書評

2021年11月号掲載

最新のテクノロジーと偉大な遺産

結城真一郎『救国ゲーム』

千街晶之

対象書籍名:『救国ゲーム』
対象著者:結城真一郎
対象書籍ISBN:978-4-10-352233-1

 次にどんな手で勝負を挑んでくるか全く読めない作家――第三長篇にあたる本書『救国ゲーム』を含む今までの作品から受けた、結城真一郎という作家の印象である。
 第五回新潮ミステリー大賞を受賞したデビュー作『名もなき星の哀歌』は、記憶の取り引きという設定を盛り込んだ青春ミステリ色の濃い物語であり、第二長篇『プロジェクト・インソムニア』は、特殊設定ミステリが花盛りの現在でも決して作例が多いとは言えない、夢の世界を扱った本格ミステリだった。特殊設定という共通点はあるとはいえ、この二作は読み心地が全く異なっており、一筋縄ではいかない作家だという印象を受けた。
 では、「#拡散希望」で第七十四回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した後の初の長篇となる本書は、どのような小説なのだろうか。
 岡山県の奥霜里(おくしもさと)という集落へと向かう道で首なし死体が発見された。被害者の神楽零士(かぐら・れいじ)は東大卒の元経産官僚で、六年前に奥霜里に移住するや、消滅寸前だったこの過疎集落をあっという間に復活させた。日本が直面する「山村集落の過疎化問題」という課題に、ある種の解答例を示したのだ。そんな国民的スターの彼に、動画投稿サイトに現れた《パトリシア》と名乗る匿名の人物が喧嘩を売る。《パトリシア》は「経済的に不合理なすべての地方都市を放棄し、あらゆる政策資本を大都市圏にのみ集中投下すべき」という過激な主張を掲げ、神楽を「綺麗ごとを抜かすだけの“理想主義者”」と切り捨てる。あまつさえ、《パトリシア》はすべての過疎対策関連予算・施策を撤廃し、それらの政策資本を政令市および東京特別区のためにのみ投ぜよ、六十日以内にそれが行われなければ次なる行動に出る――と政府に要求して姿を消したのだ。神楽の死体発見後、再び現れた《パトリシア》は神楽殺害を告白し、地方在住のすべての国民を人質に取り、ドローンを用いた新たなテロを予告する。《パトリシア》の主張の是非をめぐって世論が真っ二つに割れる中、テロを阻止すべく行動を開始したのは、奥霜里に住むカリスマブロガーの晴山陽菜子(はれやま・ひなこ)や、彼女の元同級生のエリート官僚・雨宮雫(あめみや・しずく)たちだ。
 さて、この殺人事件は不可解なことだらけである。神楽の胴体は、住民の足とも言うべき自動運転車両『スマイリー』に乗せられていたが、車が第一発見者の目前で炎上したため、胴体は損傷が激しい状態だった。ところが、神楽の頭部はドローンに据えつけられている物資輸送用のボックスからあっさり見つかっている。つまり、身元を隠すことが首を切断した理由とは考えられず、犯人の意図が全くわからないのだ。他にも、頭部をどのように輸送したのか、明らかに計画的犯行なのに凶器としてその場にたまたまあった鋸を使ったのはどうしてか……等々、謎は幾つもあって、そのすべてに合理的説明をつけるのは至難の業としか言いようがないのである。
 官僚の雨宮は性格には難ありの変人だが(元同級生の陽菜子に言わせれば「人でなしのろくでなし」)、その頭脳は凄まじいほどの切れ味を見せる。切れ者すぎて、物語がまだ半分以上残っている時点で犯人の名前を指摘してしまうのだが、各章のあいだに「犯人の独白」という断章が挟まっているため、読者には雨宮がその名前を挙げるより早く、犯人が誰なのか見当がつくようになっている。
 犯人当ての趣向を半ば放棄した代わり、本書は「どうすればその人物に犯行が可能だったか」というハウダニットの興味を前面に押し出している。中でも面白いのは、神楽の頭部を運んだドローンをめぐる推理だ。ドローンという現代的なテクノロジーの産物がモチーフとはいえ、私はこの推理のくだりを読んで何故か懐かしい印象を受けたのだが、その理由を考えてみると、F・W・クロフツの『樽』や鮎川哲也の『黒いトランク』といった、往年のアリバイ崩しものの古典を想起させるからではないかという結論に至った。樽やトランクの代わりに、本書ではドローンをめぐる緻密なアリバイ崩しの過程が読みどころとなっているのであり、テクノロジーが進化しても過去の偉大な遺産を活用してミステリを書くことは充分に可能なことがわかる。温故知新とは本書のような試みを指すのだろう。
 他にも、本書には地方の過疎化というこの国がまさに直面している問題を扱った面もある。政治的テーマを扱った近年の本格ミステリとしては、市川憂人の『神とさざなみの密室』あたりと並んで出色の出来と言えるだろう。著者はまだどれだけ多くの抽斗(ひきだし)を持っているのだろうと、空恐ろしく感じたほどの出来映えである。


 (せんがい・あきゆき ミステリ評論家)

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