対談・鼎談

2021年8月号掲載

山舩晃太郎『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』刊行記念対談

水中考古学の世界へようこそ!

草野 仁 × 山舩晃太郎

世界各地のミステリーを紹介する名物番組『世界ふしぎ発見!』。
海に眠る船を発掘・調査する水中考古学者、山舩晃太郎さんは「考古学の道を選んだのも、この番組から影響を受けて」と言うほど、幼少期からの大ファン。
司会者の草野仁さんを迎え、水中考古学の魅力、沈没船の魅力を語り尽くします。

対象書籍名:『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』
対象著者:山舩晃太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-104931-1

山舩 今日はお目にかかれて光栄です。

草野 こちらこそ、お会いできることを楽しみにしていました。2019年に、私が司会を務める『世界ふしぎ発見!』でも山舩さんを特集させてもらいました(『アドリア海に眠る沈没船 若き日本人学者と追う! ルネサンスの謎』2019年11月2日放送)。『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』を読ませていただきましたが、こんなに爽快な本に出会ったのは久々だな、というのが率直な感想です。

山舩 ありがとうございます。

草野 山舩さんは少年時代から野球に打ち込んでこられ、法政大学野球部へ。神宮球場で活躍したいと努力されたのですが、バッティングピッチャーで終わるという挫折を味わったんですね。

山舩 挫折って、上手かった人間が味わうものだと思うのですが、私の場合は本当に「球拾い」だったので、挫折とも呼べないかもしれません。

草野 スポーツをやっていらっしゃった方の場合、競技から離れる決断はなかなか簡単に出来るものじゃありません。実は私も高校時代、陸上部で100mの自己ベストは11秒2でした。でも砲丸投げでインターハイ優勝をした数学者の父から「精神が脆弱なお前にはスポーツは向いていない。勉強しろ!」と言われて、2年生で退部させられたんです。スポーツをやっていた人間が目標を失う、という経験は実感として知っています。山舩さんが大学で野球をやめて、スパッと水中考古学の道を選んだのは、切り替えがすごいな、素晴らしいなと感じました。『海底の1万2000年―水中考古学物語』という本を大学図書館で手に取られて、テキサスA&M大学の大学院に留学されたそうですね。

山舩 日本では英語のテストで20点以下しか取ったことがないのに、アメリカに留学してしまって。

草野 マクドナルドでハンバーガーも頼めず、モーテルの自販機でスナックを買って凌ぐというご苦労もされたと(笑)。

山舩 人と話さずに食べ物を買えるのがそれしかなかったんです。

草野 そこからとてつもなく勉強をされて大学院の博士課程の頃、フォトグラメトリという技術を水中考古学に応用した方法論を学会で発表、学者としての第一歩を踏み出されます。この時の流れを少し教えていただけますか?

山舩 それまで水中考古学の現場では船の構造を手作業で測定していたので、誤差も大きかったんです。船の研究の上で最も重要なのは「船の骨格」ともいえるフレームの形です。曲がり具合や大きさが分かれば、その船全体の大きさや、積載能力を知ることが出来ます。それなのに、同じフレームでも私が測った数値と別のメンバーが測った数値が異なったこともありました。また10~20人で1か月かけて、ようやく記録作業が完了するという具合でした。フォトグラメトリは、「遺跡の写真を大量に撮り、ソフトを使って3Dモデル化する技術」です。これを使えば記録作業は1人で出来、作業効率がグッと上がりましたし、正確なデータを得ることも出来るようになりました。これを国際学会で発表したのが、私の今の生活のスタートです。

草野 ここについて書かれた箇所、私も「どうなるんだろう」と緊張しながら読んだんですが、発表後の質疑応答で大御所の先生が質問に立たれて……。

山舩 「ヤバイ! 終わった!」と本当に思いました。

草野 ところが「彼の発表を聞いて初めてフォトグラメトリは学術研究に使えるという確信を得た」と大絶賛されたんですよね。この時、どう思いましたか?

山舩 「絶対に役に立つ!」とは思っていましたが、大御所の先生に認めてもらえて本当に嬉しかったです。

草野 『世界ふしぎ発見!』で山舩さんを特集させてもらった時も、ご自身の方法論で作成された3Dモデル画像をご提供いただきました。3Dモデルを作るのには、どれくらいの時間がかかるんでしょうか。

山舩 撮影自体はとても短時間で出来ます。30m×10mくらいの大きさの船でしたら、30分ほどの時間があれば、必要な枚数をクリアします。

草野 番組でも、一生懸命に水中で撮影している山舩さんのお姿は「神々しいな」と思いました。フォトグラメトリによって記録作業の不便さは解消されましたが、他にも課題点はありますか?

山舩 最近は考古学者だけではなく昆虫学、生物学の研究者など、色々な方のお力を借りて、新たな謎の解明に向けて努力している段階です。昆虫学のプロに参加してもらうと、船の積み荷から発見された虫から、どういう穀物を船が運んでいたかが分かりますし、生物学の専門家の方がいれば、海底での発掘調査中、周囲に生息している海洋生物や珊瑚礁の保護・保全をより徹底できます。

草野 有機的に歴史の真実に近づいていっているんですね。そのうちAIの導入などもあるんでしょうか。

山舩 将来的にありうると思っています。

発掘現場のリアル

“草野仁氏の写真"

草野 本を読んで「なるほど」と思ったのは、陸上の遺跡は時間の経過とともに失われてしまいますが、海底では条件によってはびっくりするほど綺麗な形で残っているということです。

山舩 海底で砂に覆われた場合、何千年も前の船が、本当に昨日埋もれたかのような状態で発見されるんです。

草野 そこから船の構造を少しずつ明らかにしていくのは、本当に楽しいでしょうね。

山舩 一つ一つのピースを探し、それを組み合わせていくので、ジグソーパズルをやっているような感覚ですね。あと、チームで泊まり込みで作業をするので、プロジェクト中は修学旅行のように、にぎやかで楽しい日々です。

草野 法政大学野球部で3年間、寮生活をしていた経験が発掘の集団生活でも役立ったとも書かれていましたね。

山舩 授業で成績が良くても、集団生活のストレスでドロップアウトする人もいますが、私は全く苦になりません。

草野 それでも、発掘現場によっては水がものすごく冷たいし、時には臭い。大変なお仕事でしょう。

山舩 一番水が冷たかったのは、人生で初めて発掘に参加した2011年のイタリアでした。現場はアルプスの雪解け水が流れる川。ものすごく冷たかったです。

草野 温度は、作業をしていれば慣れるものですか?

山舩 いえ、全く慣れません。水が入りこまないドライスーツを着れば寒さもしのげるのですが、イタリア人のマッチョな男性教授が「ウェットスーツで大丈夫だろ! 俺は大丈夫だ!」と(笑)。ブルブル震えながら、その言葉を聞きました。しかも、周辺が農地だったため肥料が流れ込み、本当に臭いドブ川で……。でも、それが初めての現場だったので、その後はどんなところでも綺麗に感じられます。

船の進歩、研究の進歩

草野 人類はアフリカで誕生して以降、外洋に進出し、領土を広げ……と発展してきたのですから、船は進歩をもたらす大きな要素ですね。

山舩 現代人は海を人と人とを隔てるものとイメージしがちですが、昔の人々にとってみれば、文化や大陸を結ぶものでした。そして、それを可能にしていたのが船なんです。

草野 船の種類は、時代ごとに大まかに分けられるものですか?

“山舩晃太郎氏の写真"

山舩 はっきりと分けるのは、実は難しいんです。同じ時代でも、土地によって全く違うんですね。例えば北欧に住んでいる人々は波の荒い北海を船で渡っていました。激しい波にぶつかっても船が壊れないように、北欧のヴァイキング船は外板を薄くして柔軟な船体をしています。これが地中海になると、波は北海ほど荒くありませんが、大陸からの吹きおろしで風向きが頻繁に変わります。海賊も多かった。なので、風の向きに対応したり、海賊からうまく逃げたりするために操縦性を重視し、三角帆を利用した「キャラベル船」という船が使われていました。

草野 歴史の中で見た時に、大きな転換点はあるんでしょうか?

山舩 やはり大航海時代が大きかったと思います。スペインとポルトガルがまずアジアやアメリカ大陸に進出します。これらの国が当時利用していたキャラベル船は小さく、交易には不向きでした。それを大型化して積み荷も沢山運べ、かつ走力もキープした形になったのが「キャラック船」です。この船の面白いところは、操縦性に富んだキャラベル船の三角帆と、北欧のヴァイキング船の走力性のある四角帆など、どちらの特徴も兼ねそなえているところです。スペインとポルトガルがちょうど北欧と地中海の間に位置しているからこそかもしれません。

草野 なるほど。水中考古学の道に進んで、最も充実感を得るのは、どういう時ですか?

山舩 すべての時間が楽しくて、選べないですね(笑)。

草野 はっはっは。充実感を持って出来る仕事を見つけられるというのは、本当に素晴らしいですね。年間、数十日しか日本には戻って来られないくらい、山舩さんが世界で活躍されているというのは、日本にとっても誇りだと思います。

山舩 私は好きな研究をしているだけなのですが、ありがたいですね。コロナの影響で2020年の3月以降は、海外での発掘も延期になって、久々に日本に長期滞在しているのですが、その間も国内の大学や民間企業とお仕事をさせてもらっています。例えば、人間が潜ることの出来ない深海でも沈没船は見つかっています。そういうところでもフォトグラメトリを可能にするため、カメラを搭載した水中ドローンを試作中です。日本の技術を海外での発掘で役立て、世界の水中考古学を引っ張っていけるようになりたいです。

草野 日本の近海にも、本当は船がたくさん沈んでいるはずですよね。

山舩 おっしゃる通りです。日本も江戸時代は弁才船、いわゆる和船による国内交易が盛んでした。台風で沈没している船もあるはずですが、見つかっていないんです。それは、水中考古学がまだまだ知られていないから、という側面もあると思います。日本では恐竜は大人気の学問分野です。数年に一度、小学生による新発見もあります。それは、恐竜好きの子が道端に落ちている石を「これは、化石かも」と思って博物館に連絡してくれるからこそです。今の日本では、砂浜を散歩中に古い木材を発見しても、「沈没船かも」と思って連絡をくれる方はいません。私は水中考古学をエジプト考古学くらい人気にすることが目標です。

考古学は「分からない」が魅力

草野 確かに私が考古学の魅力を改めて感じたのもエジプトでした。『世界ふしぎ発見!』で1987年に、ピラミッド前から放送したんです。その時、ピラミッド内部も見学しましたが、「5000年前に、どうやって造ったんだろう」と圧倒されましたし、その正体がそうそう簡単には明らかにならない、という点が面白いと感じました。

山舩 考古学は、やっぱり「分からないから面白い」んだと思います。私も、沈没船の正体を推理する時、とてもワクワクしますね。

草野 この本を読んで「水中考古学者になりたい」と思う若い方は間違いなく出てくると思います。

山舩 現場で実際に発掘したら、想像の100倍は楽しいと断言できます。いつか草野さんにも発掘に参加してもらいたいです!


 (やまふね・こうたろう 水中考古学者)
 (くさの・ひとし TVキャスター)

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