書評・エッセイ

2021年10月号掲載

「ぼく」とわたしたちの親離れ

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』

塩谷舞

対象書籍名:『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』
対象著者:ブレイディみかこ
対象書籍ISBN:978-4-10-352682-7

「売れすぎるとヤバい、ちょっといけないところに自分はきている」……というのは、先日のブレイディみかこさんとの対談中、『ぼくイエ』の87万部突破という大記録に触れた際、彼女から出てきた言葉だ。
 2019年6月に刊行された『ぼくイエ』は、日本全国の本屋を黄色く染めた。政治が不安定なとき、市井の私たちはどのように協力し合えばよいのか。思想が異なる相手と、いかにして歩み寄ればよいのか。2020年、疫病によって突然社会の惨状を直視せざるを得なくなった私たちの不安な心に、イギリスで力強く暮らす「かあちゃん」と息子の対話を綴った同書は、そりゃもう激しく響いたのである。社会問題を考えるための入門書としても愛され、迷える多くの読者にとって、著者は図らずも心の「かあちゃん」となってしまったのかもしれない。で、彼女のもとには、「答えを教えて!」という声が殺到したのではなかろうか。
 そんな大ヒット作の第2巻が出るというので、教えを請うような気持ちで読み始めたところ、冒頭に2つの格言が並んでいた。1つ目は『人間の本質についてわたしが本当に知っているたった一つのことは、それは変わるということである。』というアイルランドの詩人、オスカー・ワイルドの言葉。そして2つ目は『ライフって、そんなものでしょ。』というこの物語の主人公、つまり著者の息子である「ぼく」のつぶやきだ。これはのっけから、「なにか期待してもらってるかもしれませんけど、ここに答えはないですよ」とピシャリと私たちに忠告しているようにも読める。
 この本で描かれているのは、中学生の息子が参加する水泳大会や音楽会……の中にも潜む階級問題や人種差別などのタフな現実。渦中で葛藤する「ぼく」を前に、かあちゃんは答えを提示することはないし、息子だってかあちゃんが答えを教えてくれる存在だとも思っていない。たとえば「ぼく」が国語のスピーチを考えるシーンでは、この本の隠れテーマとも言えそうな台詞がちりばめられていた。
 多くの同級生が摂食障害やドラッグ、LGBTQといったある種身近な話題を選ぶ一方、「ぼく」が選んだのはホームレス問題。学校の近くにシェルターができるか否かという現状がある中、そのことを直接取り上げるのは反対派の人たちがいる手前少々角が立つので、彼は遠い日本のトピックを題材にした。それは大型台風が日本を直撃した際、台東区の避難所でホームレスが追い返されたという出来事で、BBCなどでも報じられ、日本人はあまりにも利己的な判断をしていると激しく批判されたらしい。が、本件への「ぼく」の考えは少し異なる。
「ちょっと想像してみて。ものすごい巨大な台風が来ていて、雨風も激しくなって、ここに入れてくださいってホームレスの人が訪ねてきた、その避難所に自分が勤めていたとするでしょ。そこで『ダメです』って言った人のことを僕は考えてみた」
 こうして他人の立場に立つ行為は、前作で「他人の靴を履く」という言葉で表されていたエンパシーそのものだ。彼の意見はこう続く。「……たぶん、その人はそのとき自分のことは考えていなくて、というか、自分のことを考えていたとしても、それは避難所にいるほかの人たちとか、一緒に働いている人たちが自分のことをどう思うかということを考えていて、なんていうか、うまく言えないんだけど、本当には自分のことを考えてなかったんじゃないかな」
 このスピーチは社会を信じること、というテーマに発展していく。が、そんな難題に制限時間たった5分で結論を見出すことは、誰にだってむずかしい。結局、『でも僕たちはそのことを考えるのをやめてはいけない』というありがちな終わり方になってしまい、高得点は貰えないかも……と悩む息子に、かあちゃんはこう返す。「そこまで大きなテーマを選んだんだったら、もう点数なんてどうでもいいよ。すごく難しいことは、バシッと言い切れる結論にはならない。何かを言い切ったほうがエンターテイニングだけど、わからないって正直に終わるのもリアルでいい」
 この台詞に痺れてしまった。SNSに並ぶネットニュースであれ、本屋に平積みされる新刊であれ、バシッと言い切るもののところに人は集まる。けれども、そうやって高得点を取ることより「わからない」と言えることのほうがよほど貴重であると、かあちゃんは示してくれるのだ。
 冒頭にあった「ぼく」の台詞はこう続く。「どっちが正しかったのかはわからないよ。僕の身に起きることは毎日変わるし、僕の気持ちも毎日変わる」「でも、ライフって、そんなものでしょ。後悔する日もあったり、後悔しない日もあったり、その繰り返しが続いていくことじゃないの?」
 需要をさらりと受け流すように、『ぼくイエ』はこの第2巻で完結する。それは思春期に入る息子との関係性に距離が生まれていく中での必然ではあるのだろう。けれども、著者を心のかあちゃんと仰ぎ、安直に答えを得ようとした私のような読者にとっても、「じゃ、あとは各々でね!」と親離れさせられているような気持ちにもなるのだった。

 (しおたに・まい エッセイスト)

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