書評
2021年12月号掲載
「デジタル通貨」がもたらすマネーの世界の大変化
野口悠紀雄『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』
対象書籍名:『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』
対象著者:野口悠紀雄
対象書籍ISBN:978-4-10-432907-6
本書のタイトルにある「CBDC」、「デジタル通貨」と聞いても、金融関係の専門家でなければイメージは簡単には湧かないし、容易には理解できないであろう。
CBDCとは、中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency)の略称であり、各国中央銀行の債務として発行され、デジタル化された法定通貨建て通貨を意味し、本格的な発行に向け実用化を進めている段階にある(バハマなど一部発行している国もある)。
このCBDCの意味することは何か、それが経済や社会にどういうインパクトをもたらすのか、私のように長年金融機関にいたものであっても、簡単には、このテーマは取り扱えない。
2021年も新型コロナウイルスに翻弄され、世界中の政府・社会・経済などを支えていた基盤の脆弱性が大いに炙りだされている。そうした社会を支えている根幹である通貨を巡る新しい動きが、我々の身近なところに忍び寄り、表舞台に上がろうとしている。本書『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』は、その局面の意味することについて、緻密でありながら、わかりやすく正確に理解できるように解説したものである。
本書は、著者野口悠紀雄氏が2019年5月に刊行した『マネーの魔術史』の続編である。『マネーの魔術史』の最後のところで、著者は、「コンピュータ技術の進歩によって、新しい通貨である仮想通貨が登場した。これは、政府の自由にはならないマネーだ。(中略)マネーの歴史がいま大きな転換点に差し掛かっていることは間違いない」と記した。今回、本書において、そのマネーの歴史の大きな転換点の意味を詳述している。
本書の主な論点を挙げれば、フェイスブックの「リブラ」構想とその後の「ディエム」の位置づけ(第1章)、CBDCの仕組み(第2章)、「デジタル人民元」の発行に向けた動きとその影響(第3章)、CBDCは何をもたらすのか(第4章)、CBDCの一つの契機となった仮想通貨ビットコインの評価(第5章)、「デジタル円」はどういう位置づけか(第6章)など、複雑で錯綜した話をその根本から解説している。
本書を通じて、現在の経済・社会を支えている「通貨」とは、どういう機能・役割を持っているか、原理原則に立ちもどることもできる。またデジタル通貨について、「リブラ」、「ディエム」の解説がなされ、さらにCBDCの世界各国と日本の状況を俯瞰し、デジタル通貨の発端となった仮想通貨についてひもとくという構成は、経済分野に通じていない読者にとっても、至れり尽くせりの感がある。体系的、実践的であることに加えて、プロアクティブな視点で、このデジタル通貨の問題について解説しており、大変な力作である。
とはいえ、単にCBDCの仕組みと影響の解説にとどまらない。本書のスコープは、「デジタル人民元」の脅威が何をもたらすか、さらには銀行のビジネスモデルの問題や個人情報保護との関係など様々な論点を提示し、CBDCのインパクトの大きさを十二分に伝えてくれる。
野口氏は、長年、経済の最先端の問題に、将来を見据えた提言を続けてこられている。CBDCに関しても、5つの提言を行い(終章)、このCBDCのテーマを、経済構造の基本問題として位置づけ、マネーの世界の変化が経済や社会の仕組みを根本から変える可能性について警鐘を鳴らしている。
デジタル通貨は、デジタルであるがゆえに、国境を飛び越え、瞬時に変化をもたらす可能性があることを念頭におき、そのインパクトがどう生じるか、絶えずウォッチし、いつでも対応できるようにすることが重要である。
私は、野口氏が気鋭の経済学者として華々しい活躍をはじめた40年前に、一橋大学経済学部の野口ゼミ第3期生として教えを受けた。今回、こうして書評を執筆する機会を得たことに感謝している。私は現在、いくつかの大学で教鞭をとっており、若い学生が、この変化の激しい金融・資本市場の世界についてどういう視点を持つべきか、その構造的な変化を感じとり本質的な認識につなげていくかなど大切な観点を会得することが重要と感じている。本書には、学生にとっても、「金融論」、「通貨論」の本質に触れるとともに、日本の将来の「社会」や「経済」のあり方に想いをはせる重要なヒントがふくまれていると考える。
野口氏からこうした将来を考えていく材料が提示されたことで、社会人から学生まで幅広い方々が、この「デジタル通貨」の意味することに関心を持ち危機感を有して、将来を展望していくための一助になることを期待したい。
(こうだ・ひろと (株)イノベーション・インテリジェンス研究所社長)