書評・エッセイ

2021年9月号掲載

男装ヒロインの戦いを描く、三川ファンタジーの新機軸

三川みり『龍ノ国幻想1 神欺く皇子』

大矢博子

対象書籍名:『龍ノ国幻想1 神欺く皇子』(新潮文庫nex)
対象著者:三川みり
対象書籍ISBN:978-4-10-180218-3

料理をモチーフにした中華ファンタジー〈一華後宮料理帖〉シリーズや、人間と妖精のラブロマンス〈シュガーアップル・フェアリーテイル〉シリーズで人気の少女小説の俊英・三川みりが、原点である本格ファンタジーで新潮文庫nexに帰ってきた。
 だが従来のテイストを想像して読むと背負い投げを喰らうだろう。ここには明るく頑張り屋の皇女も、ツンデレの妖精もいない。代わりに登場するのは、理不尽なハンデを背負わされながら「制度」や「慣習」に闘いを挑む者たちだ。
 舞台は、八つの洲が割拠する央大地(ひさしだいち)の内陸にある「龍ノ原(たつのはら)」。物語は「龍ノ原」を支配する皇尊(すめらみこと)の崩御から始まる。
 皇尊が崩御すると、新たな皇尊が即位するまでこの地では雨が続く。それは神代からの決まり事で、いつまでも次の皇尊が決まらなければ「龍ノ原」のみならず央大地全体が水に没してしまうことになる。
 先の皇尊には皇子(みこ)がいなかったため、血縁である三人の候補が立てられた。そのうちのひとりが本書の主人公、日織(ひおり)皇子だ。
 日織には何としても皇尊の座につきたい理由があった。「龍ノ原」の女性は生まれつき龍の声を聞く力を持つが、時々その能力を持たない女児が生まれることがある。そんな女児は「遊子(ゆうし)」と呼ばれ、役に立たない者として命を奪われてしまう。日織の姉も「遊子」で、無惨に殺されてしまった。
 こんな制度はおかしいと思った日織は、姉の復讐を果たすため、そして「遊子」を排除するという決まり事を変えるため、皇尊の座を目指しているのである。
 皇尊選定のため三人の候補に課せられた課題は、皇尊の資格を証明するあるモノを探し出すこと。無為に時間を費やせば国は水没してしまう。果たして日織はライバルより先に目的のものを見つけられるのか――と、これだけでもワクワクする設定なのだが、もうひとつ、極めて重要な設定がある。日織は、実は女性なのだ。日織もまた、龍の声が聞こえない「遊子」で、殺されるのを避けるため男として生きてきたのである。
 つまりこれは、生まれながらの性別と、持って当然とされる力を持たない、二重の秘密を抱えたヒロインの物語なのだ。
 序盤からこれらの秘密が少しずつ明かされていき、その度に「そうだったのか!」と前のめりになってしまう。実に上手い。他にも話が進む中で「ええっ!」「そういうことか!」とのけぞる展開や秘密があるのだが、その驚きは直接味わっていただきたいのでこれ以上は書かないでおこう。日織が女であることも「遊子」であることも、本来なら知らずに読んでいただきたいくらいなのだ。
 それでも、そのふたつだけはここで明かさざるを得なかった。なぜならそれが本書のテーマと密接につながっているからだ。
 実は差別されるのは「龍の声が聞こえない女性」だけではない。稀に生まれる「聞こえる男性」もまた、排除の対象なのである。何も悪いことはしていない、本人に責任があるわけでもない、ただその能力がない/あるというだけで当然のように差別される社会システム。
 また、女は皇尊になれないというのも、最初の皇尊が男だったからというだけに過ぎない。女ではダメだと神に言われたわけでもないのに、いつの間にか男しかその地位につけないことになっている。
 人と違うだけで、少数派であるというだけで、排除されてしまう――。本書はファンタジーだ。だが言うまでもなく、これと似た例は、現実にいくつもある。たとえば龍の声を聞く力を、「出産」や「見た目」などと置き換えて考えてみればいい。
 差別そのものもさることながら、それを当たり前のこととしてまったく疑問を抱かない人々の描写に背筋が寒くなる。根拠のないただの慣習がいつしか「常識」になってしまうことの愚かしさ。日織の気持ちや「遊子」たちの状況は、そのまま今の私たちの生きるこの社会なのだ。それをどう覆していくのか。覆せるのか。異世界ファンタジーとしてのロマンをたっぷり味わいつつ、その芯は実に骨太。なんとも楽しみなシリーズが始まったものだ。
 もうひとつ、本書を読む上で注目願いたいのが、謎解きの面白さである。物語の中盤で殺人事件が起きる。その真相がわかったとき、なんと細やかに伏線が張られていたことかと驚くに違いない。本書は本格ミステリとしても、なかなかに上質なのだ。
 日織の周囲を固める人物たちも皆とても魅力的かつ個性的で、早くも二巻が読みたくてたまらない。三川みりの新境地だ。今後が実に楽しみである。

 (おおや・ひろこ 書評家)

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