書評・エッセイ

2020年11月号掲載

このくそばばあが実在する奇跡

ばたこ『お義母さん、ちょっと黙ってください くそばばあと私の泥仕合な日々

岸田奈美

対象書籍名:『お義母さん、ちょっと黙ってください くそばばあと私の泥仕合な日々
対象著者:ばたこ
対象書籍ISBN:978-4-10-353681-9

 おどろいた。知らん家族の知らん泥仕合が、こんなにおもしろいとは思わなかった。わたしは普段から文章を書いて生きているので、本でも雑誌でも、唸るほどおもしろいと思った一文には自慢の赤い蛍光ペンで線を引いている。ばたこさんの本を読み終えると、目を見張るほど赤くなっていた。1ページごとに容赦なく差し込まれてくる、鮮やかすぎるほどに笑える言葉のパンチラインに、もうずっと吹き出すのをこらえながら読みふけっていた。
 ばたこさんが日々、先手を打ったり、打たれたりして奮闘する相手・くそばばあこと義母さんは、とにかく強烈だ。「デリカシーを大和川に捨ててきた」「女優に憧れて坊主にする」「合鍵で嫁の家に押し入り、秘蔵のバターサンドを食らう」「市役所に乗り込み、マイナンバーを7の連番にしてと交渉する」など目と耳を疑うような、数々のフリーダム妙ちきりんエピソード。でもこれは、まぎれもない実話なのだ。作中で義母さんが話し出すときの「おじゃまむしおじゃまむしするで」「おはようさんおはようさん」という枕詞で、わたしは確信した。これはばたこさんと同じ県に住んでいたからわかるけど、関西の図々しいばばあは、本当にこのような謎の枕詞を二回口走るのだ。出囃子かなんかだと思う。ついでにわたしが一番好きな、作中の義母さんの迷言は「おつまる水産加工場尼崎本部作ってるのは鮭フレーク(おそらく、お疲れ様という意味)」だ。こんなもん、空想で書けるわけがない。くそばばあは実在する。それだけでもう、すごい奇跡を読まされている気持ちになる。
 そもそも、サブタイトルにもなっている「くそばばあ」って呼称もすさまじい。おばさんでもおばばでもない、くそばばあには、なんというか図々しさ、たくましさ、おもしろみ、自由のすべてが詰まっている。くそ、と付いているのだから、人にかける迷惑は数え切れない。しかし社会の窮屈さに身を縮め、周囲を取り巻くありとあらゆる面倒な関係性に疲れてしまうわたしたちは、みなぎるパワーを持つくそばばあに圧倒されることがある。憧れすら抱き、日々を生き延びる心強さを授かる。それに気づくことができたのは、他ならぬ、ばたこさんの静かな愛がにじむ言葉のおかげだ。この本に登場する家族は、憎たらしいところがあっても、どこかほっとけないほど愛しい。無敵のメンタルかと思いきや、骨折したかもしれなくてめそめそ泣き言を吐く義母さん。古臭い昭和の価値観を押しつけてくるが、強く出られると黙り込む義父さん。大切な局面で間が悪いことばかりやらかして、流れるように土下座を披露する旦那さん。憎めない理由である愛しさは、言い換えれば人間らしさだ。ばたこさんは、彼ら彼女らの奇行にほとほと呆れつつも、人間らしさにしっかりと気づき、自然とにじむように、さりげなく言葉へ織り込んでいる。これを静かな愛と言わず、なんと言うのか。スタンディングオベーションだ。
 わたしが一番好きなエピソードは「次女とばばあの不思議な関係」だ。とにかくかわいい次女ちゃんには、生まれつきの疾患があるそうだ。わたしも弟に障害があったので、次女ちゃんが生まれたばかりのころ、ばたこさんが持っていた疲労と罪悪感は痛いほどわかる。ここで義母さんが起こす奇行は、他のエピソードで語られるものと様子が少し違う。あんなに自分勝手でケチな義母さんが、手術を受ける次女ちゃんのために5万円の心付けをクシャクシャになるまで大切に握りしめて医師に渡そうとし、手術を控える次女ちゃんには百貨店のパフェをご馳走する豪勢な孫思いっぷりを見せたので、ばたこさんは卒倒しそうになるほど驚くのだった。ぎこちない義母さんの振る舞いに、目頭が熱くなってしまう。だけど、最後に「よく考えたら私は今までパフェ代の何百倍も奢らされてきたことを思い出した」という文章を書き残し、いい話で終わりかけた関係性を小憎たらしくフラットに引き戻すあたり、恐れ入った。さすがだ。わたしはこれで急激に、ばたこさん一家のファンになってしまった。サザエさんが平日の深夜帯に移動したら、ばたこさんになると思う。
 おもしろい文章は、共感と発見でできている。「あー、わたしもこうやってイライラすることあるわ」と頷いたのち「こうやって考えたら、楽になれるんだ」と目から鱗が落ちる。この本は、まさにおもしろい文章でできている。義母さんたちとの泥仕合を言葉にすることでストレス発散して救われているばたこさんに、わたしたちが救われている。
 家族や職場の人間関係など切っても切り離せないことで、疲れきってしまったときは。気持ちが深い海底へ沈む前に、浮き輪をつかむ心地で、この本をそばに置いて手に取ってほしい。息継ぎもせず、怒濤の勢いでまくし立ててくるくそばばあとばたこさんの泥仕合、そしてお子さんたちとの愛にあふれる日々が、元気へと引き戻してくれる。

 (きしだ・なみ 作家)

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