書評
2021年3月号掲載
シングルをこじらせて
南綾子『結婚のためなら死んでもいい』(新潮文庫)
対象書籍名:『結婚のためなら死んでもいい』(新潮文庫)
対象著者:南綾子
対象書籍ISBN:978-4-10-102581-0
「これからわたしが書こうとしているのは、わたしが創作した話ではなく、わたしの身に実際におこった出来事であり、登場する全ての人物、団体はマジで実在する」
冒頭でこう明言されているとおり、『結婚のためなら死んでもいい』は40代を目前にした著者、南綾子氏のほぼ実録婚活小説だ。なぜ"ほぼ"なのかというと、読者が登場人物を特定できないように多少配慮されているらしい。
この本は南氏が2014年に上梓した小説『婚活1000本ノック』の文庫版だ。通常文庫化に際しては、若干の修正、あるいは加筆が行われる。ところが、著者は全面的に改稿を行なった。理由はいろいろ考えられるが、ここ数年の間に、社会での婚活に対する認識が変化し、また"婚活産業"も多様化していることが関係しているのではないか。
結婚を目的とする活動が、就職活動の"就活"になぞらえて"婚活"といわれ始めたのは2007年ごろ。当時は結婚相談所と、ホテルや雑居ビルの会議室で男女各10~20人で開催される婚活パーティーが主流だった。
それ以前の男女の出会いは、古典的なお見合いのほかは、同級生、社内恋愛、友人の紹介で出会うケースがほとんど。婚活は、日常生活で恋愛のチャンスのない"モテない男女"の巣窟と認識されていたと思う。30代後半以上のシングルの男女が周囲に内緒で、こっそりと行うものだった。
婚活に対する社会の認識ががらりと変わったのはここ数年だろう。パソコンやスマホが多くの人にいきわたり、婚活アプリが普及したことが婚活のカタチも変えた。婚活はパートナーを獲得するための効率のいいシステムだと認識されるようになってきた。男女相互の容姿、年齢、職業、経済力、出身......などがひと目でわかり、顔写真まで掲載されているアプリの進化で、婚活の低年齢化も加速。20~30代はもちろん、10代まで婚活市場に"参戦"し始めた。
進学や就職と同じように、結婚は人生を大きく左右する。あまたいるライバルたちよりもハイスペックのパートナーを先手必勝でゲットしたいのは自然な欲求かもしれない。
さて『結婚のためなら死んでもいい』には、この十数年の婚活の試行錯誤、紆余曲折、悪戦苦闘がリアルに描かれる。実話ベースだから臨場感たっぷりだ。
主人公が出会う男には、よさそうなやつも、とんでもないやつもいる。婚活アプリで知り合った大学院卒で大手メーカー勤務、身長183センチで東尾修似の男は、初デート前日に「Tバックとかはきますか?」とLINEしてくる。「Tバックってはいていると食い込むのかどうか気になって」という。南氏は「いっぺん死んでカナブンにでも生まれ変わって毎日樹液でも吸ってろ」とレスポンスし、相手からの連絡をブロックする。同い年の坊主頭の公務員は、頭と顔中のデキモノから出血。血を拭いたティッシュがお見合いの場のテーブルに積まれていく。
婚活市場には"良物件"と思える男ももちろんいるが、南氏はほぼ魅かれない。ときおり出会うハイスペック男には警戒心をあらわにする。恋愛感情は理屈ではない。感覚的・生理的なものなので、自分でコントロールできない。
男も同じ状況だ。実は筆者も婚活で悪戦苦闘し、シングルをこじらせて58歳。周囲の忠告に耳を貸さず容姿重視で女性にアプローチし続ける。美しいのにシングルでいる女性はエキセントリックだったり、とても暗い性格だったり。交際は長続きせず、気づいたら還暦目前だ(40代の婚活体験は新潮新書の『婚活したらすごかった』で、50代での体験はデイリー新潮の連載をご参照ください)。
南氏もおそらく感じているのだろう。自分は結婚相手ではなく恋愛相手を求めていることを。主人公は「やっぱりわたし。恋がしたい!」と告白している。
物語中、結婚相談所のカウンセラーの言葉は身に染みる。
「婚活の目的は、理想の王子様を見つけることじゃありません。ともに生きていくパートナーと出会うことです」
南氏は(筆者も)、この真実もわかっている。ただ、自分で自分を制御できず、さらにシングルをこじらせていく。
『結婚のためなら死んでもいい』は、たぶん恋愛小説なのだろう。しかし、それだけではない。婚活の実態がリアルに克明に描かれているので、婚活中あるいは婚活を検討している男女へのハウツーとして読むこともできる。
そして、人生には結婚・出産とは別の選択肢があることも、そっと示唆してくれる。
日本では「結婚=幸せ」と考えられてきた。学校を出て、結婚して、子どもをつくって育てる人生にほとんどの人が疑いの目を向けていない。しかし、結婚はほんとうに誰にとっても必要なのか? 結婚しない人はみんな不幸なのか? 生き方そのものも考えさせられる物語だ。