書評
2021年4月号掲載
21世紀のスプートニク・ショック
青木節子『中国が宇宙を支配する日 宇宙安保の現代史』
対象書籍名:『中国が宇宙を支配する日 宇宙安保の現代史』
対象著者:青木節子
対象書籍ISBN:978-4-10-610898-3
宇宙開発は、優れて軍事的な営みである。
米国、ソ連ともに第2次世界大戦終結直後から宇宙開発に着手したが、最初期の活動は、核兵器の運搬手段としてのミサイル開発と衛星を搭載するロケット開発が渾然一体となった形で進められていた。それだけに、大方の予想に反して1957年10月、ソ連が世界で初めて、「スプートニク1号」衛星の打ち上げに成功したことは、米国民に大きな衝撃、「スプートニク・ショック」を与えた。これは、単に米国が最先端科学技術競争で当時のもう1つの超大国ソ連の後塵を拝することになったというだけではなく、ソ連の保有する核兵器搭載ミサイルの脅威の下で生きていかなければならないことを意味したからである。
約60年後の2016年8月、中国は、原理的に破ることが不可能とされる量子暗号技術を搭載した量子科学衛星の打ち上げに世界で初めて成功した。中国は、翌年、その演算能力から既存の暗号を破る能力に秀でる光量子コンピュータの開発にも成功したと発表しており、このままでは、中国が誰にも破られず、そして、すべての者の暗号を破ることのできる能力を身につける可能性までも示唆することになった。「21世紀のスプートニク・ショック」である。
米ソの宇宙開発利用競争は、いざというときに相手国の軍事衛星を破壊するための対衛星攻撃(ASAT)能力の確保にも及び、両国は四半世紀に亘り、実験を繰り返した。しかし、衛星破壊は宇宙ゴミ(デブリ)をまき散らし、軍事衛星の利用に適した軌道を汚染してしまう事実を認識し、暗黙の了解ともいえる形で1986年を最後に、両国は物理的なASAT実験を停止した。
二度と物理的破壊を伴うASAT実験は行われないだろうと世界が楽観していたところ、2007年1月、中国がそのモラトリアムを破り、自国の気象衛星を中距離弾道ミサイルで破砕し、3300以上という、これまでの実験で米ソが出したデブリ総計約1300を大きく上回る数のデブリをまき散らした。中国のASAT実験は米ソのものよりはるかに高い軌道で行うため、デブリの滞留期間も1世紀を超えると予想されている。
過去3年、自国領域内からのロケット打ち上げ数では中国が米国を抜き去り世界一を誇り、遥かに引き離されたロシアが世界3位である。しかし、たとえば、2020年の実績で比較すると、米国の新興宇宙企業がニュージーランドに保有する射場から行った打ち上げ数6回を加えると、米国が世界一となる。そして、6回という数字は、この年の日本の4回、インドの2回を上回る。米国の底力といえる。21世紀の宇宙を制するのは、軍民融合の中国か、強靱な企業を有する米国か。戦いは始まったばかりである。
(あおき・せつこ 慶応義塾大学大学院教授)