対談・鼎談
2021年10月号掲載
岩井勇気『どうやら僕の日常生活はまちがっている』刊行記念特集
エッセイを書くことの“出口”って?
岩井勇気 × ジェーン・スー
10万部を突破したデビュー作から2年、お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気さんの第2弾エッセイ集『どうやら僕の日常生活はまちがっている』が刊行されました。芸人以外にゲームの原作・プロデュース、漫画の原作、俳優など多彩な才能を発揮している岩井さんですが、岩井さんたっての希望で、コラムニスト、ラジオパーソナリティ、作詞家と、同じく幅広い分野で活躍されるジェーン・スーさんとの初対談が実現!推し活から死生観、エッセイの地位への憤りと成田凌さんのことまで、話題は多岐にわたりました。
対象書籍名:『どうやら僕の日常生活はまちがっている』
対象著者:岩井勇気
対象書籍ISBN:978-4-10-352882-1
日常系エッセイはつらいよ
スー 4月に私のラジオ番組にゲスト出演して下さった際、美味しい海苔弁を紹介してくれて。あの後、リスナーがこぞって買いに行ってました。
岩井 「何か生活情報を」とリクエストされて絞り出した話だったので、喜んで頂けてありがたかったです。
スー 「旨い! なにこの貴族の海苔弁!」って、あの時はほとんどお弁当の話しかしなかったので(笑)、今日はゆっくりお話しできるのを楽しみにしていました。海苔弁の他にコープの冷凍オムライスも持ってきて下さって、あれも美味しかった~!
岩井 実家の母親が時々、僕の一人暮らしの家に食料や生活用品を届けてくれるのですが、その中に必ず入っているんです。
スー 1冊目に続き今作でも、お母さまとのエピソードが光ってますね。「珪藻土バスマットをめぐる母との攻防」なんて最高で、お母さまからの「卑怯者」という一言や徐々に恋人同士の喧嘩みたいになっていく濃密なやり取りが、私は母を早くに亡くしていることもあって羨ましくさえありました。
岩井 母親は1冊目のときから結構ネタを提供してくれるので助かってます。
スー それにしても、デビュー作が10万部を突破されたそうで、エッセイ集でいきなり10万部ってすごいです。
岩井 20刷りを目指していたら、19刷りまできたみたいです。
スー え、19刷り!? どれだけ刻むんだ、新潮社!
岩井 “牛歩刷り”って呼んでます。
スー もはやそれは「売り逃がし」と同じではないか……。これに関しては私の担当者も耳が痛いだろうな(笑)。
岩井 スーさんはエッセイの連載をたくさんされているんですよね?
スー 今は7、8本かな。
岩井 すごいですね。それだけ同時にやられていると「今月は書くことないな」ってなりませんか?
スー もちろんなります。岩井さんと同じで私も日常系のエッセイを書いているので、出掛けるのも集まるのも厳しくなった現在、特に難しいです。
岩井 僕も苦し紛れに幼少期のことを書くと、書けはするのですが、自分の中のストックがどんどん減っていく感じがして怖くなりました。それに、「普通のことしか書いてないけどいいのか……」と、いまも書きながらずっと照れています。
スー 職業病でしょうか。常に笑わせないといけないって考えてしまう。
岩井 最初は数行に一回は波風立たせようとしていたのですが、担当者から「小手先の笑いはいりません」と注意されて以来、やめました。
スー これだけ娯楽のジャンルが増えた今、小説ならまだしも、わざわざエッセイを読む必要って正直ないと思うんです。そういうなかで岩井さんのエッセイは「芸能人の日常」ではなくて、ただの35歳一人暮らしの男性の生活が描かれているところが、多くの読者を惹きつけているのではないかと。「わかるわかる!」って共感できるところが素晴らしいですよね。
岩井 ありがとうございます。「あるある」は意識して入れています。
スー それに、癒しと言うと下品だけれど、くすりと笑えて気持ちがほぐれるって良いエッセイの必要条件だなと改めて感じました。この「くすり」の加減がすごく大事なわけですが、自分の単行本の加筆修正をしている最中なこともあり、岩井さんの「くすり笑い」、参考にさせて頂きます(笑)。
死なないと思って生きている
スー 「地球最後の日に食べたいもの」についてひたすら考える一編も印象的でした。
岩井 よくあるテーマですが、そういう状況になったらきっとメシなんて食えないだろう、という着眼点だと面白いなと思って書きました。
スー なるほど。だからあの意外な答えに行き着いたのですね。
岩井 そもそも僕は「死にたくない」ってずっと思っているんです。だから「明日で人類最後だよ」って言われた時点できっと何も手につかなくなって、メシのことなんて考えない。
スー 私も同じテーマで考えたことがあって、若い頃は質より種類で「バイキング」でしたが、いまは「鶏ゆずそば」かな。または、「ここぞとばかりにハメ外しちゃえ!」と、小麦粉アレルギーなのにうどんやピザが食べられるな~なんてことも考えました。でもそれで思ったのは、普段日常を生きている理由って、「翌日のために生きている」ってことなんですよね。「明日があるから早く寝る」のだし、最終的には棺桶に足をスッと入れるために生きていることになるわけで……。
岩井 僕だったら、アレルギーのあるものを食べて、もし明日が来たらやばいじゃん? めちゃくちゃ高いものを食べたけど、最後じゃなかったら単に贅沢しただけじゃん?って考えます。
スー 地球最後の日って言われても信じないタイプだ。
岩井 「オレは死なない」って思って生きているタイプです。というより、死なないって思っていないと生きていられなくないですか?
スー 逆説的!
岩井 明日死ぬなら、楽しいことをやったとしても、死んだら楽しいことも無になるから結局意味がないよね?というふうに考えちゃうんです。
スー そうすると、例えば自分だけ不老不死で生き続けてもいいですか?
岩井 全然構わなくて、周りが死んでいっても、その都度新しい友達を作れば寂しくないじゃんって思っています。
スー となると、地球最後の日には、明日もこれまでと同じように過ごせるように策を練る? どこかの小説じゃないけど、酸素を確保するべく、体に自転車のチューブを巻いてみたり。
岩井 0・1パーセントでも生き延びる可能性が上がるのなら、やると思います。
スー ひねくれているようで、そこは素直なんですね(笑)。
一人で行ったメイド喫茶で考えたこと
スー 読んでいて驚いたのですが、普段電車によく乗られたり、一人で映画館に行かれたりしていて、顔バレしませんか?
岩井 あまりなくて、バレても話しかけられるタイプではないというのもあるかもしれません。そういえば「これは一人で行くことだよな」と、先日初めてメイド喫茶にも行って来ました。
スー おー! どうでしたか?
岩井 メイド喫茶自体は楽しくてハマりそうな予感がしましたが、「一人で何してるんだろう、気持ち悪いなオレ」ということを常に自覚しながら話す自分が一番キモいなという意識がずっと頭から離れませんでした(笑)。
スー 自意識が邪魔をするんですね、とてもよくわかります! それでいうと、最近私は、働き出してから初めて仕事以外で充足感を得られるものに出会いました。誰かを応援することの楽しさと幸せを噛み締めながらも、ようやく訪れた“推し活”は、まさに自意識との戦いで。「なぜ私はこのアクリルキーホルダーを6個も買っているのだ、気持ち悪いな」とか考えてしまいます。やりたいことを素直にやるためのリハビリとして、フィルタをかけた自撮り写真をインスタに載せてみたり、宣伝のためのリツイートを頑張ったりもしているのですが……。
岩井 自意識に捉われすぎると不便なことがありますよね。「誰かに褒められた」とか、「○○さん(有名人)とご飯行きました」とか、僕も自分からはなかなか言えないです。
スー そういう自意識が私を私たらしめているとも思いつつ、なんのてらいもなく言えた方が人生楽しいだろうなぁと。
岩井 僕の場合、その結果として何が生まれるか、ちゃんと「お笑い」に結びつくのかということを、ついつい考えちゃいますね。
スー となると、「明日死ぬ」って思っていた方がいいってことじゃない?
岩井 いやいや、死なないんですよ~(笑)。
スー そこはやっぱり譲れない(笑)。
初小説は“ほぼほぼエッセイ”
スー 今作では初めて小説も書かれたのですよね。「僕」が表の世界から裏の世界に行ってしまう不思議な設定なのに、細部のリアリティがすごく丁寧に描かれていてとても面白かったです。
岩井 ありがとうございます。さも当たり前のように、担当者から「次は小説を書いて下さい」って言われたので書きました。
スー あはは!(笑) エッセイでとれる賞が今はほとんどないからなのか、編集者は小説を書かせたがりますよね。困る。
岩井 それが問題なんですよ。エッセイの「出口」って何だ? 何を目標にして書いていけばいいんだ?ってわからなくなっています。
スー 我々の場合、すべって転んだって話を書いて何万円かもらえるわけですから、こんなにいい仕事はないとも思いませんか?
岩井 それ、一番騙されてます! 例えばそのエピソードを小説に変換して書くと多分もっともらえるんですよね? 書く労力としてはそれほど変わらないだろうに、小説の方がエッセイより上なのかって段々腹が立ってきて。そもそも小説の書き方自体もよくわからないから、エッセイみたいな話を書いて「小説」ってつければそれでいいだろうという考えで書きました。だから強いて言えば、「エッセイも小説も一緒だぞ」と世間の意識を変えることが今後の目標ですね。
スー “エッセイ地位向上委員会”を立ち上げた!(笑) でも確かに、岩井さんも本人役でご出演して下さいましたが、私が父のことを書いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』のドラマ化のお話を聞いたとき、「エッセイなのに実写化?」と驚きました。
岩井 いいドラマでしたよね、かなり話題にもなりましたし。
スー 原作に愛情をもって丁寧に作って頂けて、本当にありがたかったです。しかも映像化のお話を頂く前に「ジェーン・スーを実写化するなら、最上位変換で吉田羊さん!?」なんて私がラジオで馬鹿馬鹿しく話していたことを実現しても下さって。実際に吉田さんにお目にかかったらもちろん全然似てなくて、「役者さんってスゲー!」ってなりました(笑)。岩井さんの実写化って誰だろう?
岩井 以前クイズ番組で、「この中で長谷川博己さんでない人はだれ?」という問題で、一人だけ僕の写真があったことはありました。
スー なんちゅうクイズだ(笑)。30代くらいの俳優さんだと誰かな……成田凌さんとかどうですか?
岩井 いいですね~一番いい! 成田さんにお願いしましょう!
スー 雑誌の表紙なんかも一緒にやっちゃうし、成田凌ファンがラジオにメールくれたりもしちゃうかも。
岩井 エッセイでも楽しいことありそうですね(笑)。
(じぇーん・すー コラムニスト)
(いわい・ゆうき 芸人)