対談・鼎談
2021年11月号掲載
千早茜・新井見枝香『胃が合うふたり』刊行記念鼎談
最高の相棒は食卓にいる
新井見枝香 × 千早茜 × トミヤマユキコ
食に懸ける情熱、味覚の確かさ、胃袋のサイズが奇跡的にマッチした千早さんと新井さん。
共にした11の食事風景をそれぞれの目線から描いた絶品Wエッセイ集の舞台ウラに、
「実は二人の関係性に嫉妬していた」というトミヤマさんが鋭く迫ります!
対象書籍名:『胃が合うふたり』
対象著者:千早茜/新井見枝香
対象書籍ISBN:978-4-10-334193-2
トミヤマ 『胃が合うふたり』、うっかり一気に読んじゃいました。
千早 うっかり、とは?(笑)
トミヤマ お仕事として読むんだから、メモを取りながら読み進めなくちゃと思っていたんですよ。でも途中で止まらなくなっちゃって。「yom yom」連載時も読んでましたけど、一冊にまとまるとさらにいい!
新井 どうもありがとう。
千早 嬉しい。この本にいただいた初感想です。
トミヤマ 好きな食べ物や胃袋のサイズ感はぴったりなのに、エッセイの色合いは全く違う。そのギャップがたまらなく面白かったです。あと、序盤は仲良し二人組がキャッキャしながら書いた共作エッセイなのかなと思わせるんだけれど、だんだんお互いの人生の話が入ってくるでしょう。
千早 そう、不穏になってくる。
トミヤマ そこがすごくいい。もちろん食いしん坊の二人だから、食べてるものは全部おいしそうなんだけれど、だからといって「ここに載ってるお店に行ってみた~い」で済むような甘っちょろい本ではないということは、ここでハッキリ言っておきます。
千早 これを書いた2019年夏から今年の春まで、世界も私たちも変化しましたからね。特に新井どん。2章の〈歌舞伎町ストリップ編〉では一緒にストリップ劇場の客席に座っていたのに、6章の〈高田馬場茶藝編〉で踊り子デビューを発表し、8章の〈福井・芦原温泉編〉ではもう踊り子の顔になっている。私は長年住んだ京都から東京に引っ越すことになったし、もちろんコロナもあって。
新井 はからずも、非常に面白い記録になったよな。
トミヤマ 二人の人生が一番動いた時期に奇しくもコロナ禍が重なり、生きていくことのややこしさが見事に描き出された感じですよねえ。
新井 じつにおっしゃる通りだね。
千早 え、謙遜しないの?
新井 しないの(笑)。
二人の仲は磯野と中島
トミヤマ 新井さんは傍から見ると、本に惚れ込んで「新井賞」を立ち上げるくらいだから、基本は行動的だし明るいキャラクターなんですよ。でも今回はご自身の内面をかなり掘り下げて書いていましたよね。
新井 そうだね。内面を出さずに書く方法もあったとは思うけれど。
トミヤマ 新井さんのファンがこれを読んで、こういう新井さんもいいなって思ってくれると嬉しいですね。
新井 そうなるといいなあ。
トミヤマ 連載開始時には、まさか自分が翌年ストリッパーデビューをするとは思ってもいなかったでしょう。
新井 うん。だけど、考えてみれば本屋になることも全く想像していなかったし、踊り子になったことが人生の一大事とも思っていないし、自分では全て流れに乗っているだけなんだよね。むしろ書店勤めがこんなに続いてる方が凄いなと思ってる(笑)。
トミヤマ 書店員の新井さんは私の大恩人です。私の初著書『パンケーキ・ノート』をやたら売ってくれている書店員さんが有楽町の三省堂にいると聞いて、挨拶に行ったのが記念すべき初対面でした。無名のライターが書いた本なのに、あちこちの棚に置いて猛プッシュしてくれて。
新井 文芸書担当なのに、パンケーキの本を売りまくった(笑)。あの時はわれながらやりたい放題だったなあ。
トミヤマ 千早さんとは女性の出版関係者ばかりの食事会で「初めまして」だったんだけれど、小柄なのにすごい量の肉を食べていて仰天した記憶が。
千早 覚えてます。トミヤマさんとはタクシーの中で駄菓子について熱く語りましたよね。
トミヤマ 本当ですか、それ全然覚えてないよ……。とにかく二人とは食べ物を通じて出会い、ツイッターもフォローしていたんですけれど、いつの間にやら二人がSNS上で熱心にやりとりし始めたんですよ。東京と京都に離れて住んでいるはずなのに、しょっちゅう一緒にご飯食べたり、旅行に行ったりする様子がタイムラインに流れてきて、私、二人の関係に猛烈に嫉妬してました。
新井 ほほほ。ありがとう。
千早 そこ、お礼言うところ?
トミヤマ でも『胃が合う』を読んだら二人の稀有すぎる関係性がよく分かって、相変わらず羨ましいですけど、嫉妬心は消えました。私には手が届かないって諦めがついた(笑)。だからせめて二人の世界を間近で見るぐらいは許してねと、かぶりついているところ。
千早 そうでしたか。二人は思っていたほど仲良くないんですね、って言われるかなと予想してました。
トミヤマ たしかにベタベタした仲の良さではないですけど、湿度がないのがいいんですよ。二人は「餌場が同じ野良猫」と表現していたけれど、食べる時は最高の相棒で、食べ終わったらサッと解散なんて、なんだか『サザエさん』の磯野と中島みたいなバディ感があるじゃないですか。
千早・新井 磯野と中島!(笑)
トミヤマ 「磯野、野球やろうぜ!」と中島が誘いに来たら、カツオは絶対に応じる、みたいな。そんなパートナーシップがたまらなく私好みで、ますます二人が好きになりました。
脳の構造と着地点
トミヤマ 『胃が合う』は新井さんが先に書いて、千早さんが受けて書くスタイルだけれど、「こんな球を投げてやろう」「こう受けてやろう」という意識はあったんですか?
新井 オレは、ちはやんのことはあまり考えないで書いたかな。それどころか、何のために何を書いているのか分からなくなってきて、毎回取材したこととは全然違うことを書いてしまった。なにせ枚数の目標も設けず、自分の気が済むところまで書いたらそこで終わり、というスタイルだから。
トミヤマ マジですか。そんな書き方できるなんて逆に凄いよ。
千早 新井どんは取材日から締切まで時間が空くと取材内容を忘れちゃうんですよ。だから締切の直前に取材しないといけない。
トミヤマ 千早さんはそんな新井さんのやり方に合わせていったんですね。
千早 私はこの共作エッセイを、想定外の球を打ち返すトレーニングと位置づけてましたから(笑)。大変だけど、すごく楽しかった。小説ばかり書いていると勝手知ったる自分の世界とばかり向き合うから、書き手としての筋力が落ちる気がしていたんですね。その点、新井どんは想定外の球しか投げてこないから理想の相棒。
新井 でも、ちはやんの方が文章うまいのに、ここはこうしたらとか、アドバイスは一切くれなかった。
千早 アドバイスする余裕なんてなかったよ。むしろ新井どんは私とは全然違う発想力を持っているんだと感心してた。〈福井・芦原温泉編〉なんてタイ古式マッサージの話から入って、おいおい大丈夫かと読んでいたら、ちゃんと繋げたし、うまいと思う。
トミヤマ たしかに新井さんの文章は思いがけない場所に連れていかれる感じがありますね。それでいて毎回ちゃんと着地するから驚いちゃうよ。
新井 全部偶然。たまたまですよ。
千早 そもそも脳の構造がちょっと変わってる気がする(笑)。普段しゃべっていても、話題の繋げ方が独特だなあと思うもの。その点、私のエッセイは秀才っぽいというか、意外さがない。私自身が面白みのない人間だからなのかなあ。
トミヤマ いやいや、そんなことはないですよ。千早さんは文章のプロで、新井さんの方がキャリアは短いわけだから、その二人が書く時には微妙なパワーバランスやマウント感が生じることだって十分ありうると思う。でも千早さんは常に対等なんですよね。どっちが上とかじゃなく、「あなたが明るく軽やかにやるなら、私はしっとり冷静にやるわよ」みたいなバランス感覚が読んでいて気持ちよかったです。
新井 マウント感……そうか、そんな関係性も存在しうるのか。この二人の間では考えたこともなかったな。
千早 そもそも自分より下手だと思う相手とは最初から組みませんよ。
トミヤマ お、言い切りましたね。かっこいいな。この言葉は、絶対に誌面に残さなきゃ。
たとえ内緒の話を書かれても
千早 ただ一つ参ったのは、私が京都から東京に引っ越す予定なのを新井どんにあっさり書かれたこと。東京に移ってからも何カ月かは伏せるつもりだったのに、新井どんから来た原稿を読んで「ええ!」ってなった(笑)。
トミヤマ あれには笑いました。「まだ内緒にしてるから書き換えて」と言えば済む話だけれど、千早さんは結局書き直させなかった。
千早 いえ、実はチラッと抵抗したの。「東京に行くことは伏せてたつもりなんだが」とLINEを送って。でも返ってきたのがチーズ四種盛りかき氷の写真で、こりゃ駄目だ、と諦めました(笑)。
新井 書き終わったら、自分が書いたことを全部忘れちゃうからなあ。
トミヤマ 実は私はそれを読んで、感動したんですよ。だってこの本を読むと千早さんってこだわりの強い人じゃないですか? スーパー銭湯で使ったボディケア用品の匂いに耐えられなくて帰ってからお風呂に入り直すとか、こだわりが色々あるでしょう。
千早 ええ、ありますね、偏屈なので。
トミヤマ なのに新井さんが書いてきた原稿に対しては、こだわりスイッチが作動してない。それは新井さんの投げた球がどんな球でも受け止めるという覚悟が千早さんにあるからかなって。
千早 私は新井どんのことを全くの他人だと思っているので、何をされてもイラッとしないんですね。家族や恋人は混じり合ってしまう面があるので、想定外のことをされるとイラッとする瞬間があるけれど、新井どんには全く感じない。新井どんも私が大ミスをやらかしても全然イライラしないから、すごくありがたいんですよ。
新井 オレは自分にしか興味がない人間だから、他人に何をされても全く気にならないんだよ。
予定が狂っても「最高だった」
トミヤマ あの、新井さんはひょっとして人間の世界にあまり興味のない妖怪なんじゃない?
新井 妖怪?
トミヤマ 人間が生きづらさを感じる原因のほとんどは、人間界の掟に合わせるのがしんどいからだと思うんですね。だから私、自分は半分妖怪なんだと思うことにしてる。「妖怪の割には人間界でそこそこやれてるじゃん」と考えた方が生きるの楽でしょ?
新井 それはとてもいい考えだ!
トミヤマ 『胃が合う』に新井さんが「拙者、武士なので」調で書いた章があるけれど、この「武士なので」を使う時が、言ってみれば妖怪味を出してる時なんじゃないでしょうか。妖怪味と人間味の間を行き来して、心をうまく調整している。ずっと人間をやるのは本当に大変なことだからね。
新井 うん。世の中の人はみんな、すごいと思うよ。
トミヤマ 逆に千早さんは人間としての葛藤が強くあるから、いい小説が書けるのだと思います。
千早 私は人間の観察者でいたいんです。面白い人を見ていたい。
トミヤマ なるほど。千早さんは人間界の妖怪寄り、新井さんは妖怪世界の人間寄りに住んでいて、それが里山みたいな場所で交わっているのかも。そんな意味でも稀有な関係性ですよね。
千早 とはいえ連載の途中で、もう二度と会わなくなることもあり得るな、と思ったことも事実。その可能性については割と考えていました。
トミヤマ 二人の仲が永遠に続くとは考えていないわけですね。だからこそ、一瞬一瞬を大事に過ごす。目の前の皿に対して自分と同じように集中できる相手がいる大切さが伝わってきます。
新井 食をおろそかにしないのが、われわれのいいところだね。女友達と食事に行くとおしゃべりがメインで何を食べるかは二の次になりがちなのがすごく嫌なんだ。そこへいくとわれわれは、食べる時は食べ物しか見てない。相手が話しかけてくると「もっと集中して食えよ」と思う(笑)。
千早 あと、われわれは予定が変わっても慌てないよね。この前も熱海で目当ての店に行ったら閉まっていて、「どうする?」ってケーキ食べながら話してるうちに鰻(うなぎ)を食おうぜとなって、そのまま駅までタクシー飛ばして三島に行って鰻をたらふく食べた。予定が狂っても、この二人なら「狂ったおかげで最高だった」になる自信がある。
新井 相手にいいところを見せようとしないし、ダメだと思ったらグズグズ一緒にいないし。
千早 一度、寒風の吹きすさぶ日に震えながら目当ての店を探したけれど見つからなくて、新井どんが「オレ無理。帰る」って帰ったことがあったね(笑)。私も「おう、じゃあまた」と特に気にせず解散。
新井 その日はもう一緒に楽しく過ごせないことが明らかなのに、最後まで二人で行動しなきゃいけないと考えるのは、お互いにつらいだけだよ。人との関係において、「会いたい」と同じように「帰りたい」気持ちも尊重されるべきだと思うな。
トミヤマ たしかに。私、パートナーシップに大事なのは、何が好きかよりも、何が嫌なのかを共有しておくことなんじゃないかと思っていて。大切な人のNG事項を把握するのは、すごく重要なことですよね。
人生最後の選択は――?
千早 最初は編集さんから、40代女性の二人だから、互いの家庭環境や私生活が変化して関係性が変わるとか、片方は子どもができたけどもう片方にはできないとか、40代女性にありがちな状況をどう考えるかも書いてほしいと言われたんだけれど、私生活なんて話さない胃袋本位の付き合いだから、何も書かずに終わったね。
新井 私生活の話はしないね。
千早 以前、新井どんと出席した座談会で、自分が死ぬと分かったらどうするかと聞かれて、二人とも「一人で消える」と答えたのを思いだす。
新井 自分が自分じゃなくなるところは友達に見られたくないよ。でも、この『胃が合う』の連載を通じて、死ぬ間際にはちはやんに、愛する赤坂『コム・ア・ラ・メゾン』のフォアグラを口に突っ込んでほしいと思うようになったのは、大きな変化かな。
千早 それは大きいね。でも新井どんはやっぱり一人で消える気がする。
トミヤマ 両方の気持ちがあるんでしょうね。「一人で消えるぜ」と「いやいや、フォアグラをひとかけら」と。
新井 そうなんだよね。ちはやんは、オレにとって最期に何を口にするかがとても重要な問題だとわかってくれる人だから、そんな気持ちも生まれてきたんだと思う。オレのことを、ただたくさん食べる珍獣みたいに思っている人もいるからね(笑)。「きみは質より量だよね」と、コンビニのおにぎりを30個もらったりすると、心底悲しい気持ちになるのよ。
トミヤマ ああ……好きなものを満足いくまで食べたいだけで、量が大事なわけじゃないのに。
新井 あと食べてる最中に「こんなに食べるのに、なんで痩せてるの?」とか言われると暴れたくなるね。
トミヤマ 私も言われることありますよ。そういう時って、喜怒哀楽のどれでもない顔になりません?
千早・新井 わかる!(笑)
トミヤマ 食べ物の本だと思ってこの本を買った読者が、思いがけず人生の話へと誘われて「なんだこれ。でも面白いからこれも良し」となったらいいですよね。
千早 はるな檸檬さんのカバー装画に惹かれてくれても嬉しいな。今回は連載時に掲載したはるなさんの挿絵も入るんですが、連載が進むにつれてどんどん冴え渡り、「最後の晩餐」がテーマの回なんかは圧巻。小学生のわれわれを描いてくれた回もあって、後ろ姿なのにどっちがどっちか、ちゃんとわかるんですよ。
新井 うん、本当にありがたいね。
トミヤマ はるなさんも含めて、素晴らしい座組でしたねえ。
編集者 この本は『胃が合うふたり』ですが、トミヤマさん、胃が合う三人目に加入したいと思いませんか?
トミヤマ だめだめ。これは一列目で二人を観るのが一番楽しいんだから(笑)。こんな尊い女バディを自分が入ることでぶち壊したくないんですよ。
千早 トミヤマさんはマンガにもお詳しいですよね。われわれはどの作品の女バディに近いですか?
トミヤマ うーん、安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』の主人公シゲカヨと親友のフクちゃんかな。恋愛での失敗をどれだけ繰り返しても、全く学習しないシゲカヨに対し、フクちゃんはときに怒りながらも最終的にはしっかり受け止める。あの絶妙な関係性を思い浮かべますね。でも、やっぱり磯野と中島がしっくりくるなあ。
千早 「磯野、野球行こうぜ!」みたいに「鰻行こうぜ!」って?
新井 読む人にはそういう関係性を楽しんでほしいよな。しかし、なんだかんだ言って一番多い感想は「この本を読んで、この店に行ってみたいと思いました」な気もする(笑)。
トミヤマ 「こんなに食べるのに、なんで痩せてるの?」もセットでね(笑)。