書評

2020年12月号掲載

没後50年 三島由紀夫特集 Yukio Mishima 1925-1970 Special Section

鶴田浩二論

「総長賭博」と「飛車角と吉良常」のなかの

三島由紀夫

このエッセイを境に「やくざ映画」は市民権を得た。映画史に残る好論再録!

対象著者:三島由紀夫

 私は旧臘(きゅうろう)「飛車角と吉良常」(内田吐夢監督)を見てその作品自体、及びかねてひいきの鶴田浩二に甚だ感心し、今春さらに、小川徹氏のすすめによって、阿佐ヶ谷の映画館まで、「総長賭博」(山下耕作監督)を見に行った。それは小雨のそぼふる月曜日の夜のことで、教わって行ったパール・センターというのは、南口駅前にすぐ見つかったが、その有蓋(ゆうがい)商店街はどこまで行っても尽きず、いたずらに明るい店々の前に、行人の影は少なかった。東宝の横を入ると教えられて入った小路は、雨に濡(ぬ)れて暗く、その奥に、小さな古ぼけた映画館があって、けばけばしい看板絵がわびしく見えた。切符売場の窓口に一人、学生風の青年が立っていたが、のぞいてみると、売場の中には、座蒲団を置いた椅子が一つ、人影はない。映画はもう最終回がはじまっているので、私は急いでいた。かたわらに立っていた割烹着のおばさんが、
「すみませんねえ。今すぐ来ますよ。一寸(ちょっと)席を外したんですから、今すぐ来ます。本当にすみませんねえ」
 と詫びを言った。
 しばらくして、襟に薄紫の絹布を巻いた割烹着の別のおばさんが、映画館の奥から出て来て、濡れたコンクリートの上を、下駄の音もかしましく切符売場の中へ入り、
「お待たせしちゃって、すみませんねえ」
 と言った。
 学生が先客であるから、私は待たねばならない。その学割の計算がバカに時間がかかるのである。やっと私の番になって、切符を買って中へ入ると、かなりの入りで、最前列にやっと腰を下ろすのに、椅子がイヤに低いので、椅子の上を踏んでしまった。
 舞台上手(かみて)の戸がたえずきしんで、あけたてするたびにバタンと音を立て、しかもそこから入る風がふんだんに厠臭(ししゅう)を運んでくる。
 ......このような理想的な環境で、私は、「総長賭博」を見た。そして甚だ感心した。これは何の誇張もなしに「名画」だと思った。何という自然な必然性の糸が、各シークエンスに、綿密に張りめぐらされていることだろう。セリフのはしばしにいたるまで、何という洗練が支配しキザなところが一つもなく、物語の外の世界への絶対の無関心が保たれていることだろう。(それだからこそ、観客の心に、あらゆるアナロジーが許されるのである)何と一人一人の人物が、その破倫、その反抗でさえも、一定の忠実な型を守り、一つの限定された社会の様式的完成に奉仕していることだろう。たった一個所、この小世界が破れかかる右翼団体のエピソードがあるが、それすら麻薬密売をたくらむ暴力右翼で、何らイデオロギーも、その批判も匂わない。何という絶対的肯定の中にギリギリに仕組まれた悲劇であろう。しかも、その悲劇は何とすみずみまで、あたかも古典劇のように、人間的真実に叶っていることだろう。
 雨の墓地のシーンと、信次郎の松田殺しのシーンは、いずれもみごとな演劇的な間(ま)と、整然たる構成を持った完全なシーンで、私はこの監督の文体の確かさに感じ入った。この文体には乱れがなく、みせびらかしがなく、着実で、日本の障子を見るように明るく規矩(きく)正しく、しかも冷たくない。その悲傷の表現は、内側へ内側へとたわみ込んで抑制されているのである。

 鶴田浩二は、「飛車角と吉良常」でも、この「総長賭博」でも、年配にふさわしい辛抱立役(しんぼうたちやく)をみごとに演じていた。
 私が鶴田びいきになったのは、殊に、ここ数年であって、若いころの鶴田には何ら魅力を感じなかったが、今や飛車角の鶴田のかたわらでは、さしも人気絶頂の高倉健もただのデク人形のように見えるのであった。
 このことは、鶴田の戦中派的情念と、その辛抱立役への転身と、目の下のたるみとが、すべて私自身の問題になって来たところに理由があるのかもしれない。おそらく全映画俳優で、鶴田ほど、私にとって感情移入の容易な対象はないのである。
 彼は何と「万感こもごも」という表情を完璧に見せることのできる役者になったのだろう。吉良常の死の病床に侍(はべ)る彼、最愛の子分松田をゆるしあるいは殺すときの彼、そういうときの彼には、不決断の英雄性とでもいうべきものが迸(ほとばし)り、(これは実人生ではめったに実見されぬことだが)、男の我慢の美しさがひらめくのだ。
 思えば私も、我慢を学び、辛抱を学んだ。そう云うと人は笑うだろうが、本当に学んだのである。自分ではまさか自分の我慢を美しいと考えることは困難だから、鶴田のそういう我慢の美しさを見て安心するのである。
「しがらみ」からの解放ということが、一体男性的なことであるか大いに疑わしい。自由が人を男性的にするかどうかは甚だ疑わしい。スクリーン上の鶴田の行動は、すべて幾重にも相矛盾してのしかかる「しがらみ」の快刀乱麻の解決としてではなく、つねに、各種のしがらみの中に彼が発見した「純粋しがらみ」、各種のしがらみから彼が抽出した共通の基本原理たる「しがらみ」に則(のっと)って起されるのである。
 それがどんなものであるかは言いがたい。しかし殺人は、いつも悲しみであり、必然性と不可避性は、いつも、「人にわかりやすい正義」に反することになる。彼は正義の戦争ができないようになっている。その基本的情念は困惑であり、彼が演ずるのは困惑の男性美なのだ。
 ハムレット? とんでもない。二律背反ははじめから鶴田の、あのどこかに諦めを秘めた、あの古風な抒情味を帯びた表情には存在しない。彼は、どこまで矛盾錯綜し、どこまで衝突背反しても、必ずや一つの情念にとけ込むことを約束されている或る同一次元の世界に住んでいる。しかも、その世界に住むことは、決して快適ではなく、いつも困惑へ彼を、みちびくほかはないのであるが、その困惑においてだけ、彼は「男」になるのである。それこそはヤクザの世界であった。
 鶴田は体ごとこういう世界を表現する。その撫(な)で肩(がた)、和服姿のやや軟派風な肩が、彼をあらゆるニセモノの颯爽(さっそう)さから救っている。そして「愚かさ」というものの、何たる知的な、何たる説得的な、何たるシャープな表現が彼の演技に見られることか。
 話は飛ぶが、東大安田城攻防戦のテレビを見ていて、これを見守っている教授達の顔に、私は何ともいえない「愚かさ」を感じた。それは到底知的選良の顔といえる代物ではなかった。人間はいくら知識を積んでも、いくら頭がよくても、これほどに「愚かさ」を顔に露呈し、しかもその「愚かさ」にはみじんも美がないということに、私はむしろおどろいた。鶴田の示す思いつめた「愚かさ」には、この逆なもの、すなわち、人間の情念の純粋度が、或る澄明な「知的な」思慮深さに結晶する姿が見られる。考えれば考えるほど殺人にしか到達しない思考が、人間の顔をもっとも美しく知的にするということは、おどろくべきことである。
 一方、考えれば考えるほど「人間性と生命の尊厳」にしか到達しない思考が、人間の顔をもっとも醜く愚かにするということは、さらにおどろくべきことである。

初出「映画芸術」(昭和44年3月)
初刊『蘭陵王』(昭和46年5月新潮社刊)
『決定版 三島由紀夫全集35』所収。
*原文は旧かなづかいだが再録にあたり新かなづかいに直した。

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