書評・エッセイ

2021年11月号掲載

「きれいな体」への祈りと約束

本城雅人『黙約のメス』

縄田一男

対象書籍名:『黙約のメス』
対象著者:本城雅人
対象書籍ISBN:978-4-10-336054-4

 私はいま『黙約のメス』を読み終えて、隅々まで行き届いた作者の計算と、その計算を度外視して湧き上がってくる無限の感動を覚えつつ、これこそが読書の快楽だと思わずにはいられない。
 主人公は、肝胆膵(肝臓・胆道・膵臓)部門のエキスパートである医師・鬼塚鋭臣だ。
 主人公と言っても、作者は彼の内面を一行たりとも描いてはいない。描かれているのは彼をめぐる人々の物語であり、こうした多視点の語り手を設ける事によって、多面的な鬼塚の像が浮かび上がってくる。
 鬼塚は四国のR県潮市にある「潮メディカルセンター(UMC)」の第二外科部長で、帝都大の准教授だった人物。鬼塚が招聘されたのは、ここを最先端の医療センターとして全国に広めるというビジョンを持った理事長・繁田幹男の目論見で、UMCを全国でも二十五程度しか認められていない『脳死肝移植施設』とするためだった。
 だが、そのためにはいくつか基準があり、その一つが「期間内に三十例以上(の生体肝移植を)経験した術者が常勤していること」だった。だが、地方県でそのような例はなく、ために東京で数多くの生体肝移植の経験のある鬼塚を招き認可を得たのである。
 がこの鬼塚、各章の語り手から見れば、ダンディーだが、眼光鋭く、底が知れぬ人物。はやばやと医師として自覚の足りない研修医のキャリアを潰すが如き真似を平然と行い、移植の相手を、当初予定されていた患者から将来のオリンピック選手と地元紙が報じた中学生に変更。手術を成功させ脚光を浴びる。
 この医師、はたして、善か悪か。
 そんな中、ジャーナリズムは前の病院で鬼塚が犯したとされる医療ミスを暴いて“現代のブラックジャックか、それとも切り裂きジャックか”などと書き立てる。
 そうしたマスコミの急先鋒に医療ジャーナリスト・山際典之がいる。彼は鬼塚の正体を暴く事が友人の弔合戦だと思っているのだ。
 作者はそうした中でUMCの病院長・仙谷博や、第一外科部長・仙谷杉彦、そして経営者である繁田幹男といった体制、もしくは体制寄りの人物の動向も記していく。
 特筆すべきは、仙谷杉彦の登場の件であり、ここのみ抜き出せば、一篇の鮮烈な恋愛小説の趣きすらある。
 恋愛小説と言えば、厚生労働省医系技官・鷲尾緑里の鬼塚との関係も、同じ原風景を持った者同士の愛と憎しみの物語と言えるかもしれない。そして緑里が鬼塚に迫れば迫る程、読者には彼の真実が見えてくるという構成も皮肉である。
 物語は、こうした人々のあいだを巡りながら、鬼塚の良き片腕である移植コーディネーター・田村美鈴を最後の語り手としている。
 後半は、臓器売買の汚名を着てまで、一人の外国人少女の命を救う鬼塚らの活躍が描かれている。そして私たちはこの作品が大団円へ向かうにつれて、初めて鬼塚の真意を知る事になるのである。
 読者は、本を読み終えたら、涙をぬぐう暇もなく、プロローグに戻って頂きたい。そこで私たちは理解する――鬼塚の「きれいな体」への祈りと約束を。そして『黙約のメス』の“黙約”の意味を。
 作者は、この一巻の中で様々な現代の医療問題から、医療が結ぶ日本と世界の関係等をも明らかにしていく。
 その中で、作者が私たちに突きつけるのは「抜きさしならない命」というテーマであろう。患者にとって「大事な命」は、しかしながら、医師にとってはone of them、だからこそまた、「抜きさしならない命」なのである。
 人間の中で、神に最も近い存在があるとすれば、それは医師である。医師はその重みを背負いつつ、メスをふるわなければならない。
 だが、医界はきれいごとだけで済ませられる世界ではない。権力や欲望が渦巻いている。その中で「黙約」を貫き通した男、鬼塚――本書は令和の輝かしき医療小説の金字塔となるだろう。


 (なわた・かずお 文芸評論家)

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