書評・エッセイ

2021年12月号掲載

歴史のホワイダニットとフーダニット

高田崇史『采女の怨霊 小余綾俊輔の不在講義』

末國善己

対象書籍名:『采女の怨霊 小余綾俊輔の不在講義』
対象著者:高田崇史
対象書籍ISBN:978-4-10-339334-4

 俎上に載せる時代は古代から近代まで、扱う題材は政治から文化までという多彩な歴史ミステリーを発表している高田崇史の新作は、壬申の乱を軸に古代史の謎を取り上げている。
 フリーの編集者・加藤橙子(とうこ)は、京都で打ち合わせをした後、采女祭(うねめまつり)のポスターを見て興味を魅かれ奈良へ向かう。
 帝の寵愛が衰えたのを苦に猿沢池(さるさわのいけ)に身を投げた采女の霊を鎮めるために始まった采女祭は、春日大社の末社・采女神社で毎年九月の中秋の名月の日に行われる実際の例祭である。
 橙子は華やかな祭礼に心奪われつつも、違和感を覚えた。その正体を探る橙子は、母校の小余綾(こゆるぎ)俊輔助教授が「春日大社は、本当に藤原氏を祀るためだけの神社なんだろうか?」と話していたことを思い出し連絡するが、不在だった。仕方なく母校の図書館で調査を始めた橙子は、春日大社と後に能楽などに発展する芸能集団に繋がりがあった事実を知る。
 同じ頃、俊輔を敵視する熊谷教授の研究室の助手ながら、俊輔と私的な交流を持っている堀越誠也(せいや)は、教授に初期藤原氏の新しい資料を探すよう命じられていた。それぞれの課題を追うため共に奈良へ向かった橙子と誠也は、やがて壬申の乱にまで遡る古代史の闇を浮かび上がらせることになる。
 著者の歴史ミステリーは、東京で生首、京都で首のない死体が発見された事件が、平将門伝説の真相を明らかにする『鬼門の将軍 平将門』、高千穂の夜神楽の最中に発見された首なし死体が、邪馬台国、卑弥呼、宇佐神宮、天岩戸神社の隠された歴史を暴く『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』などのように、現代の殺人事件を追ううちに歴史の謎も解明される作品が多い。ところが本書は現代で殺人などの事件は起こらず、橙子と誠也が集めた様々な疑問を、最後に安楽椅子探偵的な俊輔が解き明かすので、まさに歴史の謎だけで勝負したといえるだろう。
 と書くとミステリー好きは興味を失うかもしれないが、そのような判断は性急に過ぎる。采女は地方豪族が帝に献上した美女のことだが、身分が低い采女が入水したくらいで天皇が猿沢池まで御幸するのは不可解である。そのため、まず天皇の動機をめぐるホワイダニット、この事件が起きたのがどの天皇の時代で、采女は誰なのかというフーダニットが物語を牽引する重要な鍵になる。この発端は、現代を舞台にしたミステリーと変わらない魅惑的な謎になっているのである。
 さらに橙子と誠也は、壬申の乱前後の政治的な混乱と采女が無関係でない事実を摑む。壬申の乱は、天智(てんじ)天皇の崩御後、長子の大友(おおとも)皇子と弟の大海人(おおあま)皇子が皇位継承を争った古代最大の内戦だが、天智天皇は一人で馬に乗って出掛け山中に沓(くつ)だけが残されていたという信じがたい最期を遂げたので、暗殺説もあるようだ。なぜ誰に天智天皇は殺されたのか? この謎に加え、大海人皇子が天智天皇より年上だったとしたり、大海人皇子の出自を前漢の初代皇帝・劉邦と同じく「下層の遊民」としたりする史料が残された意味などから、壬申の乱へと至る歴史が再構築されるプロセスは圧巻である。
 橙子と誠也が頼る俊輔が、歴史、民俗学、宗教、文学などの知識を総動員して古代史の謎に挑むだけに、著者が得意としている和歌に隠された暗号、『源氏物語』の意外な解釈、妖怪や怨霊の正体なども興味深く、点と点が次第にリンクし意外な絵が浮き彫りになっていく終盤は、歴史好きも、古典文学好きも、ホラーや怪談好きも、ミステリー好きも満足できるはずだ。
 俊輔は、歴史は時の権力者、後世の権力者が、自分たちに都合よく使えるよう書き換えているとする。史料は客観的な事実を伝えているのではなく、常に何らかの政治的なバイアスがかかっているとの指摘は、歴史がその国の現在を知り、進むべき未来を示す羅針盤的な役割を果たすだけに、自分で考えて真の歴史を学ぶ重要性に気付かせてくれるのである。
 それだけでなく本書は、采女の悲劇を通して女性差別の実態に迫り、大海人皇子と「下層の遊民」、春日大社と芸能集団との関係から為政者が弱者を切り捨ててきた事実などをさりげなく突き付けていくので、日本の普遍的な問題に切り込んだ優れた社会派ミステリーになっていることも忘れてはならない。


 (すえくに・よしみ 文芸評論家)

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