書評・エッセイ

2021年3月号掲載

近郊にひろがる神話としての現在

黒川創『ウィーン近郊』

堀江敏幸

対象書籍名:『ウィーン近郊』
対象著者:黒川創
対象書籍ISBN:978-4-10-444411-3

 なぜいまウィーン近郊なのか。謎めいたタイトルである。
 十八世紀以来、ウィーンは旧市街にあたる中心部から外側へと拡張されてきた。旧市街の周辺にはリングと呼ばれる環状道路があり、その外側に市内区があって、市内区の外周を《ギュルテル》というもう一つの環状道路が取り巻き、その外が「市外区」と呼ばれている。つまり、ウィーンには、人を遮断する環がふたつあるのだ。その空白地帯を越えていかなければ、時間は人々の手に戻って来ない。
 二本目の、外側に位置する環状道路が、舞台となる二〇一九年九月十日から十月一日までの時空をのみ込んでいる。二十日間ほどの時間を、小刻みに行き来しながら物語は進んで行く。
 主要な役割を果たすのは、ウィーン在住の兄・優介の自死を知らされて現地に飛んだ妹・西山奈緒と、彼女を迎え入れる在オーストリア日本国大使館領事の久保寺光。奈緒は一九七四年生まれ。フリーでイラストやグラフィックデザインを手がけており、特別養子縁組で得た一歳九ヶ月になる息子を連れて兄の葬儀にやってきた。久保寺光は七五年生まれ。すでに次の任地が決まっている状態で、後任への引き継ぎ文書を記しながら、優介の遺産管理と相続手続きに力を貸す。
 優介は七一年生まれ。九三年に外務省在外派遣員としてウィーンの日本大使館に着任し、離職後も四半世紀この都市に留まって、文化施設の案内やチケット販売などを手がける企業の嘱託として働きながら、技術翻訳などで暮らしを立てていた。特筆すべきは、現地採用で大使館に勤めていた二十六歳年上の平山ユリと、長らく同居生活を送っていたことで、ユリは二〇一八年八月に癌で死去し、自死する前、優介は鬱状態にあったという。
 不在の優介にかわって、奈緒と久保寺が完全な語りを担うわけではない。つねにもうひとつの眼が背後に控えていてふたりを精緻に三人称化し、他の人物たちの内側にも入り込んで証言を多層化する。人物相関図がくるくると万華鏡のように描かれ、優介だけでなく、それぞれの過去の空白地帯を明示していく謎解きの図絵は、ウィーンという都市の構造を巧みになぞっていると言えるかもしれない。
 ただし、断片を結ぶ知的な糸を伸ばして、それを言葉にするのは久保寺である。優介とおなじく、在外公館派遣員からはじまった自身の経歴を土台に、領事という国際的な視野を備えた眼で、彼はウィーンという都市の歴史を俯瞰する。ナチス・ドイツに併合されていたオーストリアにとって、敗戦はすなわちナチスからの解放とも言える。そのような視点に立てば、オーストリアは最初から枢軸国ではなく連合国側であったという言い訳が成り立ち、ユダヤ人に対する責任も免れうる。大日本帝国の末期を連想させるこの論法も、歴史を閉じ込める空白の帯の一部だ。
 その空しい帯を、知的な意匠が丁寧にほどいていく。参照されるのは、一見したところ関連性の見えない固有名詞だ。グレアム・グリーンの『第三の男』、ソポクレスの『オイディプス王』と『アンティゴネ』、ヘルダーリンが独訳した後者を現代に移したブレヒト版『アンティゴネ』、さらにソポクレスの時代の事実を記したトゥキディデスの『戦史』、第一次大戦時にスペイン風邪で死んだエゴン・シーレ、新設されたリトアニアの日本領事館で対ソ諜報活動に従事するなか、ユダヤ難民に日本経由の査証を発行しつづけた杉原千畝。
 これらすべての要素が、あらたな感染症の流行に見舞われた二〇二〇年七月時点のウィーンの「現在」に集約され、精神の「近郊」とも言うべき神話の世界へと静かに解き放たれる。ソポクレスの作劇法に倣って、複数の脇役を活かす手法が用いられているのだが、とくに郊外墓地で優介を埋葬する場面での、奈緒の堂々として冷静な「語り」には、ギリシア悲劇の趣きがある。
 しかし鮮やかなその手際に魅せられて、より深い問いを見逃してはならない。「正しさ」とは何なのか。「正しさ」があるとして、それを実現する手立てを自分たちは知っているのか。知らずして知っているふりをするのは偽善ではないか。久保寺の自問は、いまを生き、これからを生きるための「近郊」に足を踏み入れた、私たち読者自身のものとなるだろう。

 (ほりえ・としゆき 作家)

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