書評・エッセイ

2021年11月号掲載

『2』はつらいよ

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』

東畑開人

対象書籍名:『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』
対象著者:ブレイディみかこ
対象書籍ISBN:978-4-10-352682-7

『2』はつらいよ。たとえば、ニューヨークに舞台を移した『ホーム・アローン2』のような大成功事例もあれば、『1』で除霊したはずの悪魔が実はまだ生き残っていたという設定で観客に虚無感を植え付けた『エクソシスト2』のような大失敗事例も数多ある。
 優れた『1』があったからこそ、『2』があるわけだが、『1』の物語をさらに豊かにしてくれる『2』もあれば、『1』の思い出を台無しにしてしまう『2』もある。二世議員や二代目社長と同じように、『2』には『2』の孤独な戦いがあるのである。

 というわけで、『ぼくイエ2』。文芸書の『2』というのは非常に珍しいので、発売を知った頃から、私の心にはさまざまな野次馬的憶測が吹き荒れていた。
 ニューヨークに舞台を移すのではないか? 「おおよそレッド」な少年や「大体においてパープル」な少女がクラスに転校してくるのではないか? などと、事前に不吉なことを考えるのも、『2』特有の楽しみではあるのだが、それらはすべて裏切られた。二代目は素晴らしかった。先代が築いた事業をきちんと引き継ぎ、豊かに発展させていたのだ。
『ぼくイエ2』で、少年の心はより複雑になり、葛藤を増している。その結果、彼が生きている世界は広がり、深まっている。だから、私個人としては、『ホーム・アローン』と同様、『ぼくイエ』も『1』より『2』の方が好きだ。

 その理由はいくつもあるのだけど、一番重要なのは父のテーマだと思う。大人になりゆかんとする少年は、世界がいかに存在しているかを、以前よりも現実的に見ようとしている。すると、視界には父の傷つきが立ち現れる。
 たとえば、次のようなシーンがある。ある日、数学のテストに失敗した少年を父が怒鳴りつける。言い訳するな、なぜもっと勉強しなかったのか。だけど、その果てに父は言う。「頼むから、俺みたいにはなるな」
 これが少年を傷つける。「そういうことを子どもに言わなくちゃいけない父ちゃんの気持ちを考えると、なんか涙が出てきちゃって……」。大泣きする。
 かつて発達心理学は思春期を次のような時期として語っていた。幼いころにはスーパーマンのように見えていた親が、社会の凡庸なメンバーであったことを知り、そのうえでその凡庸さの偉大さを知ることで、新しい関係を構築していく。そのために子は強い親と対決しなければならない。
 だけど、少年が目にしたのは、壊れゆく社会によって痛めつけられている父親だった。危機だ。『1』の頃から、少年は学校生活に立ち現れる社会の残酷さについて考え続けてきたわけだが、その破壊が彼自身の家庭にまで及んでいて、深手を負わせていることに気がつくからだ。
「俺みたいにはなるな」。弱くて、傷ついていて、社会の被害者であるのに、深い自己嫌悪に苛(さいな)まれている父。ならば、そういう社会で誰のように生きればいいのか。このとき、かつてはあった凡庸さの偉大さが失われている。安定した豊かな社会で構築された発達心理学では想定されていない「発達課題」が示されているのである。
 ここにもう一人の父が登場する。著者である「母ちゃん」の父、つまり少年の祖父だ。少年の父と同じように労働者階級であった祖父もまた、かつて「俺みたいにはなるな」と言って、母ちゃんを傷つけた。だけど、その祖父が精神を病んだ祖母のケアを続けてきたことが本書では物語られる。そのことが、少年の心に深い感謝を芽生えさせる。
 少年が感受したのは弱さの中の強さだ。それは傷つきを抱えながらも、傷ついた人をケアできる深い力だ。ここに壊れゆく社会の中で、それでも傷ついた人と人とがつながっていける希望が見出される。それこそが、少年の父にも宿っている偉大さだ。

『2』はつらいよ。子は親の歴史の中に生れ落ちざるをえない。親ガチャの結果として、そして社会ガチャの結果として、子はある。そこには理不尽さがある。だけど、その現実と向き合い、格闘し、ケース・バイ・ケースで自分なりの答えを出すことには報酬がある。葛藤する心は、自分についてのオリジナルな物語を紡ぎだすからである。そういうとき、『2』は豊かだ。
 だとすると、やはり思ってしまう。本書の帯には「ついに完結!」と書かれているが、これは『3』があるのではないか。まだ語られていない物語があるからだ。
 そう、母だ。少年はまだ母ちゃんとの対決を残している。弱くて強い男性と結びつき、自分を生み、育ててきた母。そういうもう一つのストーリーがまだ残されている。
『スター・ウォーズ』みたいなものだ。この家族は3つの物語が絡まり合ってできているのだから、どうしても三部作になってしまうのではないか。と、ファンたちから思われてしまうのも、『2』のつらいところなのである。


 (とうはた・かいと 臨床心理士)

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