インタビュー
2020年12月号掲載
『オルタネート』刊行記念インタビュー
「運命」と「その先」の物語を描きたかった。
高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、若者たちの運命が、鮮やかに加速していく――。新しいけど、普遍的。そんな、著者の新境地を開く最新長編がついに刊行。作品にかけた思いを聞いた。
対象書籍名:『オルタネート』
対象著者:加藤シゲアキ
対象書籍ISBN:978-4-10-104023-3
――長編第六作となる『オルタネート』は、加藤さんにとって初となる小説誌での連載でした。初回が掲載された「小説新潮」2020年1月号は、創刊六三年の歴史において初の重版に。加藤シゲアキが文芸のど真ん中へやって来たぞ、という期待と応援の結果だったと思うんです。連載が決まった時のことや重版という反響のことなど、まず最初にお伺いできればと思います。
三作目の『Burn.』を出した時に、新潮社さんからご連絡をいただいたんです。デビュー作で終わりではなく、書き続けてきたからこそ信頼してもらえた、いただけたご縁だったと思うので、素直に嬉しかったですね。名だたる作品を生み出してきた出版社の雑誌なので、最初は緊張もあったかなと思うんですが、編集さんと打ち合わせて作品が具体的に走り出してからは気にならなくて。ただ、連載のことが発表になった時の周りのざわめきはすごかったです。ファンの人たちもとても喜んでくれました。若い子が小説誌を買っている光景って、なかなかないじゃないですか。若い子には歴史を動かすパワーがあるんだなと、実感させられました。
――作家とはアプリすらも開発してしまう生き物なのか、と驚いたんですが、物語の基幹部には、高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が据え置かれています。主な舞台は、東京にある円明学園高校。オルタネートによって生じる出会いや別れ、運命に対するさまざまな態度を描いた青春群像劇です。着想のきっかけは?
まず最初に、編集さんから「『Burn.』みたいな青春群像劇」というお題をいただきました。同じ時期にたまたまレギュラーのバラエティ番組(『NEWSな2人』)で、マッチングアプリについて取り上げる機会があったんです。もう三年以上前なので今みたいにすごく流行っているわけではなかったんですが、そこで若者たちの意見を聞けたことが面白くて。いいという人もいれば、偏見を持ってしまう人たちもいたんですよね。マッチングアプリを前にした時に生じる思いや価値観が、人によってぜんぜん違う。これを真ん中に持ってくれば、物語が生まれやすいんじゃないかと思いました。それまで恋愛モノをやってこなかったから、ここで一回やってみるのもアリだぞ、と。ましてや高校生ってアンバランスなところがあるというか、振れ幅が極端じゃないですか。ちょっとしたことで深刻に落ち込んじゃうし、元気にもなるし、昨日までノーだったことが今日はイエスになる。一〇代後半の子たちの物事に一喜一憂していく感覚は、こういう題材を描くうえで合っているなと思いました。もし大人たちを主人公にしたら、もっと肉体的にドロドロなものになる(笑)。「運命の相手ってなんなんだ?」みたいな、価値観のドロドロが描きたかったんです。
――まさに価値観が乱立していますよね。しかも章ごとに視点人物が変わる形式なので、読者はそれぞれの内面を追体験し、個々の価値観に納得しながら読み進めていくことになります。
いろんな価値観を出さないと、オルタネートというものが見えてこない。少なくとも三人ぐらいは主人公が欲しいかなぁと考えて、オルタネートに対する距離感で三人の人格を作っていきました。やりたくない人、めっちゃやりたい人、やりたくてもやれない人、ですね。
――調理部部長で、ある出来事から人付き合いが苦手になった三年生の新見蓉(にいみ・いるる)。オルタネートを信仰し、「運命の相手」との出会いを待つ一年生の伴凪津(ばん・なづ)。学年的には二年生ですが、大阪の高校を中退しオルタネートにアクセスできなくなったことに苛立つ、楤丘尚志(たらおか・なおし)。
基本的な設定だけ決めて、ストーリーをどうするかはあえて事前に固めなかったんです。まずオルタネートが生活必需品みたいになっている高校生の社会があって、三人のキャラクターがいて、それぞれが物語の中で走っていく姿をどんどん書き留めていった。蓉に関しては「ワンポーション」という料理バトルの大会に出る、それを書くことは決まっていたんですが、他の二人は行き先を決めていませんでしたね。その結果何が起こったかって言うと、三つの小説を同時に書いている感覚になりました。三人とも、性格が真っ直ぐなんですよ。真っ直ぐすぎて、なかなか三人が交錯しない(笑)。もうちょっとクロスするかなと思ったんですが、話が全然絡まなくて終盤までドキドキしました。
――三本のラインがギリギリまで一本に交わらなかった分、物語の熱量は増幅し続けましたよね。三人の周囲にいる人物も個性を放っていますし、みんながそれぞれの事情で、パートナーを探している状況にある。恋愛に限定されない関係性が無数に描かれています。
マッチングアプリの話なので、三人のキャラクターたちが誰と出会うか、出会った人からどう影響を受けるのかは、丁寧に書いていかなければと思っていました。全員そうなんですが、出会った人のせいで、自分がブレるんですよね。そうなった時に、元に戻そうとするのか、変わろうとするのか。どちらが正しいということはなくて、本人がいかにストレスなく「自分」を生きるか、ということが大事だなと思うんです。「運命の出会い」とか、「自分ではコントロールできないような影響力を持った出会い」って、確かにあるなぁと思うんですよ。そこで相手の方に一歩踏み出すか、踏み出した後でどう自分をコントロールするかというところが、生きていくということだと思う。いろんな出会いを、自分にとっていいものにどう変えていくのか。だから、出会うことが大事なんじゃなくて、出会った後が大事。運命は、それ以上のことはしてくれないんですよね。
――「運命の出会い」と聞くと、なんとなくいいもののように感じますが、実はそれまでの自分だとか人生のレールを変えてしまうものでもある。その怖さが、物語にさまざまな形で溶かし込まれていると思います。
僕の中にそういう感覚があるから、そういう書き方になるんだと思います。特に恋愛に関する部分はそうで、自分が変わってしまうんじゃないか、というのが僕は怖いんですよ。でも、変化していくことは悪いことではないとも思っている。......自分のセンチメンタルでロマンティックなところがどうしても出ちゃいましたね(笑)。
アイドルとしての活動で得た感覚をフィクションに変換
――『オルタネート』は遺伝学、園芸、料理、音楽そしてルッキズムなど、と盛りだくさんのアイデアが投入されています。恋愛がメインにはなっているんだけれども、ストーリーは一本道ではなく、サブストーリーが縦横無尽に走っている。この小説のどこが好きでどう楽しんだかという読者の感想は、間違いなくバラけると思うんですよ。この書き方の変化は、自覚的ですか?
『オルタネート』を書く前にこれまでの自分の作品を振り返ってみて、最後にどんでん返しが起こる話が多いなと気付いたんです。ちょうどその頃、読者として読んでいた小説もどんでん返しのある作品で、正直あんまり面白くなかったんですね。最後のどんでん返しはそれなりに面白かったんですが、そこまでの過程が退屈で「この最後だけで許されると思うなよ!」という気持ちになった(苦笑)。終わり良ければすべて良しとは言うけれども、クライマックスの高揚感とかラストの驚きで勝負しているものって、それだけの良さになっていないか、そこに寄りかかってないかな、と。本を読むことの楽しさって、そこではないんじゃないか。「読んでいる時間がずっと楽しい」が、一番いいじゃないですか。これ、実はあんまりみんなやれてないんじゃないかと思ったんです。これまでの作品もそういうつもりで書いていたのですが、そのテーマに今一度向き合ってみよう、と。「結末なんかどうでもいいよね!」くらいの感覚で、序盤から終盤までずっと面白く読ませる。一個一個のシーンやエピソードや文章を磨き上げる、ということを意識したんです。
――青春小説というジャンルを引き受けるうえで、意識したことはありましたか? というのも、青春は誰もが通過している、あるいは真っ只中にいる季節だからこそ、それを小説にしようとすると「青春あるある」になりがちだと思うんです。『オルタネート』はそこが回避されている。一般的な青春小説は読み進めるうちに自分の記憶が蘇る、青春時代への回想が起こるんですが、『オルタネート』は自分の中にある価値観がざわめいて、新たな思弁が起こるんです。
自分の学生時代だとか、自分の体験に引き付けるというよりは、没入して欲しいなと思ったんです。架空のマッチングアプリが流行っている世界の、架空の高校に通っている感覚になってくれたらいいな、と。だから、それこそ「青春あるある」はなるべく使わない青春小説にしたいなと思っていました。ありがちなシーンって、あんまりないんじゃないかな。キャラクターの名前をキラキラネームっぽく、ちょっと虚構性を高くしたのも、現実から切断されるような効果があるかもと思ったからなんです。他に意識していたのは、例えば「イケメン」のような記号的な言葉でキャラ化をしないようにすること。使った方が瞬間的には伝わりやすいんだろうけど、そういうものに頼らないで書くほうが、小説自体は豊かになると思うんです。
――大人と違い物事に一喜一憂する一〇代の姿を、青春を、今もこんなにも生々しく書けるのはなぜなんでしょう。
高校生だった頃の記憶を引っぱり出した部分ももちろんあるんですが、アイドルとしての活動の中で得てきた感覚を、フィクションに変換したりしているんですよね。例えば、うちのグループはもともとメンバーが九人いたんですが、どんどん減っていって三人になりました。メンバーが抜けるたびに、話し合いをしてきたんです。自分たちはグループを続けるのか、続けるとしたら誰のために、なんのために活動するのか。そういう問いかけって、青春っぽいですよね。しかも、ありがたいことに歌番組に三人で出させていただいて、活動をまたイチからやり直すなんてめちゃめちゃ青春じゃないですか(笑)。大人だから三人ともちょっと照れくさいんですが、歌番組が終わった後に無意識でハイタッチしていたりする。手をパチンとした瞬間にそれに気が付いて、「俺たち青春してるなぁ」みたいに思うわけなんです。そういう時に、初めて歌番組に出た時の感覚が呼び起こされるんですよね。
――どうやらアイドルと作家の二足のわらじは、必然のようですね。
メンバーと別れた、苦しい、つらい。この気持ちを小説にして元を取ろう、みたいな流れもあります(笑)。アイドルって、自分という物語を見せるものだと思うんです。作家としてやっていることも一緒なんですよね。だから、自分の中では既に、二足のわらじではなくなっています。僕がやりたいのは、自分の人生を使って、魅力的な物語を作る、ということなんです。
聞き手 吉田大助
(かとう・しげあき アイドル/作家)