書評

2021年10月号掲載

『燃えよ剣』映画化&漫画化記念エッセイ

永遠に眩しい原点

小松エメル

対象書籍名:『燃えよ剣』(上・下)
対象著者:司馬遼太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-115208-0/978-4-10-115209-7

 小説を読むのがこんなに好きなら、書く方もできるかも……そうだ、作家になろう。大学は史学科に行って歴史を勉強して、いつか新選組小説を書くんだ。
 高校三年生の夏に決めた進路はほとんど思いつきだったが、若さゆえか、それができないとはちっとも思わなかった。実際、大学卒業後に作家デビューし、数年後には新選組小説を書いていた。『夢の燈影(ほかげ)』、『総司の夢』、『歳三の剣』は本になり、他にも長編ひとつと、いくつかの短編をまとめたものがそれぞれ出版される予定だ。私の新選組への想いを知っている人たちは、「夢が叶ってよかったね」と言ってくれた。ありがとうと喜びつつも、私は内心首を傾げていた。
 夢が叶った――そう思えた瞬間は、はたしてあっただろうか?
 デビューが決まったときは嬉しかった。はじめて本が出たときは安堵したし、続刊が決まったときは、この物語の続きが書ける! と胸が躍った。売れ行きが芳しくなく、打ち切りになったときは落ち込みもしたが、もっと楽しんでもらえるものを書こうと前を向いた。書きたいものはたくさんある。デビューして十年以上経っても、作家としてはスタートラインに立ったばかりだ。だから私の夢は、きっとはるか遠くにあるのだろう。それが何であるのかもまだはっきりと見えてはいない。
 しかし、「新選組作家」としての夢を考えるのなら、答えは簡単だ。司馬遼太郎『燃えよ剣』――これこそが、新選組作家の夢である。
 以前書いた司馬遼太郎氏についてのエッセイには、「司馬遼太郎の存在感」というタイトルをつけた。今なら「『燃えよ剣』の呪い」にするだろう。彼の作品が想像以上に大きな存在だと気づいたのは、自身が新選組小説を発表したあとだった。読者の感想や賞の選評には、必ず『燃えよ剣』が登場した。
 この土方歳三は繊細すぎる、近藤勇はこんな知恵者じゃない、土方は思い悩んだりしない、私の知っている新選組と違う!――私の新選組小説は、『燃えよ剣』のイメージと全く合っていないらしい。人々の中では、新選組=『燃えよ剣』で、それは決してぶれることのない真実なのである。発表されてから数十年経っても、これほどまでに皆の心の中に生き続けているとは……これを呪いと言わずに何と言おうか。
 なるべく影響を受けぬように遠ざけていた『燃えよ剣』を最近読み返している。岡田准一氏主演の実写映画が公開される今年、初の漫画化も決定した。その脚本を、なんと私が担当することになったのだ。お話をいただいたときは、ドキドキとワクワクが止まらなかった。新選組ファン冥利に尽きるというものである。そして、これによって呪いから解き放たれるのではと淡い期待も抱いたが――そちらはまだ無理であるようだった。
 司馬さんの作品は、司馬さんのものだ。私が少し手を加えたからといって、私のものになるわけではない。だが、私の好きな新選組を、土方歳三を、原作に忠実にしつつも描くことはできる。もちろん、私が出せるのはアイディアだけで、実現してくれるのは作画担当の奏ヨシキさんだ。彼が魂を込めて描いてくれれば、素晴らしい『燃えよ剣』ができると確信している。なじみ深い部分を残しながら、新しい土方歳三が、新選組が見られるはずだ。
 今回の実写映画化と漫画化で、『燃えよ剣』の呪いはさらに強まるかもしれない。しかし、私の心は晴れやかだ。久方ぶりに読み返した『燃えよ剣』はどこまでも格好よく、土方歳三はやはりこうでなくっちゃと思ったからだろう。
 この眩しさを胸に刻みながら、私はこれからも違う道を行く。光があれば影もある。私は後者の道を進み、ときおり振り返っては光を見つめる。あまりの眩(まばゆ)さに、自分を惨めに思うことがあるかもしれない。けれど、それが私の道なのだ。これから新選組を書こうという人には、どうかいろんな道を作って、それぞれの新選組を見せてほしい。そうすることでやっとこの呪いは解けるのだろうから。

 (こまつ・えめる 作家)

 映画『燃えよ剣』(原作・司馬遼太郎/主演・岡田准一/監督脚本・原田眞人)は、2021年10月15日より全国東宝系で公開。
 漫画『燃えよ剣』(原作・司馬遼太郎/漫画・奏ヨシキ/脚本・小松エメル)は、2021年10月21日発売「月刊コミックバンチ」12月号より連載開始。

 【新潮文庫】『燃えよ剣』(上・下)は幕末を舞台に、剣に生き剣に死んだ男、新選組副長・土方歳三の強く鮮やかな生涯を描く――。百姓の子「バラガキのトシ」は、組織作りの異才によって、新選組を最強の浪士集団へと作りあげ、おのれも思い及ばなかった波紋を日本の歴史に投じてゆく。「幕末もの」の頂点をなす、累計四七〇万部を超えるベストセラー。

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