書評・エッセイ

2021年3月号掲載

認知症克服への実践的ノウハウ

緑慎也『認知症の新しい常識』

緑慎也

対象書籍名:『認知症の新しい常識』
対象著者:緑慎也
対象書籍ISBN:978-4-10-610895-2

 人に近況を聞かれ、認知症に関する本を執筆中と答えると「実は私の祖父が認知症かもしれなくて」とか「母親が認知症で実家に毎週帰って介護しているんだけど」といった反応がしばしば返ってきた。我々の生活を一変させた新型コロナだが、その感染者が知り合いにいると耳にする機会より、はるかに多かった。それもそのはずで、日本における新型コロナ感染者は累計で、約42万人(2021年2月現在)、認知症患者は約600万人で、まさに桁違いに多い。25年には700万人に達すると予測されている。
 そのうち6、7割はアルツハイマー型認知症の患者だ。今、その根本治療薬の候補が重大な局面を迎えている。昨年7月に、米食品医薬品局(FDA)に申請されたアデュカヌマブの承認可否の判断が今年6月に下される予定なのだ。
 アデュカヌマブは数奇な運命をたどってきた。19年3月に効果が十分でないとして臨床試験が中止されたものの、新たなデータ解析の結果により一定の効果が見られたと同年10月に発表され、20年7月にFDAへの承認申請にこぎ着けた。今年3月7日までと設定された審査期間で承認される見込みは高かったが、昨年11月にFDAが開催した外部専門家による諮問委員会で有効性に関する否定的な見解が出され、事態は暗転。ところが今年1月29日、FDAは審査終了目標を6月7日に設定すると発表した。単に期間を延長するのみならず、新たな臨床試験データも審査の対象に加えられたことから、再び承認への期待が高まっている状況だ。もし承認されれば、アルツハイマー型認知症に対する世界初の根本治療薬の誕生である。
 本書では、アデュカヌマブ敗者復活の舞台裏や、後を追う他の候補薬について解説している。今回の取材を通して、筆者は、研究者たちの長年の努力により認知症、特にアルツハイマー型認知症を克服できる見通しがかなり明るくなってきていると感じた。
 まだ確実な治療薬、治療法は存在しないが、打つ手がないわけではない。認知症は、高血圧、糖尿病、脳卒中、がん、心臓病と同様、生活習慣に強く関連して高齢期に現れる症状である。認知症を避けるために気をつけるべきポイントは何か。すぐにも実践できるノウハウも紹介した。
 しかし、たとえ画期的な認知症薬ができても、時が経てば、いつしか薬の効き目に限界が来て、認知機能の衰えは深刻化する。そのとき必要になるのは、認知症と共存するという視点だ。最後の章では、当事者、介護経験者などの声を通じて、認知症との向き合い方について考えた。
 コロナ危機がもたらしたニューノーマル(新常態)に合わせ、今こそ認知症の常識をアップデートすべきだ。

 (みどり・しんや 科学ライター)

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