書評
2021年8月号掲載
山舩晃太郎『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』刊行記念特集
知らない世界の扉を開く
沈没船をはじめ、水中に沈んだ遺跡を研究し人類の歴史をひもとく――それが水中考古学です。
ドブ川でレア古代船を掘り出し、カリブ海で正体不明の海賊船を推理……。
そんなエキサイティングな現場の様子を気鋭の学者がまとめた発掘記、発売!
対象書籍名:『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』
対象著者:山舩晃太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-104931-1
地球の約七割は海。
教師からそう習ったのは小学生の頃だった。地球は丸い、と知った時と同じくらい衝撃があった。
以来、海へ行く度に思う。
(陸上よりもずっと広い海のことを知らないままだ)
海だけじゃなく、川や湖の中がどうなっているかもわからない。どんな泳ぎの名人でも、ボンベとレギュレーターなしで長く潜ってはいられない。たとえ世界中を旅しても、所詮三割の世界だ。そう考えるとふと謙虚な気持ちになる。
そんな未知なる水中に潜む遺跡を発掘するのが「水中考古学」。本書は著者が水中考古学者になった軌跡、これまで潜った現場体験を余すところなく記した一冊。
ユネスコによると、世界の海には三百万隻の船が沈没しているという。そんなにいっぱい? と驚いた。
海は広い。沈んだ場所がわかるのか?
実は船は出港と帰港で陸に近づく際に座礁したり、浅瀬の底が接触し、乗り上げたりすることが多い。そして現地の漁師やダイバーが偶然見つける。
つまり港近くに沈んでいる可能性が高い。
また発掘作業は貴重なデータだけではなく、本に記したくなるドラマも「発掘」される。
ある年はエーゲ海東部のギリシャ・フルニ島沿岸部に沈む古代船の発掘依頼が飛び込む。エーゲ海に沈む船なんて聞いただけでもロマンティック。
引き上げるのはワインなどの液体を運ぶ「アンフォラ」という陶器の壺。何百年も海の中に残され、ウツボやタコが住みついたせいでとても臭い……臭い「お宝」には歴史が眠っている。
発掘デビューはイタリア北西部にあるステラ川。透明度50cmほどの「薄い味噌汁」のような川。潜るのはきれいな水とは限らない。そこに船が沈んでいるなら、どこだって水中考古学者は潜るのだ。あぁ、なんと過酷。
発掘調査は世界中から集められた考古学者、ダイバー、大学生などプロジェクトによっては数十人単位のメンバーで行われる。時にメンバー間で「発掘症候群」と呼ばれる恋愛問題が起きたり、共同生活で仲が険悪になったり、人間関係が研究の妨げになったりもするが、これらはプロジェクトの人選のヒントにもつながる。
では、どんな人が研究者にふさわしいのか?
第三章ではプロ野球選手を目指していた著者が、水中考古学と出会い、研究者を目指したいきさつが記される。
基礎知識もないままアメリカ留学し、英語に躓くが猛勉強の末、大学院へ入学する……2006年の渡米から約十年の激動の日々は読んで確かめてほしい。
思うに研究者に必要なのは、粘り強く探究し続ける力、チームで動くことができる力、チームから呼ばれる才能と人格。「TOEFL「読解1点」でも学者への道は拓ける」とあるが、まさに著者の情熱が道を拓いたのだ。
考古学とは、過去の遺産から歴史を探るもの。それは場所が「水中」であっても変わらない。ただし発掘には陸上以上の困難がある一方で、水中だからこそ残る歴史の痕跡もある。
陸上遺跡は時間の経過がミルフィーユのように層を成すのに比べ、水中は時間から切り離された形で残る。まるでタイムカプセルのように。
水中考古学の歴史はまだ浅い。地球の半分以上を占める海にはお宝が数多く残されているのだろう。
その「お宝」に刻まれた情報を次世代に残し、現場を保存することも水中考古学の一環だと知った。
歴史を踏みにじる「トレジャーハンター」と呼ばれる破壊者もいるそうだが、それだけ水中考古学への注目度が高くなっているともいえる。
歴史をひもとくのは研究者の仕事であるが、そこから得たものはいずれ人類に共有される。
本書はわたしの知らない七割の扉を開いてくれた。
(なかえ・ゆり 女優/作家)