対談・鼎談

2021年1月号掲載

紙木織々『新潮文庫nex それでも、あなたは回すのか』刊行記念対談

本気の創作は「悔しい」から始まる

島崎信長 × 紙木織々
Nobunaga Shimazaki   Oriori Siki      

ソーシャルゲーム業界を舞台にしたお仕事小説『それでも、あなたは回すのか』を巡って、創作に対する価値観、ソシャゲの今と未来、ペンネームの由来、さらには奈須きのこ作品への愛と、声優と作家が互いの「大好き」について、縦横無尽に語り合った。

対象書籍名:『それでも、あなたは回すのか』(新潮文庫nex)
対象著者:紙木織々
対象書籍ISBN:978-4-10-180204-6

島崎 この作品はソーシャルゲーム業界を題材にした小説ですが、僕は仕事で関わらせていただくことはもちろん、個人としてソーシャルゲームが大好きで、興味を持っているので、とても楽しく読ませていただきました。そうか、こんな風に作っているのか、と。現実の仕事にはもっと細かいこと、大変なことがたくさんあるんだと思いますが、小説として読むことで、ソシャゲ開発がどんな環境で行われて、どういったスケジュールで進行し、そしてどのような雰囲気の職場なのか、という部分が具体的にイメージできた、というか。

紙木 ありがとうございます。『それでも、あなたは回すのか』は、ソーシャルゲーム業界というものをリアルに描く、ということと、ソシャゲをやっていない人が読んでも面白い物語を作る、という点を意識して書いた作品なので、「リアル」の部分を感じていただけるのは、とても嬉しいです。

島崎 読んでいて、いちばん面白かったのは、主人公の友利くん(ハト)の成長ですね。彼が新卒として社会に出て、モノを作るという仕事を始めて、揉まれて、悩んで、苦しんで。その上で、楽しんで、成長していく。その姿を追っていくのがとても楽しかったです。友利くんの社会人としての成長、これはつまり、プロのクリエイターとしての成長でもあると思うんですけど、僕自身と重なる部分も多かったんですよね。実は僕らの仕事、声優という職業も、まず何をしたらいいのかわからない、努力をしたいけど努力の方向がわからない、という壁にぶち当たるところから始まる部分があって。友利くんがたどっていく道、考えていること、そうしたすべてが、たぶんどの分野で社会に出ても共感できる感情で、その彼と一緒に成長していく感覚が好きでした。

紙木 主人公に関しては、執筆を始める前段階のイメージとして、「歩き方を知らない人間」というものが頭の中にありました。正確には、クリエイターとしての歩き方を知らない青年、ですね。そうした主人公が唐突にゲーム制作の現場に放り込まれることで、一歩目の踏み出し方を知り、覚悟を決める物語を書こう、と。

島崎 この作品は最後、「悔しい」で終わるじゃないですか。「やった!」じゃなくて「悔しい」。そこがたまらなくクリエイティブの話だな、と思ったんですよね。「悔しい」は何かを渇望しないと出てこない感情で、しかもその必死さは「ダサい」と言われちゃうこともあると思うんです。「悔しい」じゃなくて「まあ、余裕だし」みたいに構えていた方がかっこいい、とか。

紙木 僕はまだ本気を出していない、というスタンスですよね。

島崎 そう。でも、本気で向き合ったとき、それが叶わなかったり、できなかったら「悔しい」はずなんですよ。だから、一巻かけてやっと本気で向き合えた、始まった、というところにすごく共感できたし、その通りだな、とも感じられて。

紙木 ラストシーンは書き始める前の段階から「こうしたい」という想いがあって、だからあの場面は僕にとって、この作品のすべてなんですよね。その主人公に感情移入して読んでいただけて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。

島崎 ソーシャルゲーム業界に興味がある人は当然として、これから社会に出る学生さんにぜひ読んでほしい作品ですよね。この小説を読むと、彼ら彼女らの今後の人生が、より良くなる、あるいは、そのきっかけを与えてくれる、そんな物語だと思います。

紙木と式と織

島崎 ところで、紙木さんのペンネーム、これは奈須きのこさんの作品が由来だったりするんでしょうか。作中で「Fate/Grand Order(FGO)」ならぬ「FDO」が出てきたりしていますし。

紙木 その通りです(笑)。奈須きのこさんの『空(から)の境界』に登場する「両儀式」というキャラクターから。僕の大好きな作品です。

島崎 ああ、やはり(笑)。「式」が「紙木」なんですね。少し突っ込んだ質問になりますが、「織々」が「織」なのも、『空の境界』の設定を意識されていますか?

紙木 はい、意識しています(笑)。凄いですね、全て見破られてしまった。僕は中学生の頃に「CLANNAD」というノベルゲームをプレイして、心から感動して、それで二次創作で小説を書くようになったんです。あの当時は、たくさんのノベルゲームが開発、発売されていて、そうした流れで、奈須さんがシナリオの「Fate/stay night」という作品を知りました。その奈須さんが小説も書かれていると知って、まず『空の境界』を読んだんですが......。

島崎 めちゃくちゃ面白い、と?

紙木 はい、やばい! となって(笑)。

島崎 『空の境界』は何と言えばいいんでしょう、奈須さんの「原文ママ」という感じがしますよね。「これぞ、奈須きのこ!」といったような。

紙木 まさにそうですね。地の文を含めて、すべてが決め台詞といえる作品で、衝撃的でした。小説に関する、原体験の一つです。

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島崎 僕と紙木さんは二歳差ですから、ちょうど同じ時期に奈須作品に出会っているんですね。僕は高校生の頃、当時はゲームセンターによく行っていたんですが、そこで格闘ゲームの「MELTY BLOOD」に触れて。それで、家でもプレイしたいと思ってPC版を購入したところ、ストーリーがものすごくしっかりしていて、驚いた。「格闘ゲームじゃないの?」という。そこから他の奈須作品を読んだり、プレイしたりするようになりました。今は「エモい」という言葉があって、それで表現できてしまいますけど、まさにエモさの塊のようなテキストですよね、奈須さんは。

紙木 僕は初めて小説を書いたとき、詩と小説が混ざったような、謎の文章を量産してしまって、誰に読んでもらっても「つまらない」「わからない」となったことがあって、「僕はそんなに下手なのか......」と落ち込んだんです。それで、奈須さんの文章をそのまま書き写す、筆写をしたのですが、そのとき「あ、これは自分で書くものではないぞ」と悟りました(笑)。

島崎 真似ると事故になる(笑)。

紙木 そうです。だから、ペンネームにはいただいているのですが、筆写して以降、僕は奈須さんを真似て文章を書こう、と思ったことは一度もないですね。仮に真似をしても、絶対に奈須さんのようには書けない、出来の悪い二番煎じにしかならない、と気が付いて。その後、奈須さん以外にも、文芸の方の文章をたくさん書き写して、その中で自分の形を構築していきました。

誰も読まない

紙木 ペンネームの由来を抜きにしても、奈須きのこさんという書き手、そして「FGO」という作品は、ソーシャルゲームの歴史の中で本当に大きな存在だと僕は感じています。あれほど「シナリオ」が重視されるソシャゲというのは「FGO」以前にはなかなか表に出てこなかったんですよね。正確には「チェインクロニクル」というタイトルがあって、あくまで僕の認識では、この作品が流れを変えるきっかけ、というか、火を起こした。でも、そのころはまだ、僕が当時いた会社でも「キャラクターものはウケる」という話にはなるんですが、シナリオについては「誰も読まないよ」と言われて、企画はなかなか通らなかった。「ユーザーは限られた時間の中でソシャゲをやるんだから、シナリオを作り込む必要はない」と。そこに「FGO」が出てきて、作り手から見ても、「以前」と「以後」を分けるぐらいの衝撃を与えた。

島崎 声優として関わっている身でいうのもあれですが、「FGO」というゲームがあったお陰で、ソーシャルゲームというコンテンツ自体が一段重くなった、というか、シナリオが重要視されるようになった印象があります。仕事の上でも、世界観やシナリオに特に力を入れた作品が増えたなあ、と。

紙木 ユーザーのクオリティに対する期待もどんどん高まっていますし、これからは今まで以上に、その期待に応える作品が増えてくるんじゃないかな、と思っています。開発期間であったり、費用であったり、クオリティを求めるのは大変なことではあるんですが、ソシャゲ自体が大きく変わってきているな、と。

ガチャという「発明」

島崎 『それでも、あなたは回すのか』は、タイトルも素晴らしいと思うんですが、一方で、これは作品の内容と一〇〇%マッチしているわけではないですよね。物語はガチャを「回す」側の、つまりユーザー側のお話ではなくて、回させる側、制作のお話ですし。でも、引きがあって、魅力的で、いいタイトルで。これはどうやって決まったんですか。

紙木 初校段階の原題は違うものだったんですが、担当編集さんと打ち合わせをする中で、タイトルで「ソーシャルゲーム」のイメージを喚起させたい、という話になったんです。それで、ソシャゲを代表するものは「ガチャ」だろう、と。ソーシャルゲームが爆発的にプレイされるようになった理由、僕は二つあると感じていて、一つがガチャ、もう一つが無料、という点です。それから、問いかける形も意識的にやっています。先ほどの二つの理由は、片方だけでは成立しないんですよね。無料であればたくさんの方がプレイしてくれる反面、それでは売上がたたない。でも、ガチャは確率ですから、どんなにお金をかけても出ないときは出ない。だから、作中でも「本当に、それでも回すだろうか」という問いかけは何度もしていて、ここは僕自身も考えてしまう部分ではあります。

島崎 僕は最初の頃から「僕は回すけど、みんなは自分の楽しめる範囲で、楽しくやってね」と発信するように心がけていました。

紙木 一人のユーザーとしては、誰より僕自身がガチャが大好きなんです。ガチャって回すと楽しいんですよね(笑)。好きなキャラクターを引ければ嬉しいし、どのゲームも演出に凝っていて、鮮やかで。ソーシャルゲームというジャンルは今、文化的に成長している真っただ中なんだと思います。僕は「FGO」のようなビッグタイトルとは全然違う、業界の端っこでプランナーをやっている人間ですが、そんな僕から見ていても、運営もユーザーもだんだんと付き合い方というか、距離感を学んでいるのかな、と。

島崎 作中で言及されていて驚いたんですが、ソーシャルゲームというジャンルが生まれて、大きくなって、それはこの十年ぐらいの話で、でも国内の市場規模としてはもう出版業界と同じぐらい大きいんですね。

紙木 はい、国内で一兆円を超えて、世界では七兆円と言われています。急成長ですね。

島崎 そうした業界にあって、運営さん側もユーザーの懐事情を含めて、いろいろなことを考えて、悩みながら開発をされているんだな、ということが小説から伝わってきました。あとは、KPIの数字が具体的に出てきて、そのあたりのリアルな描写も、面白かったです。

「2」は作れるのか

島崎 続きの話を聞いちゃいますが、物語の終わりでクリエイターとしての自覚を持った友利くんは、今後、どうなっていくんですか。

紙木 第二巻はまだ、構想が固まっていないのですが(笑)、一つ考えているのは「ソーシャルゲームで『2』は出せるのか」ということなんです。

島崎 なるほど、「2」ですか。ソシャゲで「2」が出たことは過去にあるんですか。

紙木 ないです。正確にいえば「2」と銘打っていないながら繋がっている作品はあります。でも、明確な「2」はない、と思います。

島崎 ゲームとしてクライアントが古くなった作品には、どうしたって限界がきますよね。

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紙木 「クライアント」という単語がすぐに出てくるところが凄いです(笑)。まさにそうで、「1」の運営が続く中で「2」を作り、その上でユーザーが納得いく形で「1」を終わらせて、ということができるのか、そこに踏み込んでみたいな、と思っています。

島崎 難しいですね。「1」だってユーザーがすぐに離れるわけじゃないですし、そちらに関わり続ける開発の人も出てきますよね。一方で「2」を作るチームも必要で。新しい方に目が行きがちですけど、縁の下で「1」を作り続けている人たちも大事でしょうし。どうなるのかな。

紙木 いま、まさにそこを考えているところで、そうした環境の中で、友利はもう一歩、プランナーとして成長するし、青塚凜子との関係もだんだんと変わっていくのかな、と思っています。今日は作品を深く読み込んでいただけて、しかもペンネームの由来まで看破していただいて(笑)、とても楽しい時間でした。また島崎さんに「面白い」と言っていただけるような第二巻を書けるよう、頑張ります。本当にありがとうございました。

島崎 世代的にも近くて、好きな作品も被っていて、あっという間でしたね。楽しい時間、ありがとうございました。

 二〇二〇年十一月、神楽坂にて

 (しまざき・のぶなが 声優)
 (しき・おりおり 作家)

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