インタビュー

2020年11月号掲載

素顔のトルーマン・カポーティ

川本三郎 interview

川本三郎

イノセンスを謳い続け、かつ人騒がせな作家でもあったTC。ドキュメンタリー映画公開に合わせ、『ティファニーで朝食を』『冷血』の作家の日本での読まれ方を振り返る――

対象著者:トルーマン・カポーティ

――川本さんは十一月公開のドキュメンタリー映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」で字幕監修をなさっていますが、遺作『叶えられた祈り』、短篇集『夜の樹』(共に新潮文庫)といったカポーティの重要な作品の翻訳もされていますし、滅法面白いインタビュー本『カポーティとの対話』やゲイの作家ドナルド・ウィンダムがカポーティとテネシー・ウィリアムズとの交流を回想した『失われし友情』も訳されました。
 今日は日本でカポーティがどんなふうに読まれてきたかを伺ってみたいと思います。川本さんは一九四四年のお生れですが、リアルタイムでカポーティを読み始めたのは......?

川本 遅かったんです。まず処女長篇の『遠い声 遠い部屋』(翻訳は五五年刊)を読んだのですが、それは大学に入ってからだったと思います。いい小説だとは思いましたが、初読のときは主人公のジョエル少年がゲイの世界へ入っていくことを読み取れませんでした。当時の訳者解説にも、同性愛のことはひと言も触れていなかった。もちろんアメリカの読者には内容は伝わって、カバー裏に載ったカポーティ青年がソファにけだるく横たわり、挑発的に誘ってくるような写真と共にスキャンダルめいた騒ぎになったわけです。『冷血』の翻訳が出た(六七年)のも大学時代で、これは話題作として学生たちによく読まれていました。
 映画の「ティファニーで朝食を」が公開されたとき(六一年)は高校生で、西部劇に夢中だった男の子が観たい映画ではない(笑)。原作も当時は読んでいません。アメリカ文学ではまだヘミングウェイ(六一年没)、フォークナー(六二年没)、スタインベック(六八年没)が現役だった時代ですから、カポーティはまだまだ新鋭扱いで、日本の読者にとってはそんなに大きな存在ではなかったと思います。
「ティファニー」の後で公開された「アラバマ物語」(ハーパー・リー原作、日本公開六三年)はリアルタイムで観ました。あの映画に出てくる色の白い女の子のようなディル少年がカポーティをモデルにしているとはもちろん知らなかった。フィリップ・シーモア・ホフマンがタイトルロールを演じた映画「カポーティ」(日本公開二〇〇六年)で、幼なじみのハーパー・リーと『冷血』のためにカンサスの田舎を取材して回るところが描かれていましたね。
 カポーティとほぼ同世代のアメリカ人作家の作品では、何と言ってもサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が日本の若者たちにとっても重要な本でした。『危険な年齢』という書名で一度翻訳されているのですが(橋本福夫訳、五二年)、野崎孝さんによる新訳が六四年に出て、大きな話題になったんです。ちょうど日本でもラジオのDJという存在が人気になり始めた頃で、野崎訳のホールデン少年にはDJ口調の影響があるような気がします。
 もう一人、アメリカの戦後文学の旗手と目されていた作家に、カポーティがしばしばライバル視したノーマン・メイラーもいました。メイラーの小説は、『裸者と死者』なら太平洋戦争、『鹿の園』ならハリウッドの赤狩りとテーマが重いんですね。自分をPRするのもうまくて、『ぼく自身のための広告』なんて本も出した。新潮社から全集が出るくらい日本でも話題性のある作家だったんです。
 それがサリンジャーは「ハプワース16、1924年」(六五年)を最後に沈黙し、メイラーも六〇~七〇年代の政治の季節が終わると共に存在感が薄くなる中で、カポーティは常に話題を提供し続けて、埋没せずに生き残ってきました。本質としてマイナー・ポエット的なところのあるカポーティを読むのに、より相応しい季節が来たと言えるかもしれません。また七〇年代後半に、トム・ウルフやゲイ・タリーズなどに代表されるニュー・ジャーナリズムが日本でも盛んに言われた際、『冷血』がその流派の嚆矢として再び脚光を浴びたのもプラスだったでしょう。
 ベトナム戦争の後で、少しアメリカ文学が沈んでいた時期があるんです。七〇年代末から、常盤新平さんや青山南さんと私で「ハッピーエンド通信」という雑誌を出していたのは、アメリカ文学に光を当て直そうという意識からでした。その頃、人気が出てきたのはブローティガン、ヴォネガットといったあたりですが、カポーティも生前最後の作品集『カメレオンのための音楽』(原著八〇年、邦訳八三年)を出して、これは傑作とは呼べないにせよ、話題になりました。彼が五十九歳で急死したのは八四年ですが、最後まで「次は何を書くのだろう?」「噂の『叶えられた祈り』は完成するのだろうか?」という現役感はありましたね。

 見捨てられた子どもたち

 今なお読まれ続けているのは、村上春樹さんが『ティファニーで朝食を』などを翻訳したのも大きいでしょうが、そもそもカポーティって、やっぱり読んで面白いんですよ。繊細な感性や鋭い観察眼が活き活きしていて、文章もうまくて、まったく古びていない。
 処女作の「ミリアム」(『夜の樹』所収)は、雪のせいでマンハッタンのマンションに半ば閉じ込められた初老の女性と不思議な少女の話ですが、何度読んでも感動するでしょう? 以前、「波」で浅田次郎さんが「鉄道員(ぽっぽや)」は「ミリアム」の影響をわずかに受けていると語っておられて、「なるほど!」と膝を打ちましたが、水木しげるさんの「太郎岩」というマンガも読めばすぐ「ミリアム」を翻案していることが分かります。山岸凉子さんにも「クリスマスの思い出」(『ティファニーで朝食を』所収)に影響を受けたマンガがあります。
「ミリアム」に典型的なように、カポーティの小説には「閉ざされた部屋」「見捨てられた子ども」というイメージが繰り返し出てくる。これはカポーティ自身にそういう経験があるからです。彼が四歳の時に両親は離婚しましたが、ミス・アラバマに選ばれたほど美人の母は、しばしばカポーティをホテルの部屋に閉じ込めて、ボーイフレンドとデートに出掛けた。カポーティは「そのたびに私はヒステリーを起こした」と回想しています。やがて、カポーティ少年は親戚中をたらい回しにもされる。それが彼の原風景、原体験となって、「閉ざされた部屋」「見捨てられた子ども」は初期の「ミリアム」や『遠い声 遠い部屋』から、遺作の『叶えられた祈り』に至るまで幾度も現れることになりました。
 カポーティがマリリン・モンローを愛し、「うつくしい子供」(『カメレオンのための音楽』所収)という彼女の麗しいスケッチを書き、「ティファニーで朝食を」の主演女優は「オードリー・ヘプバーンではなくモンローこそ相応しい」と主張したのは、モンローがやはり孤児院で育った「見捨てられた子ども」だったからでしょう。確かに『ティファニー』の主人公、ホリー・ゴライトリーも一種の孤児でした。
 同時に、そんな寂しい子どもの持つイノセンスもカポーティが愛してやまないものでした。とりわけ、アラバマの親戚に預けられた頃を描いた幾つかの短篇(『夜の樹』所収の「誕生日の子どもたち」「感謝祭のお客」など)は、少年期の幸福なイノセンスに満ちています。
 また、『冷血』の殺人犯二人のうち、ペリー・スミスにもカポーティは自分の子どもの頃の面影を見ていたと思うんです。冷酷な人殺しではあるけれど、可哀そうな環境で育ち、やはり小柄で、いじめられっ子だったペリーへ明らかに共感を寄せている。映画「カポーティ」にも描かれていましたが、ペリーが死刑執行されるところを見ざるをえなかったことはカポーティの終生のトラウマになったでしょう。

 まだ汚れていない怪獣を

 カポーティの絶筆は、亡くなったとき滞在していたジョアン・カーソンの家で書いた「ウィラ・キャザーの思い出」という短文です(川本氏訳で「yom yom」vol.6に掲載)。彼がまだ作家修業中だった若い頃、やはり南部出身で五十歳ほど年長の女性作家キャザーとニューヨーク公共図書館の前で偶然出会って......という、短いけれど記憶に残るいいエッセイ。
 これが絶筆になったことが象徴的なように、カポーティは「NYっ子でソフィスティケイトされた都会的な作家」と思われがちなのですが、最後まで「南部のスモールタウン出身の作家」だったところがあります。『冷血』の事件に興味を持ったのも、南部でなく中西部だけれど、スモールタウンで起きた事件だったからでしょうし、ついに完成されなかった遺作『叶えられた祈り』の主人公も南部出身で孤児育ち、加えてゲイで、作家志望で、ニューヨークへ出て来たという、カポーティの分身のような人物でした。
 没後、『叶えられた祈り』が刊行されたときは、「カポーティはずっと『傑作になる』と言っていたのに大ぼらだった、凡作だ」みたいなアメリカでの評判を聞いていたので、半ば恐る恐る読んだのですが、素直に面白い作品だと思いました。無垢な少女の「まだ汚れていない怪獣を探したいです。それから田舎に引越したいです」という作文から始まって、作者の分身のような主人公がお金に困って男娼をしたりしながら、才長けた悪党としてピカレスク・ロマンのヒーローのごとくに上流階級の世界を彷徨ってゆく。本人が望んでいたようにプルーストと較べるわけにはいかないにせよ、「イノセンスとその喪失」というカポーティらしいテーマが展開されていて読みごたえがあります。

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 ただ、翻訳のときに困ったのは、モデル問題まで引き起こしたというセレブリティたちのことも、背景となっているNYの上流階級のこともさっぱり分からないこと。今みたいに簡単にネットで調べられる時代ではなかったから四苦八苦しました。
 今度公開されるドキュメンタリー映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」ではカポーティの私生活のみならず、『叶えられた祈り』に登場する上流階級の〈白鳥(スワン)たち〉(富と美貌と地位を持つ女性たち)の本物がどんどん出てくる。翻訳するときに、この映画があったら楽でしたよねえ(笑)。
 でも、映画でいちばん心に残ったのは、アンドレ・レオン・タリー(ファッション界で最初のアフリカ系アメリカ人の流行仕掛人。ミシェル・オバマやマライア・キャリーのファッション・アドバイザー)の「(カポーティは)子どもの頃、すごく可愛がってくれた叔母さんからもらったクッキーの缶を大切に飾っていた」という証言でした。
「叔母さん」というのは、「クリスマスの思い出」や「感謝祭のお客」、長篇『草の竪琴』の登場人物のモデルになった、はるか年上の従姉スックのことです。アラバマの田舎町で、両親から見捨てられた孤独な少年カポーティを祖母のような年齢の彼女はいたわり、かばい、いい友達になりました。『草の竪琴』の扉には「深い愛情の記念として、ミス・スックに捧ぐ」と記されています。
 つらいことがたくさんあった少年時代の数少ない輝かしい思い出、イノセンスの象徴として、古びたクッキーの缶を、アル中かつヤク中になったカポーティがずっと手もとに残していた、という事実には胸を打たれました。彼は最後まで「まだ汚れていない怪獣」をどこかに飼っていたのだと思います。

「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」は2020年11月6日よりBunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー

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