書評・エッセイ

2020年11月号掲載

衆道と芸能で戦国史を読み替える傑作歴史小説

木下昌輝『戀童夢幻』

末國善己

対象書籍名:『戀童夢幻』
対象著者:木下昌輝
対象書籍ISBN:978-4-10-353631-4

 戦国武将が、念友、念者などと呼ばれた相手と衆道(男色)の関係を結んだのは有名である。衆道は主君と家臣の絆を深める行為であると同時に、敵将のもとに美少年を送り間諜、謀略、暗殺などを実行させる戦術としても用いられたようだ。
 また織田信長が幸若舞の『敦盛』を好み、豊臣秀吉が茶の湯を学び、晩年は能にのめり込んだように、一流の芸能者を招き芸道修行に力を入れた戦国武将も珍しくない。
 戦国武将に雇われたり、旅の途中で芸を披露したりする芸能者には、芸だけでなく美しい肉体を提供する者もいたので、芸能と衆道の結び付きは深かったといえる。
 最新の研究を踏まえた斬新な歴史小説を発表している木下昌輝の新作は、衆道と芸能を軸に本能寺の変の前から徳川家康の天下統一に至る戦国末期を描く連作集である。
 信長と小姓の森乱(成利。蘭丸の通称で有名)は衆道の関係にあったとする歴史小説も多いが、巻頭の「乱の章」は、森乱が信長の念友ではなかったとしており、この設定だけで続きが気になる読者も少なくないだろう。
 前関白の近衛前久が、類い稀な美貌を持つ加賀邦ノ介を連れて信長の前に現れた。信長の念友になりたい森乱は、邦ノ介がライバルになると確信し追い落としの陰謀をめぐらせ、卓越した芸で信長を魅了した邦ノ介も怪しい動きを始める。「乱の章」は、森乱と邦ノ介が凄まじい頭脳戦、心理戦を繰り広げるコンゲーム(騙し合い)ものになっており、最後までどちらが勝つか分からないスリリングな展開が楽しめる。
 アメリカのミステリ作家エラリー・クイーンは、黒幕が実行犯を操って手を汚さずに目的を達成するトリックの名作を数多く残した。実は「乱の章」にも、この"あやつり"トリックが使われている。黒幕に操られたことさえ知らないまま、ある人物が誰もが知る歴史的な重大事件を引き起こすまでのプロセスは、圧巻の一言に尽きる。
"あやつり"トリックは、使われていると書くだけでネタバレになる。本書は「乱の章」のほかにも"あやつり"トリックを扱った章があるが、ここまで指摘しても著者の緻密な計算が見破られることはあるまい。そのため本書は、ミステリファンにもお勧めできる。
 もう一つ、本書は、一芸を究めた芸能者の対決が物語を牽引する芸道小説の側面も持ち合わせている。負ければ権力者の怒りを買い殺される危険もある極限状態で行われる芸道対決は、剣豪同士の真剣勝負、大軍がぶつかり合う合戦シーンに勝るとも劣らない緊迫感がある。
 続く「業の章」では、時代が少し過去に遡り、邦ノ介が信長の前に現れ、織田家中に波風を立てた理由の一端が明かされる。「乱の章」のエピソードが別の角度から描かれることもあるので、続けて読むと、強者に滅ぼされた弱者の怨念、圧倒的な才能への嫉妬が歴史の方向性を決める重要なファクターであるという問題提起も浮かび上がってくる。現代も怨念と嫉妬にあふれているだけに、負の感情が悪しき社会を作らないようにするために必要なものは何か、との問い掛けは考えさせられる。
 第三話「戀の章」では、有力武将に仕える門弟たちを操り、茶の湯を大成することで世俗の権力とは別の価値観を確立しようとする千利休の前に、秀吉の側近くにいる邦ノ介が現れる。第四話「性(さが)の章」は、秀吉の養子で次期後継者と目されていた秀次が、ようやく授かった秀吉の子供(後の秀頼)が、側室の茶々と邦ノ介の密通で誕生したのではないかとの疑惑を持ち、調査を進めることになる。
 利休切腹の理由、秀頼が秀吉の実子か否か、秀次が排斥された原因には諸説あり、これらの題材は現在も歴史小説の激戦区となっている。著者は衆道と芸能という新たな視点で戦国史にアプローチすることで、有名な事件を読み替えていくので、読者は衝撃を受けるのではないか。
 最終話「色の章」になると、信長、秀吉、家康の周辺で暗躍した邦ノ介の真の目的が明かされる。芸のためなら派手で奇抜な衣装をまとい、諸国を放浪しながら色を売るなど奔放に生きた芸能者は、定住する、主君に仕える、結婚して子供をつくるといった常識に縛られていなかった。
 芸能者として常識の枠外にいた邦ノ介は、あらゆる手段を駆使して、法と倫理で人間を規制しようとする権力者たちと戦っていたことが分かってくる。現代も権力者の無理解とマジョリティの無関心が社会の分断を生んでいるだけに、それに抗った邦ノ介の活躍は、生き辛さを感じているすべての人に勇気を与えてくれるのである。

 (すえくに・よしみ 文芸評論家)

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