書評・エッセイ

2021年2月号掲載

未来に命をつなぐ野菜づくり

岩崎政利 関戸勇『あの懐かしい味の野菜を自分でつくる』(とんぼの本)

さとうち藍

対象書籍名:『あの懐かしい味の野菜を自分でつくる』(とんぼの本)
対象著者:岩崎政利 関戸勇
対象書籍ISBN:978-4-10-602297-5

 未知のウイルス感染には、世界中が足元を揺さぶられた。不安な日々が続くなかで、衣食住の安定こそが暮らしの原点であると、私たちは痛いほど思い知らされた。小さくとも心地よい住空間、身に合った服。そして、食べ物。食については、買わざるを得ないと思いがちだが、じつは食の一部、野菜は自分でもつくることができる。そのよき手引きとなる本が、今回ご紹介する本である。
 タネをまき、育て、収穫し、さらに一部を残して花を咲かせてタネを採る。この循環が非常に大切であり、キーワードは、「タネ」。野菜の一生につき合うことは、同じ大地に生きる他の命との触れ合いを意味し、計り知れない豊かさを実感することになる。植物の成長に接する時間が、人の心をどれほど穏やかにしてくれるか。これは、私自身の体験でもある。この本の野菜作りの指南役は、40年近く自家採種を続けてきた岩崎政利さん。
 本の中で岩崎さんは「私は初めの頃は、野菜の収穫時がいちばん美しいと思っていた。次に野菜の花を見たときにその美しさに驚いた。そして今は、花のあとにタネができて枯れてくる頃がいちばん美しく見える」と語っている。化学肥料や農薬をまったく使わない有機農業。病気にも虫にも強い品種を探す中で、昔ながらの品種に行き着いた。岩崎さんの農業は、安全第一の家庭菜園の延長線上にあるからこそ、読者にとってはわかりやすくて身近だ。
 題名にある「懐かしい味の野菜」とは、1970年代より前によく食べられていた野菜を指す。つまり、通称F1(エフワン)と呼ばれる一代交配種の野菜が続々登場したのが70年代で、野菜が大きく変わるエポックだった。
 当時は青菜をみても、ホウレンソウ、コマツナだけでなく、地域ごとにいろんな菜っ葉があった。ダイコンだって、同じ。多様性があり、そんな姿もこの本の美しい写真で見ることができる。タネを採りながら育ててきた、固定種や在来種と呼ばれる昔ながらの野菜。世代的に当時を知らない方にも、ぜひこれらのタネを入手して、育ててほしいと願う。味の冒険は、わくわくする。
 そして、めんどうと思わずにぜひタネ採りも実行してほしい。私は何度か岩崎さんの畑を訪れたことがあるのだが、季節の野菜の生育だけでなく、春や秋には花が、さらには熟していくタネも見られ、まるで自由学校のような伸びやかさを感じた。岩崎さんの言葉で心に残っているのは、「タネ採りを続けると、その野菜が自分の土地に合ってくるので、病気にも強くなるし、栽培がだんだん楽になる」というものだった。
 タネについては、じつは国内では厳しい状況にある。農家にとって自由を奪われる法律の改悪が進んでいるからだ。2017年に農業競争力強化支援法制定、2018年に種子法の廃止、そして2020年には種苗法改正。種苗法改正案は、数多くの地方自治体の反対にもかかわらず、審議を尽くさないまま、昨年12月に強行可決となった。
 要は、「タネは誰のもの?」という問題なのである。各都道府県の農業試験場で行われてきた品種改良は、農家に提供され、公的にも保護されてきた。この「育種知見」は各都道府県にゆだねられてきた歴史がある。しかし、新たな法律改正によって多国籍企業が「育種知見」のデータを入手しやすくなった。さらに品種改良後は、企業が知的所有権を主張することになると危惧される。農家がこれまでのように自家増殖ができなくなったり、種苗の入手に多額の費用がかかったりなどの不安。タネと農家をどう守っていくか。「育種知見」をもつ都道府県では、独自の条例をつくるなど、現在その検討が始まっている。
 岩崎さんは、家庭菜園こそタネの守り手になるのではないか、といっている。特に女性はタネについて大きな関心を寄せるそうで、「やはり命を産み出す存在として、その大切さをわかってくれるのだろうか」と語っておられた。
「あの懐かしい味の野菜を自分でつくる」ために、最初のタネはどこで買えばいいのだろうか? その種苗店リストは、本の巻末にある。これも宝だ。F1のタネが席巻する農業全体から見たら、非常にマイナーな固定種や在来種。が、それを手放さないで生きている種苗関係者は、根性があるというか、ただ者ではない魅力にあふれている。タネ購入でのやりとりも、大切な情報になると思う。最近は、このリスト以外にも、若者たちが始めた固定種のタネ屋さんができており、心強い。
 未来に命をつないでいくタネ。そのタネで野菜をつくりながら、私たちも共に手をとり合い、この大地で健やかに生きていこう。そんなメッセージが、岩崎政利さんの文章と関戸勇さんの写真から強く伝わってくる。

 (さとうち・あい ライター・編集者)

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