インタビュー

2021年8月号掲載

「しゃばけ」シリーズ20周年記念 特別インタビュー

壁がなくなるまで、がんばるしかない。

中村隼人

『しゃばけ』を朗読する上で、歌舞伎は僕の武器でした――若手ホープの歌舞伎俳優が語る「しゃばけ」シリーズの魅力と仕事への矜持。

対象書籍名:『しゃばけ』
対象著者:畠中恵
対象書籍ISBN:978-4-10-146121-2

 まずは「しゃばけ」シリーズ二十周年、本当におめでとうございます。主人公の一太郎をはじめ、手代の兄や・仁吉と佐助、妖(あやかし)たちなど登場する皆がとても魅力的で、それぞれのキャラクター像も鮮明で愛嬌があって、どこか突拍子もないけれども親しみもあって。だからこそ、二十年も愛されてきたのだと思います。

 一般的に妖って、怖いイメージがあるのに、著者の畠中恵さんはとてもコミカルにかわいらしく描かれていますし、ストーリーには人間ドラマがふんだんに盛り込まれていて、しかも江戸の町の暮らしを詳細に分かりやすく書いていらっしゃる。歌舞伎の世界に身を置く僕は普段から資料や台本を読んで、江戸の暮らしを知っているから余計にそう感じるのかもしれませんが、たとえば、日限(ひぎり)の親分が袖の下を渡されて生活していることや、火事になった時、普段の若だんななら使わないような安い四つ手駕籠(庶民用の簡素な駕籠)に乗ったという描写は、それぞれの立場での生活感が出ていて、とてもリアルでした。とりわけ駕籠に関しては、多くの人は一種類しかないと思っているでしょうから、そこで裕福さが分かるように書かれているのが面白くて、なんて親切な時代小説なんだろうって感銘しました。

 何より、人間と妖って、生きている時間軸が違いますよね。だから考え方も違うし、ずれが生じてしまう。そういう部分のやるせなさを全篇通して、何度も表現されているように感じました。

 ところで、なんと累計九〇〇万部を突破された「しゃばけ」シリーズは、最新刊『もういちど』の刊行に合わせて、Amazonオーディブルでオーディオブックの配信がスタートするのですが、第一巻の『しゃばけ』を僕が朗読させていただきました。いやぁ、なかなか難しかったです。

 まずは台本ではなく本で、最初は何も考えずに、普通に読み、二回目は自分が朗読しているつもりで、ゆっくりゆっくり読みました。このシーンがはまればうまくいくかなとか、この人物はこの場面が肝だなとか、いかに登場人物それぞれのいい台詞を感じ取れるかが勝負なので、それはそれは真剣に読んでいたのですが、その間、別の舞台の台詞、全然覚えられませんでした(笑)。

 全体の感じをつかんだら、次は個別にこのキャラクターはあの歌舞伎の演目の役に、雰囲気や間の取り方はあの俳優さんに近いかなとか勝手にイメージしてみました。

 歌舞伎では、台詞の言い方と音程で役を表現することがけっこうあって。極端に言えば、若い二枚目の役は高い音、ニヒルで強い役は低い音みたいなイメージがあるので、同じ手法を用いて、この音を出せばこの役だというのが自分の中で出来てくると、朗読しやすくなりましたね。

 それでも、台詞を言った後で地の文を読む時、人物の気持ちを引きずっていい場面とそうでない場面がありますし、地の文に感情を入れ過ぎても入れなさ過ぎても変ですし、その塩梅がなかなか。

 台詞の言い方も、違う性別のやりとりならまだ楽なんですが、成人男性ばかり、たとえば、仁吉、佐助、日限の親分、白壁の親分、藤兵衛お父さんが登場する場面は演じ分けが難しい。けれど、若だんなは唯一病弱という特徴的なキャラクターなので、わりと演じ分けしやすくて、何より妖、人ならざるものの話し方は、歌舞伎の話し方とマッチしているところがありました。難しいお仕事でしたが、様々な面で歌舞伎のお仕事に直結するところが多かったことが、『しゃばけ』を朗読する上での僕の武器でした。

 何より、時代物と歌舞伎は相性がいいです。話し方や音程もそうですが、映像だと所作とか言われるところの型のようなものが歌舞伎では台詞の話し方にありまして、たとえば、親分の話し方はこう、若だんなはこう、手代はこう、というのがなんとなくあるんです。江戸時代には副業がなかったので、自然とその職業ならではの型が形成されていったのですが、それを知っていることが何より、自分の強みじゃないかなって思っていました。だからこそ、そこにこだわろうと。片岡仁左衛門さんに教えていただいたのが、その役の話し方、緩急、音の使い方ももちろん大事だけれども、どういう生活を営んでその話し方に行き着いたのか、そういうところがいちばん大事なんだよ、と。そういう匂いがするように演じなさいと日頃から言っていただいているからかもしれません。「しゃばけ」シリーズの朗読は、僕だけでなく、歌舞伎俳優にとって得意なジャンルのお仕事かもしれませんね。

 シリーズで一番好きなキャラクターは、栄吉です。餡子作りが苦手だけれども、菓子屋に生まれた自分の宿命と向き合っているところがすごく好きですね。僕自身は父親に歌舞伎をやりなさいと言われたこともありませんし、未来を選べる立場でしたから、宿命を背負わされたわけではないので、栄吉のように思ったことはないんですけどね。自分の意志でこの道に進みたいと思って、もがいて、今に至るわけなので。

 よく自分がいなかったら、この役を誰が演じたのかなと考えてしまうんですが、若だんながお兄さんの存在を知って、「その男の子は、きっと体も強くて、おとっつぁんに似て大柄で。こういう風に生まれたらうれしかったと思えるような、そんな子に違いない」と話す場面がとても好きで、若だんなに共感というか、そういうところは似ていますよね。他にも、若だんなは一人では何もできなくて、妖や周りの人たちにたくさん助けてもらっていますが、そこは歌舞伎に似ています。歌舞伎も役者一人ではできません。他の役者さん、裏方さん、劇場スタッフさん、現場だけでも200人を超えるほどの関係者がいて初めて成立しますからね。

“中村隼人氏"

 僕は身体が丈夫なので、健康面では若だんなほど苦労はしていませんが、若だんなと同じくらい悔しい想いはいつもしています。いつだって、最初から演じ直したい、撮影し直したいと思っています。先日まで放映されていたNHK BS時代劇の「大富豪同心2」というドラマも、一話四十五分くらいの尺ですが、二時間くらいかけて毎回、見直していました。僕は不器用なので、周りの人より何倍もやらないと同じ土俵には立てない。役を自分のものにするのに時間がかかるので、自分の仕事は常に見返しています。先輩もそうされている方が多くて、皆さん、どこまでも進化されていく。その姿からいつまでも向上心を忘れたらいけないと教えていただきました。

 今年で芸歴19年なのですが、やっと歌舞伎の世界のスタートラインに立てたような、ここからがスタートというような感じです。作品も作者の意図も、いろいろなことが理解できるようになってきて、役を、どういう風に演じるのかが分かってきたような気がしています。

 とは言え最近、壁にぶちあたっているんですが、一生続けていく仕事をないがしろにできないし、そんな現実に対してとぼけることはできない。壁がなくなるまで、がんばるしかない。仕事が充実しないとプライベートも充実しないタイプなので、仕事を置いたまま、遊びにいく気にはなりません。そして、あと二年で迎える三十代を大事に過ごしたい。この期間は勝負と思っています。二十歳くらいの頃、先輩に「あんたが三十歳になるまでに主演ができなければ、この道をあきらめるか、脇に回りなさい」と言われたことがあるんです。その約束はまだ継続中だと、覚悟しています。

 もし、『しゃばけ』が歌舞伎になったら、墨壺を演じたいですね。墨壺は人間のせいで付喪神(つくもがみ)になれなかった哀しい大工道具なのですが、墨壺の計り知れない無念さには、人間以上に人間味が溢れていて、魅力的。悪役には同情できないことが多くて、けれども『しゃばけ』はすごく共感できて、僕はそこもとても良いなって思えたんです。

 けどまずはオーディブルが配信されたら僕は、「ゆっくり朗読できているかな」って期待しながら聴いて、期待通りではなくて、何度も何度も唇をかみながら、何時間もかけて聴き直すのでしょうね。

 (なかむら・はやと 歌舞伎俳優)

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