合。それらの既刊と比べると、この『名探偵のはらわた』では、グロテスク趣味をぐっと抑えて、名探偵vs.探偵助手の推理対決と、ロジカルな多重解決に主眼が置かれている。そう、こう見えても本書のキモは、ガチガチの本格ミステリなのである。
 物語の主人公は、名探偵・浦野灸に心酔し、浦野探偵事務所で助手として働く二十一歳の青年・原田亘(通称"はらわた")。三年前からつきあっているみよ子は、東大文学部の四年生で、ヤクザの組長の娘。その彼女の生まれ故郷である岡山県津ヶ山市で、六人の死者が出る放火殺人事件が発生する。被害者たちは、炎上する寺からなぜ逃げなかったのか? 警察から協力要請を受けた名探偵・浦野は、助手のはらわたをともなって現地へ向かう......。
 というわけで、昭和の七つの事件の中でも、本書の中心になるのは津山(津ヶ山)事件。小説の冒頭には、現実の津山事件の犯人・都井睦雄が犯行直後に書き残した文章の一部、「思う様にはゆかなかった」が引用され、作中でも事件の経緯が詳細に検討される。つまりこれは、横溝正史『八つ墓村』、西村望『丑三つの村』、島田荘司『龍臥亭事件』、岩井志麻子『夜啼きの森』など、数々の小説が題材にしてきたこの大量殺人事件にまったく新たな角度からアプローチする"事件"ミステリでもある。
 現代に甦る殺人鬼は、地獄で閻王にスカウト(?)され、亡者に責め苦を与える仕事をさせられていた"人鬼"たち。甦るといっても肉体ごと復活するのではなく、生きた人間に憑依するので、外見からでは誰が人鬼なのかわからない。しかも、人鬼は、体液の接触を通じて別の人間に乗り移ることも可能だという。この状況下で、"名探偵"と"助手"は、首尾良く七人を見つけ出せるのか? "人鬼"特定のために駆使される華麗なロジックが一番の読みどころ。
 ちなみに、美しくも恐ろしいカバーイラストは遠田志帆。しかも、超自然要素を(なんらかの意味で)利用した本格ミステリとなれば、明らかに、綾辻行人『Another』、今村昌弘『屍人荘の殺人』、相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の流れだが、『名探偵のはらわた』は首尾よくこのビッグウェーヴに乗れるのか? 注目。

 (おおもり・のぞみ 書評家)

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