書評・エッセイ

2021年2月号掲載

人生の砂時計を見つめ直す

百田尚樹『百田尚樹の新・相対性理論 人生を変える時間論

百田尚樹

対象書籍名:『百田尚樹の新・相対性理論 人生を変える時間論
対象著者:百田尚樹
対象書籍ISBN:978-4-10-336416-0

 私は今年、六十五歳になります。還暦を越え、年々、自分の残り時間が少なくなっているのを感じます。
 若い頃は、時間など永久にあるもののように思っていました。砂時計は最初のうち、少しずつ砂が落ちていても、上のほうはまったく動いていないように見えます。人生も似たようなもので、十代二十代の頃は、頭では人生は有限だとわかってはいても、実感がありません。ただ、六十を過ぎ、砂時計でいえば上より下の砂の方がはるかに多い、いや、もうほとんど落ちてしまった状態になると、わずかな時間しか残されていないと痛感します。
 その辺りから、そもそも時間とはなんだろうと考えるようになりました。
 時間とは何か。それはもちろん物理学者が散々考えてきた命題です。アインシュタインは、時間の進み方は一定ではないと相対性理論で発見し、世紀の大発見と呼ばれました。ただ、実は人類はそもそも、時間が伸び縮みするということを、太古の昔から感覚的に知っていたのではないでしょうか。そう、精神的な時間の話です。
 みなさんもよくご存知のように、時間というのは心のありようで、いくらでも伸びたり縮んだりします。同じ部屋に複数の人間がいたとして、物理的に同じ1時間を過ごしたとしても、それぞれの体感した時間が同じとは限らない。そこで何をし、何を感じたかによって、ある人にとっては2~3時間のように思え、またある人にとっては30分も経っていないように思えるかもしれない。
 これを突き詰めて考えれば、物理的に長く生きなくても、「長生き」は可能だと気づいたのです。
 人類は、時間をいかに長く使うかをずっと考えてきました。今や先進国の平均寿命は八十歳近くです。ただ、人類の歴史の中ではこれはかなり最近の話で、つい百年前までは五十歳に満たなかった。原始時代は三十歳以下です。そういう時代を生きた人類にとって、時間ほど大切なものはなかったでしょう。
 人類は様々な道具を拵えました。狩猟のため、火を熾すため、運搬のため。そうした発明はよくエネルギーの効率化という観点から語られますが、本当はすべて、「時間を生み出す」ためにあった。道具を使うことで、それまでかかっていた時間を大幅に短縮し、数時間かかっていたことが一瞬でできるようになる。それは、平均寿命が短かった人類にとって、長生きしたのと同じことだったのです。
 そう考えていくと、近代に至るまでの発明品はすべて時間を短縮するためにあると言えます。自動車も飛行機も、電気洗濯機も掃除機も、電話も。とにかく少しでも、時間を有意義に、長く使いたい。それは人類の潜在的な欲求だといえるでしょう。
 それに気づいたときに、そうか、と思いました。現代社会には様々な価値基準がありますが、実は時間こそが一番大事なのではないか、と。
 我々現代人は、皆時間を売って生きています。サラリーマンは会社に1日8時間の時間を売っている。本来自分のために使える時間を、会社のために使い、それをお金に換えて生活しています。そしてそのお金で、今度は人の時間を買っている。ライブで歌を聴き、その歌手が歌う時間、それまでにかけてきた時間を買っている。美容室で美容師の時間を買い、スーパーで魚を買うときには、漁師、仲買人、トラック運転手、店員たちの時間を買っている。
 現代社会も、本当はお金ではなく時間が基準なのです。お金やエネルギーが基準になっていると考えられがちですが、すべてを時間という基準で見るとまた違ったものが見えてくるんじゃないか、というのをこの本では書きました。
 現代のテクノロジー、そしてありとあらゆる娯楽産業は、私たちの有限な時間を必死になって奪いにきています。ネット環境や定額サービスの充実によって、一つ一つの娯楽の経済的負担は減っている。だからこそ、自分の時間をもっとも有効に使う先は何か、ということを考えないと、どんどん時間を無駄にしてしまう。
 今はそのチャンスだと思います。現代人は常に時間に忙殺されてきました。立ち止まって考える時間より、仕事とか、目の前のやらなければならないことが多すぎました。
 でも、コロナによる生活環境の変化で、自分を見つめる時間が長くなり、家族とともにいる時間が長くなったという人も多いと思います。
 今は、それまでの自分の生活を違う視点で見るチャンス。何かをやる時に、時間を基準に、自分の今の行動を見てみる。この本は、そのためのちょっとしたヒントになるんじゃないかと思います。(談)

 (ひゃくた・なおき 小説家)

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