書評

2021年12月号掲載

異形と生きることを語る年代記

彩藤アザミ『不村家奇譚 ある憑きもの一族の年代記』

村上貴史

対象書籍名:『不村家奇譚 ある憑きもの一族の年代記』
対象著者:彩藤アザミ
対象書籍ISBN:978-4-10-338013-9

 二〇一四年に第一回新潮ミステリー大賞を『サナキの森』で受賞してデビューした彩藤アザミ。受賞作は、岩手県遠野市のさらにその先の村を舞台に、仕事を辞めた二十七歳の女性と中学生女子のコンビを主役に据え、旧字旧仮名で綴った作中作を織り交ぜ、八〇年前の猟奇的な密室殺人の謎に挑むという盛りだくさんな小説であった。そしてまた、怪奇と謎解きと現代性が溶け合った作品であり、日本推理サスペンス大賞、新潮ミステリー倶楽部賞、ホラーサスペンス大賞の遺伝子を継ぐ新たな文学賞として創設された新潮ミステリー大賞に相応しい作品でもあった。
 彩藤アザミが続いて発表したのは、吹雪に襲われた男が、彼を救ってくれた館で連続殺人に暗号が絡む事件に巻き込まれるという『樹液少女』(一六年)だった。こちらは、事件そのものの“本格ミステリらしさ”と、磁器人形たちと人間たちの境界が揺らぐような感覚とが併存する蠱惑的なミステリであった。著者はさらに、昭和六年という時代を背景に女学校に通う十四歳が活躍する『昭和少女探偵團』(一八年)と『謎が解けたら、ごきげんよう』(一九年)を発表。そしていよいよ、本作『不村家奇譚―ある憑きもの一族の年代記―』へと至るのである。
 この作品は、タイトルから容易に想像できるように、不村家という東北の旧家の一族に起きる怪異を、憑きものと彼等の関係を含めて語った年代記だ。その全体は、時系列順に並んだ七つの物語で構成されている。
 第一話となる「水憑き」は、わずか二頁の掌編。飯綱憑きの家に生まれた佐山スヱが、十七歳で不村家に嫁入りすること、また、不村家の奉公人はすべて異形の者であることが、読者に伝えられる。一九世紀末のことである。
 続く第二話「さんざしの犬」では、一九七八年時点から第二次大戦後の不村家を回想している。視点人物は奉公人同士の子である菊太郎。まだ幼い彼を通じて、大奥さまとなったスヱや、当時の主とその娘の久緒たちの模様が語られ、さらに菊太郎が体験する怪異や、一部の者だけに見える“あわこさま”なる存在、そして菊太郎が七歳になった頃に久緒に弟が誕生したことが語られる。愛一郎と名付けられたその弟は生まれつき膝から下がなく、一方で頭脳は抜群に優れていた。愛一郎の賢さは、やがて久緒の通う学校の教師を巻き込んで人間関係のバランスをかき乱し、そして奇っ怪な刃傷事件を生じさせることとなる。この模様は、第三話「鬼百合」で、また別の奉公人の視点から描かれ、両者をあわせ読むことで、読者は凶器を巡る謎とその解明を味わうことになる。なかなかに新鮮な構成だ。
 第四話「水葬」は、久緒の娘である夜比奈詠子が四国の島で送る高校生活を、都会からの転校生のもたらした変化とともに描く。詠子が操るという狗神は、本当に二人の人間の命を奪ったのか。青春小説として瑞々しく、ミステリ色も本書中で最も濃い。第五話「白木蓮」もスリリングだ。愛一郎の姪が産んだ双子が、やがて悪意に――身勝手で理不尽な欲望に――襲われるのである。双子の“形状の違い”とあわせ、おそらく最も記憶に残るであろう一篇。
 著者はさらに第六話と最終話で一族のその後を語りつつ、同時に、不村家の真相も読者に示していく。不村家の憑きものや“あわこさま”について、あるいは、なぜ異形の者たちを奉公人として集めたのか(この動機は、本書の短篇の一つで示された別の動機と対比して書かれていて秀逸)。それらの真相を提示する過程で、各短篇のかけら同士が繋がり、例えば第二話の菊太郎の回想が小船のうえで行われていた理由を理解するといった驚きが味わえる。つまり、伝統的な名探偵と謎解きのスタイルではないものの、いくつもの不思議や不自然にきちんとした筋道を通していくなかに、ミステリの魅力をしっかりと堪能できるのだ。怪異という糸と論理的な必然性という糸を巧みに操って真相を織り上げる才能は、新潮ミステリー大賞の初回受賞者ならではのもの。是非味わって戴きたい。
 しかも著者が織り上げた作品は大きな時代の流れを描いていて、そこには、異形の者たちや不村家の怪異、あるいは、それらと社会との交わり方の変化が、語り口を含めてグラデーションとして鮮やかに表現されている。この変化もまた妙味。不村の一族に対する理解が深まるにつれ、登場人物たちが懸命に生きていることが見えてくるし、彼等への愛着も湧いてくる。つまり、温もりが伝わってくるのだ。そうなればもうこの小説の虜である。
 彩藤アザミ、久々の長篇――待っただけのことはある。


 (むらかみ・たかし 書評家)

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