書評・エッセイ

2021年2月号掲載

アナグマを追っていくと

パトリック・バーカム『アナグマ国へ』

養老孟司

対象書籍名:『アナグマ国へ』
対象著者:パトリック・バーカム/倉光星燈訳
対象書籍ISBN:978-4-10-507221-6

 アナグマは哺乳類食肉目イタチ科の中型動物である。捕食性で、小動物、昆虫類、ミミズなどを食べる。動物に関心を持つと、気になるのはまず食べ物であろう。アナグマは何を食べるのか。「アナグマはかなりの健啖家だ。私たち人間が好むようなものはなんでも食べる。人間が食べられないものも食べる。一九七三年、ある日曜紙がウェールズのパブをよく訪れるアナグマの写真を公開した。写真に写っていたアナグマは、酒を少し与えられていた。不愉快な実験の一環として、アナグマが不味いと思うものを調べるため、クリスとクリスティーナは非常に辛いカレーを森に置いてみた。そこら中に転がされた毒々しいウコン色のウンコのようなものをアナグマたちは嬉しそうに食べていた。我々人間と同じように、アナグマはキノコや小麦、トウモロコシ、オート麦にトリュフ、そして甘いものを好む性質もある。(中略)人間とは違い、アナグマはナメクジやカエル、カブトムシや木の根、球根、ネズミ、野ネズミ、モグラ、鳥の卵、子ウサギやドブネズミ、ハリネズミも食し、さらには子ギツネを襲う場合もあるという」
 アナグマは夜行性かつ自分で巣穴を掘るので、日中見かけることはほとんどない。本書の前半は著者が生きたアナグマをいかに観察するか、という努力の報告である。その合間に英国の文献に登場するアナグマに頻繁に触れ、アナグマと人との関わりを歴史的にも丁寧に説明していく。
 私自身がアナグマを見たのは、八十年を超える生涯でただ一度、二十数年前に岩手県大船渡にあった北里大学水産学部の校門であった。茶色いヘンな動物がいるので、近寄ってみると、どうもアナグマみたいである。昼間こんなところにアナグマがいるわけがないと思い、少し近づくと、逃げて近くにあった板の下に隠れた。野生動物にしては動作が全体に鈍い。どこか具合が悪そうである。行く先が獣医学部であれば、直ちにとらえて処置したのだが、水産学部では打つ手がないだろうと考えて、そのまま放置した。
 そんなアナグマについて、こういう本をしかもジャーナリストがなぜ書くのだろうか。だんだんわかってくるのは、アナグマにかかわる英国社会の状況である。一つはいわゆる動物愛護で、著者の祖母がアナグマ保護に人生を賭けた人だということがわかる。そこまでに至る過程として、アナグマがいわばスポーツとして、狩りで普通に殺されることが多かった。そうした英国での社会的背景が克明に記される。
 表題はバジャーランド、翻訳ではアナグマ「国」となっている(badgerはアナグマのこと)。英国人は世界のあちこちで原住民を無視して植民地を作った。現在はその反省期だとすると、英本国はもともとアナグマ国である。ヒトよりもずっと古くからアナグマが住んでいたわけで、さんざんヒトにいじめられてきたにもかかわらず、いまだに元気で生活している。バジャーランドという表現にはそうした反省が含まれているのかもしれないと思った。
 近年アナグマが殺される大きな理由は、ミミズ目当てに牧草地に出没するアナグマが、ウシ型結核を牛に感染させることである。著者はそもそも牛がアナグマに結核を感染させたと書いている。結核に感染した牛は処分されるので、農家にとってはアナグマは大問題なのである。この問題を突き詰めると、要するに結核に弱い牛が多いためで、それはいわゆる品種改良で乳の生産量が多い牛を選別していったら、同時に結核に対する抵抗力が低下したためだという。アナグマ問題を追及していくと、結局は現代畜産業、さらにはその背景になっている経済中心主義に行きつかざるを得ない。
 偶然だが、日本でも昨年十一月に東京大学出版会から金子弥生著『里山に暮らすアナグマたち』が出版された。そこまでアナグマに入れ込む人は少ないと思うが、両書を併読されると面白いと思う。

 (ようろう・たけし 解剖学者)

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