書評・エッセイ

2021年2月号掲載

「政治は人。政治は言葉」第一級のコロナ戦記

読売新聞政治部『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』

川田晴一

対象書籍名:『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』
対象著者:読売新聞政治部
対象書籍ISBN:978-4-10-339019-0

 20年ほど前になるか、菅義偉と会食したことがある。政治家は人に会うのが仕事、そのひとつとして雑誌などに記事を書く私たちライターや雑誌編集者などとの「勉強会」がセットされたのだ。酒食を共にしながら質問を受け付けるという席で、菅を囲んだのはざっと十五人くらい。菅は国土交通大臣政務官、経済産業大臣政務官を経て、総務副大臣になっていたと思う。
 そのような席での政治家のふるまいは十人十色だ。ニュースの舞台裏を解説したりして"ネタ"を提供する向きもあれば、ジョークを連発したり、「いつでも連絡してよ」とほほ笑んで気安さを演出する人もいる。菅にはそういったことが一切なかった。酒は飲まず、口数が少ない。質問には淡々と答えるが、沈黙をいとわない。海外の渋滞緩和策のような日常生活にかかわる具体的なアイデアを聞くと、手帳にペンを走らせる。総理になって「携帯電話料金の値下げ」や「不妊治療への保険適用」を打ち出した時は、その関心のもちようが驚くほど変わっていなかったことに驚いた。
 本書を読むと、菅は《会合を朝に1回、昼に1回、夜に2回重ねる「4階建て」も平気でこなすことができる》という。私が出席した会は2時間ほどでお開きとなり、菅はさっと会場を後にした。いま考えれば、別の会食に向かったのかもしれない。本書には《本人いわく、「主流じゃない人」にも会うよう心がけているという》とあるが、なるほどあの夜はまさしくそうであった。
 菅義偉。戦後最長の政権を支えた官房長官であり、現総理。しかし、彼がどのような人物でなぜ総理の座まで上り詰めることができたのか、これほど実体の伝わってこない政治家もいないのではないか。菅義偉とは一体何者なのか。本書はその素朴な疑問に真正面から答える好著だ。
 生々しい記述は、取材の深度を感じさせる。視点は中立的で、だからこそエピソードに迫力がある。事実の向こうに、人が立ち上がる。たとえば、高校の同級生は異様な仕草を目撃する。
《菅は、心のどこかで無理を重ねているのかもしれない。湯沢高で同級生の伊藤は上京した際、総務相時代の菅と食事を共にしたことがある。伊藤がふと気づくと、目の前の菅は店にあった爪楊枝をつまみ上げては、ポキポキと何本も折り続けていた。政治家として権勢を振るう菅がさらされている重圧の大きさがうかがい知れた》
 また、2019年、菅が「令和おじさん」として名を売ったあと、"菅派"の菅原一秀経産相、河井克行法相がスキャンダルで相次ぎ辞任に追い込まれ、秋元司IR担当副大臣が逮捕された時の様子は本書でこう記される。
《菅は、自らを刺そうとする勢力へのいら立ちを募らせていた。「やるなら真っ正面から来いっていうんだよな」と持ち前の負けん気をむきだしにした》
《「ちゃんと仕事をやっているだけなんだけどね。でも、これで強くなるんだよ」/菅は、半ば自分に言い聞かせるように漏らした》
 菅の表情が見えるかのようだ。その取材力は、菅以外の権力者にも向けられる。
 たとえば安倍政権が緊急事態宣言を発出した2020年4月の記述。百貨店やホームセンター、理髪店などを含む幅広い休業要請を求める都と、経済への悪影響を最小限にとどめるべく「(1)まず強く外出自粛を要請 (2)2週間程度は効果を見極めた上で施設の使用制限を検討」と考える政府が鋭く対立したため、首相補佐官の今井尚哉が仲介に乗り出し《9日まで折衝を続けた結果、小池は理髪店やホームセンター、百貨店の生活必需品売り場などを対象から外すことは渋々受け入れた。今井は「小池の政治パフォーマンスはきょうで終わりだ」と漏らした》。
 小池の言動はメディアで華々しく取り上げられることが多いが、第二波の感染爆発を引き起こすことになる2020年3月20日からの三連休の前には懸念されていたのに自粛の「じ」の字も口にせず、22日に東京五輪の中止の決定が回避されるや法的に不可能なロックダウンに言及するなど、責任回避の巧妙さが目立つ。今井の発言は本音だろう。
 小池をはじめ、政治家が逃げ腰になり、演出に走りがちなのは、未知のウイルス相手の戦いは、誰がやっても分が悪いからだ。命が大切なのは当たり前だが、経済の悪化が社会を殺し、結果的に人を殺すのも歴史の教えるところ。だから、アクセル(経済振興策)とブレーキ(感染防止策)を踏み分けながら、タイマー付きのPDCAサイクルを回し続けるしかないが、そのかじ取りは簡単ではない。
 さらに、人は誤解する生き物だ。仮に正しいことだとしても、それが為されたときに真意が理解され、評価されるとは限らない。ましてや不安に覆われた社会で、人は自分が見たいようにものごとを見て、感じたままに発信しがちだ。それらは互いに増幅しあい、SNSやメディアを経ることでも増幅されていく。
 そして、真実は時に遅れて姿を現す。たとえば、2020年3月から日本を襲ったコロナウイルスの第二波は、中国・韓国ではなく欧州由来のものだった。あるいは、日本のみならず海外でも実施され物議を醸した一斉休校は感染拡大の防止に確かな効果があった。いずれもエビデンスが揃い証明されるまで、相応の時間が必要だった。
 一方的な主張や感情が大手を振って歩きがちな時代でも、いやそういう時代だからこそ、政治家はちゃんと仕事をしなければならない。正しい判断をするだけでなく、施策の必要性を聞き手の腹に落ちる言葉で訴えなければならない。誰も正解を知らない問題に向き合う時、リスクコミュニケーションは欠かせないのだ。
 世論に支持されなければ、いくら正しい施策でも続けることは難しい。本書には、海外に比べて感染者数を低く抑えているのに国民の支持が一向に高まらないことに心が折れ、体調を崩していく安倍の様子が克明に記されている。2020年8月に入ってから、安倍の体調は坂を転げ落ちるように悪化していった。
《12日、安倍は午後1時過ぎに官邸に入った。その足取りは重く、表情に生気がなかった。(中略)安倍の声はマスクを外しても、か細く、かすれて途切れがちだった。ぶら下がりを終え、エレベーターに向かう際には、壁に手をついた》
《安倍の体調は13、14日あたりがどん底だった。両日とも午前中は私邸で過ごし、午後には体にむち打って出邸した。しかし、コロナの状況に関する報告を受けた際には、表情がうつろで、心ここにあらずといった風だった。この時期に面会した一人は安倍の「張り付いたような表情」に目を奪われた。そんな顔の安倍は、かつて見たことがなかったという》
「一強」と言われた安倍がコロナの前に敗れ去る過程は、間近で支え続けた菅の脳裏に焼き付いているはずだ。感染拡大の中で社会経済活動を重視する政府の姿勢は、国民の理解を得にくかった。それでもなお、菅政権は、コロナに立ち向かった第4次安倍政権と同じスタッフでコロナ対応に臨み、やはりアクセルとブレーキを使い分けようとしている。支持率は低下し、自民党総裁任期満了(9月)、衆議院議員の任期満了(10月)を控え、党内でもさまざまな思惑が蠢き出している。何が起こってもおかしくない。
 本書の掉尾を飾るのは菅が圧勝した総裁選当日の様子。そこには「勝者を待つ試練」としてこんな記述もある。
《2位に食い込んだ岸田陣営の結果報告会は、大盛り上がりを見せた。岸田は万雷の拍手で迎えられ、「きょうから総理総裁を目指して次の歩みを進めて行きたい」と意気軒高だった。副選対本部長を務めた山本幸三が「これから我々は改めて一人の落ちこぼれもなく、今回示したように、一致結束して、(菅の)失敗を待ちながら、必ず血路を開いてくる」と口を滑らせる場面もあった》
 政治は人。政治は言葉。それを具体的に描き切った本書は第一級のコロナ戦記でもある。すごい本を読んだ。

 (かわだ・せいいち ジャーナリスト)

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