対談・鼎談
2021年1月号掲載
加藤シゲアキ『オルタネート』刊行記念対談
結局、描きたいのは「人間」でした。
加藤シゲアキ × 宇佐見りん
3年ぶりの新作小説を刊行した加藤シゲアキさんと、現役大学生で三島由紀夫賞を受賞した宇佐見りんさん。SNSとアイドル、双方の関係性を手がかりに、奇しくも第164回芥川賞(宇佐見さん)・直木賞(加藤さん)で候補となったご両人が、創作の深淵に迫ります。
<司会・構成 吉田大助>
対象書籍名:『オルタネート』
対象著者:加藤シゲアキ
対象書籍ISBN:978-4-10-104023-3
――「高校生限定」という架空のSNSを題材に描かれる青春群像劇『オルタネート』と、男性アイドルの推し活動をSNSで行う女子高生が主人公の『推し、燃ゆ』。この二作、この二人の並びを考えて、今回の対談を企画した人は天才だなと思っていたんですが、待合室で聞いたら、加藤さんの発案だったそうですね。
加藤 『オルタネート』の刊行記念で対談をという話になった時に、宇佐見さんのお名前を挙げさせてもらいました。まだその時は『かか』も『推し、燃ゆ』も読んでいなかったんですが、いい作品だという噂はいろんな人から聞いていたんですよ。『オルタネート』は高校生を描いているので、なるべく若い方の感想を聞いてみたいなという思いもありました。その後、三島賞を取られた『かか』を読ませていただいたんですが、面白すぎて絶望するぐらい良かった。「もう俺、小説書くのやめようかな!」ってなりました。
一同 (笑)
加藤 『推し、燃ゆ』も素晴らしかったです。
宇佐見 ありがとうございます。私は、自分が小説家になるずっと前から、本屋さんで加藤シゲアキさんのお名前はお見かけしていました。大先輩である加藤さんにそんなふうに言っていただけるなんて、信じられないです。私は今回『オルタネート』を読ませていただいたんですが、発想力に驚きました。東京の高校が主な舞台で、「オルタネート」という架空のSNSの存在が、三人の主人公のパートを繋いでいく。そのSNS自体のオリジナリティがすごいんです。小説の中で、「自分だけのオルタネートを育てる」という話が出てくるじゃないですか。
加藤 オルタネートに自分のスマホの中の情報を全部提供すると、どんどん自分のことを理解していって、高い精度で自分に合った恋人や友達をマッチングして紹介してくれるようになる。お話の途中からは、遺伝子検査した結果をオルタネートに提供すると、「遺伝子レベルの相性」もわかるようになっていきます。その辺りのことを、オルタネートが「育つ」という言葉で表現しました。
宇佐見 SNSは道具というイメージが私の中ではあったんですけど、まるで生き物のように捉えている。いろいろな人間関係だけではなく、「自分対オルタネート」の関係も描かれているのがすごく面白かったです。
加藤 宇佐見さんの小説も、「自分対SNS」の部分が書かれていますね。二作の主人公は、SNSを通じて社会と繋がっているのと同時に、自分を見つめている。SNSの中に現れる自分が、自分というものの合わせ鏡になっている。自分そのもの、ではないんですけどね。『オルタネート』の中では、ある女の子に、自分の言葉を「吐き捨てるために」SNSを使っていると言わせたんですが......。
宇佐見 あのシーン、良かったです。
加藤 ネットに流す言葉には、誰かに届けたい言葉と、吐き捨てたい言葉がある。そうした言葉の裏には、別々の自分がいる。SNSは、そのどっちもが入っている「容器」という感じがします。そういうモノと自分との関係を描くことは、これまでの小説ではできなかったことだと思うんです。
自分なりの神を「信じる」
その姿が、個の表現になる
――宇佐見さんの第二作『推し、燃ゆ』は、主人公の「推し」がファンを殴り、炎上してしまったことから始まる物語です。そのニュースを受けて、主人公はブログやSNSで擁護していく。デビュー作の『かか』も、メインは娘と母の関係なんですが、娘はSNSの裏垢で「推し」のファンたちと常時繋がっていました。二作とも、SNSが重要なアイテムとして登場しています。
加藤 僕が学生時代にはSNSと呼ばれているメディアはまだなくて、高校の頃にミクシィが始まったぐらい。そういう世代の人間からすると、小説でSNSを出すことってチャレンジという感覚があるんです。小説の文章、いわゆる文語と、SNS特有の口語のような文語は相性が良くないというか、一緒に並べるとちぐはぐになりやすい。無自覚なまま書くと、SNSの部分が記号的になりかねないんです。近年SNSを描く文芸作品が増えてきていて、みなさん大なり小なり悩んでいるのかなぁと思ったりしていたんですが、宇佐見さんの小説はめちゃめちゃナチュラルに混ざり合っている。
宇佐見 私は小説でSNSを書くことに関しては、チャレンジであるとか、難しさは感じていなくて。というのも、私は今二一歳なんですが、中高校生の頃からSNSは浸透していたんです。当り前のように生活に溶け込んでいるので、「衣・食・住・SNS」みたいな。
一同 (笑)
宇佐見 現代が舞台の小説を書こうとした時に、自然と出てくるものなのかなぁと感じていました。
加藤 さらっとやってのけるのがすごいですよね。小説界の「第七世代」だ(笑)。ただ、『かか』も『推し、燃ゆ』も、SNSを通して何を描いているかというと、人間を書いている。そこは意識されていましたか?
宇佐見 はい。『オルタネート』も、架空のSNSの面白さが全編にありつつ、描かれているのは結局「人間について」なんだなと思ったんです。小説を書いていくと、最後はそこに行き着くのかもしれないですね。
――『オルタネート』には三人の主人公が登場します。高校三年生で調理部部長の新見蓉(にいみ・いるる)、高校一年生で帰宅部の伴凪津(ばん・なづ)、学年的には高校二年生ですが中退したフリーターの楤丘尚志(たらおか・なおし)。宇佐見さんの「推し」は?
宇佐見 みんな大好きですけど、やっぱり凪津ちゃんです。『オルタネート』はディテールが本当に素晴らしくて、好きなシーンや心に残る言葉がいっぱいあるんですが、その中でも特に好きだったのは凪津ちゃんが、他の生徒たちと一緒に聖書で雨をしのぎながら学内の講堂に入っていくシーン。敬虔なキリスト教徒の方からすると、神聖なものである聖書を傘がわりにするなんて、あり得ないことじゃないですか。
加藤 あれは、僕の母校では見慣れた光景なんです(笑)。
宇佐見 そうなんですね(笑)。凪津ちゃんは宗教への関心はないから、礼拝中もずっとスマホをいじっている。凪津ちゃんは自分にとっての「運命の相手」を、オルタネートに選んでもらおうとしているんですよね。自分の感情なんてあやふやなものではなく、オルタネートという客観的な第三者に遺伝子情報も渡して、科学的に相手を決めてもらおうとしている。そういう意識が、お話が進むにつれてどんどん宗教的なものへと近づいていくのが面白かったんです。礼拝のシーンではあんなにあった宗教と科学のギャップが、クライマックスのシーンでは一致していく。その構造が、読んでいて本当に鮮やかでした。
加藤 彼女にとっての神は、オルタネートなんですよね。現代って、神様がいっぱい作れる時代だと思うんです。ある人物が何を信仰の対象としていて、どれぐらいの熱量で信じているかは、人間を表現するうえで大事な部分になってくると思う。例えば、何かを信じたいって感情は、それに寄りかからないと立てないって弱さの象徴かもしれない。宇佐見さんの『かか』もそうだし、特に『推し、燃ゆ』はそういう神様であり、信仰の話ですよね。主人公は、「推し」のアイドルを祈るように応援することによって、なんとか立つことができている。
――加藤さんはアイドルとしても活動されていますから、推される側ですよね。『推し、燃ゆ』の感想はぜひお伺いしたかったです。
加藤 読みながら、ちょっと気が気じゃないところもありました。もちろん主人公に感情移入して読んでいったんですが、終盤の、推しのインスタライブのシーンは......「ごめん!」と思いましたよ。心苦しくて。
宇佐見 この小説を読んで「ごめん!」と思った、という感想をいただいたのは初めてです(笑)。
群像劇ならではの広がり
一人称ならではの視野の狭さ
――加藤さんにはデビュー作『ピンクとグレー』の刊行時にもインタビューさせていただいたんですが、「純粋なラブストーリーは照れ臭くて絶対に書けない」とおっしゃっていたんです。今回、心変わりした理由とは?
加藤 デビューの頃「書かない」と言っていたのは、「ジャニーズが恋愛小説書いたらしいよ」って色眼鏡に耐えられなかったからだと思います(笑)。なんて言うか、いかにも書きそうじゃないですか。だからその後の作品でもずっと恋愛とは向き合ってこなかったんですけど、書いていくうちに肩の力が抜けていったんですよね。とにかく今自分が書きたいものを書いていけばいいんだって、当たり前のことに気付くことができた。そんな時にマッチングアプリという題材と出会って、ストレートな恋愛群像劇を書いてみたいなと思ったんです。
宇佐見 『オルタネート』は中盤から終盤にかけて、バラバラだった三人の主人公たちがぐーっと集まってきますよね。結末を絶対に見届けなくてはいられなくなるような、のめり込まされる、ものすごい疾走感がある。それは私の小説にはないものなので、「小説ってこんなことができるんだ!」って感動しました。
加藤 嬉しいです。
宇佐見 最後、登場人物たちの行く末を見届けていくような終わり方をするんですよね。そこには、群像劇ならではの世界の広がり方があるように感じました。この物語を世界に敷衍して、自分も群像の中の一人になっていくような、自分自身にも広がりを持たせてくれるような終わり方なんですよ。この広がり方は、まだ私には書けない。
加藤 ......小説、僕ももうちょっと頑張って書いていこうって気持ちになりました(笑)。『推し、燃ゆ』のラストも絶妙でしたよね。主人公が自分をめちゃくちゃにしてしまいたいと思った時に、掴むものが「アレ」。そんなに感情的になっても、冷静なんですよね。この先この子がどうなるのか知りたい、まだまだ読んでみたいって気持ちになりました。宇佐見さんの小説は今のところ、主人公の一人称で書かれていますよね。それはどうして?
宇佐見 主人公の、視野の狭さが書きたかったんです。小説の中でのリアルさを求めた時に、一人称の方が書きやすかったというのもありました。ただ、三冊目は三人称に挑戦してみようかなと思っています。
加藤 語り口でいうと、『かか』の主人公は独自の「かか弁」を使っている。宇佐見さんの小説は、一文一文が濃密で気が抜けない。全てがパンチラインなんですよ。それって本当に力がないとできないことだし、書くのに相当時間もかかるんじゃないかなと。
宇佐見 かかります(笑)。ただ、加藤さんの小説は、私の小説の四倍ぐらいの長さがあると思うんです。逆にお聞きしたいんですが、例えば『オルタネート』ってどのぐらいの期間をかけて書きましたか?
加藤 四ヶ月ちょっと、ですね。
宇佐見 え!?
加藤 直しの期間を入れたらもっとありますよ。初稿はそれぐらいです。初稿は長い下書きだと思って、粗くてもいいからとにかく最後まで書くようにしているんです。
宇佐見 私もそのやり方です。でも、二作とも四ヶ月よりは時間がかかっています。小説家、やめたくなりました。
一同 (笑)
――この辺りで、会場の書店員さんから質問を受けたいと思います。
Q1 小説を書きたいと思っている、若い世代にアドバイスをするなら?
加藤 偉そうなことは言えないですけど、まず書き上げることだと思います。書き始めることは誰でもできるけど、つまらなくてもいいから最後まで書いてみることは、経験値としてものすごく大きいと思うんです。それから、「これが書きたい」という初期衝動と熱量を持続できる、テーマというか対象を見つけることが大事だと思います。頭の中で考えていただけでは見つからないことも多いので、この時代はなかなか難しいですけど、外に出たり人と会って世界を広げた方が、発見は多いんじゃないかなって思います。
宇佐見 私も加藤さんがおっしゃったように、まず書き上げることが重要だなと思います。それと私自身が常に意識しているのは、絶対に自分の言葉で書くことと、新しいものを作るということ。この世界に小説は本当にたくさんあるわけで、それでも自分は新しいものを書くんだという気概があれば、書けるんじゃないかなっていうふうに思います。「この感情は自分にしかないんじゃないか?」とか、自分の中でくすぶっているものは探せば誰しも必ずあると思うんですよね。そういったものを、「全部乗せ」という気持ちで一度書いてみたら、またその先に行けるんじゃないかなと思います。
Q2 店頭で『オルタネート』と『推し、燃ゆ』を並べて展開したいです。お互いの作品に紹介文を書くなら?
加藤 ムズッ!(笑) 持ち帰りたいくらいですけど......「不器用な主人公にとっての推しが、神なのか、悪魔なのか」。そこがこの作品の面白いところだと思うし、悪魔だとしたら救いはないのか? っていう感じかな。
宇佐見 私は......あとでご連絡することってできますか(笑)。その場で考えるのが不得意なタイプなので、ごめんなさい!
加藤 じゃあ僕は、あとで本屋さんに答えを見に行きますね(笑)。
(かとう・しげあき)
(うさみ・りん)