書評・エッセイ

2021年3月号掲載

国分拓『ガリンペイロ』刊行記念特集

男たちが金塊に託した夢

ヤマザキマリ

対象書籍名:『ガリンペイロ』
対象著者:国分拓
対象書籍ISBN:978-4-10-351962-1

 恩恵も容赦も無い過酷な南米大陸の密林の奥地に、失うものは自らの命と僅かな蓄え以外何も持たない男たちが身を寄せる、吹き溜りのような場所がある。彼らの多くは、密林に暮らす原住少数民族のように大地や空や樹木から神を感受し、必要最低限度の人としての理性や社会的秩序を見出しているわけでもない。義務教育もろくに受けていなければ、そもそも生きていることを誰かに敬われているわけでもない、人間界では屑扱いすらされている存在である。
 彼らはガリンペイロと呼ばれている金鉱採掘人たちだ。出自は様々だが、殺人の罪で刑務所暮らしを経てそこへ流れてきた男もいれば、商売で訪れていた娼婦によって生み落とされ、そこを故郷として生きている男もいる。生後間も無く道脇のゴミ箱に捨てられていたという男もいれば、困窮する大切な家族を支えるための出稼と捉えて働く男もいる。野心と虚脱が澱んだその採掘所で、そのうち入手できると見越した金の報酬をツケに飲む安酒の匂いが混じった粘着質な汗を全身から分泌させながら、見つかるかどうかもわからない金の塊を探して生きているガリンペイロたちにとって、その地は生きる苦痛を体感できる地獄であり、同時に居場所を失った自分たちを匿ってくれる寛容な天国でもあったが、そんなことは彼らにとって、大した問題ではない。
 誰かに必要とされることもなく、死ぬまでひたすら生きていくという宿命と覚悟を受け入れたガリンペイロたちにとって、金塊に託した夢と希望は生命力を繋ぎ止める糧である。生きているうちに、人の愛情からは得ることのできなかった幸せという魂の喜びを、一度でもいいから感じてみたいと願う彼らの黄金への執着と執念は強固だが、膨張した希望のもたらす凶暴性によって思い入れはいびつに歪み、儚く、そして脆い。
 どんなに近しい間柄でも他者である限りは決して心底から信じることはない、例えばシチリアのマフィアに見られるマチスモの猛々しい怨嗟と諦観に似たようなオーラが、ガリンペイロの侘し気な佇まいにも潜んでいる。裏切り者や勤労意欲のない奴は、虫けらのように消えるか消されるが、そんなことも一部のお喋りな連中以外は、特に誰も意に介さない。著者がドキュメンタリー撮影のために滞在していた数週間の間にも、何人かの男達が殺され、消えた。理由や真相は不明確だが、こうした出来事は法の及ばない密林の奥地では日常茶飯事なのである。
 著者がこうしたガリンペイロとその生き様を映像にしようと思い立った動機は何だったのか。通常であれば、地元のブラジル人ですら所在を知らない未知の危険地帯へ赴くには相当な覚悟が必要なはずだが、映像を観ても、または文章で読んでも、密林の金鉱山におけるそうした懸念や恐怖は、彼の好奇心にとって邪魔なノイズでしかなかったことが分かってくる。彼がこれまで手がけた「ヤノマミ」、アマゾン川流域に現れる謎の先住民族「イゾラド」、誰にも理解できない言葉を使う先住民族の最後の生き残り「アウラ」といった映像も、知られざる実態に安直な衝撃や驚きを誘発することもなければ、文化人類学的な学術性に凝ってもいない。凶暴な面構えの男であろうと、切り裂かれた腹の傷痕であろうと、青空に浮かぶ昼の月であろうと、視覚で捉えた画角の中にはどこか寓話性を帯びた散文が織り込まれている。映像を撮りながら、著者が頭の中で綴り続けていたそうした散文はやがて文章に形を変え、現場の臨場感にさらなる奥行きと、空間の生々しい臨場感を纏ったかたちで再現される。
 ねっとりと湿った熱帯雨林の放つ有機的な臭いと、耳元に飛び交う虫の羽音。ガリンペイロたちが酒とタバコにしゃがれた声で交わす、威圧的なくせに語彙の足りない弱々しい会話。疲労や失望が滲んだ汗と、噎せるような体臭。鍋の中で茹でられている野生動物の油が溶け込んだ湯気に、ソーセージや肉を焦がす炭の煙。虚栄と夢に膨らみ上がった若いガリンペイロの艶やかな肉体と、生存している証すらない小柄な混血(カボクロ)の今にも消え入りそうな寂しい歌声。土中に埋もれて色あせている、子供向けの菓子の包み紙。
 著者はノンフィクションというかたちでなければ為せない技を巧みに操りつつも、そこに展開されている世界は創作という縛りを逸脱する圧倒的なエネルギーに満ち溢れている。全身全霊に染み込ませた身体的、そして精神的な経験が想像力と重なった時に文字が放つ、劇的かつ幻想的な描写を、最後の一行まで隈なく堪能させてもらえた一冊だった。

 (やまざき・まり 漫画家)

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