インタビュー

2020年10月号掲載

特集 伊坂幸太郎の20年 二十周年記念インタビュー

のんびり。でも、自分が読みたい小説にまっすぐに。

伊坂幸太郎

読書界を席巻した『重力ピエロ』
本屋大賞受賞作『ゴールデンスランバー』
彗星の如く現れた才能は、それ以前と以後で、読書体験をまったく変えた。
小説に起きた革命、その進化は今もなお――。

――デビュー作『オーデュボンの祈り』は2000年の12月20日に発売されましたので今年の12月で満二十年になります。今のお気持ちはいかがですか?

伊坂 たぶんみんな同じだと思うのですが、目の前の仕事にいつもひいひい言っている感じで、気づいたら二十年経ったという気持ちですね。ただ、赤ちゃんが成人するまでの年月ですから、長いと言えば長いですよね。いろいろあったような、特になかったような(笑)。

――発売日のことを覚えていますか?

伊坂 会社員で、その時は東京に一週間くらい出張していたんです。残業前の休憩時間に、同じ職場の人と近くにあった小さな書店に行って、自分の本が並んでいるのを見つけたのを覚えています。「入荷されている!」と感動して。買うのは恥ずかしくて、そのまま戻って、残業しました(笑)。

――デビュー直後はどういったお気持ちだったんですか?

伊坂 素人の怖さと言いますか、「この作品が世に出たら大変なことになるぞ」とか思っていたんですよね。「こういうのが読みたかった!」とみんなが拍手喝采するイメージを(笑)。いざ実際に世に出たら、ほとんど反響もなく、静かなもので、しーんとしていて、ぜんぜん世の中は大変なことにはならなかったです(笑)。

――会社員と兼業だったのは、『ラッシュライフ』まででしょうか?

伊坂 『ラッシュライフ』を書き上げてから、出版されるまで何ヵ月か空いたんですよね。2001年中に出来上がっていたんですけど、発売は2002年の7月にしましょう、と。その間に、次の『陽気なギャングが地球を回す』と『重力ピエロ』を並行して書いて、会社を辞めたのが3月だったような。3月から7月の間は、「会社を辞めちゃったけれど、本当に次の本が出るのかな」と不安だった記憶があります。

――伊坂さんの新潮文庫の作品は、表紙にすべて三谷龍二さんの作品が使われていますよね。

伊坂 『重力ピエロ』の単行本の時に、装幀担当者が「これだ!」と三谷さんの作品を出してくれて、あまりに美しくて感動しました。寓話的だけれど、社会とも繋がっているような感じで。三谷さんの作品のおかげで、僕の小説の品が良くなっているような気がしています(笑)。『フィッシュストーリー』はあの作品を表紙に使いたくて、無理やりタイトルに「フィッシュ」を入れたんですが(笑)、『オー!ファーザー』以降は三谷さんが、小説をもとに新しい作品を作ってくれているんですよね。三谷さんの大事な世界観を貸してもらっている気がしますし、本当に感謝しています。

――十五周年の際、『オー!ファーザー』までを「無邪気な小学校の六年間」、『ゴールデンスランバー』『あるキング』前後を中学生活、『キャプテンサンダーボルト』で大学受験を終えた高校生、と話されていましたが、今はどんな時期なのでしょう?

伊坂 いい譬えですね(笑)。今は大学に入って、のんびりしすぎている感じです。今まで頑張ってきたから、ゆっくりしたいなあ、という気持ちと、ゆっくりしているともう社会に出られないんじゃないかという焦りがあって。

――伊坂さんの文体は特徴的だとよく言われると思うのですが、執筆中「この文章は自分らしいなあ」と意識して書いているときはありますか。

伊坂 僕の書く文章って、結構、平易だと思うので、自分では個性があるようには思わないんですけど、何か癖みたいなものがあるんでしょうかね。会話に関しては、子供のころに観た洋画への憧れ、とかローレンス・ブロックとか翻訳ミステリーからの影響が大きいと思うんですが、「会話がいい」と言ってくれる人と、「こんな風に喋る人はいない」と白けちゃう人が半々で。でもせっかく映像じゃなくて文章なんだから、地の文も会話も読んで楽しめるほうがいいなあ、という思いで書いてはいます。

――二十周年だから明かせる、作品に関する秘密みたいなものはありますか?

伊坂 二作目の『ラッシュライフ』の冒頭の章扉に、「最高時速240キロの場所から~」と書いてまして、ある機会に一度話したことがあるんですが、あれって物語の構成を示唆している伏線なんですよね。その分野に詳しい人が、「あれ?」と違和感を覚えて、読み終えた後に、「そういうことだったのか!」と喜んでくれるんじゃないか、と期待していたんです。ただ、意外にそういった声は聞こえてこなくて、独りよがりだったかなあ、と少し反省しています(笑)。当時、最初の一行目にヒントがある、というのをやってみたかったのかな。

――読者の中には伊坂さんと同じく作家になり、伊坂さんからの影響を公言している方も見られるようになりました。どう思われますか?

伊坂 いい影響を与えられているのなら、やっぱり嬉しいですけど、悪い影響とかがあると寂しいですし(笑)、とにかく、お互い頑張りましょう、としか言えないのですが。

――これからどういった作品を書きたい、というようなビジョンはありますか?

伊坂 ビジョンはないですし、正直なところ二十年やっているとさすがにもうアイディアもないんですよね(笑)。とはいえ、自分が読みたい小説を書きたい気持ちはまだあるので、もう少し頑張りたいです。これまでは、時事ネタと言いますか、執筆中の社会のことはなるべく作品には入れないようにしていたんですが、今の出来事を取り込むことで面白くなるような話を書けないかな、と考えたりもしています。

 (2020年8月、仙台にて  いさか・こうたろう 作家)

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