書評・エッセイ

2022年1月号掲載

水野良樹『犬は歌わないけれど』刊行記念特集

「限り」を越えようと、もがく姿

西川貴教

「地味なソングライターの地味な日常から、誰かに手紙を送るみたいに書いたエッセイです」
人気音楽ユニット「いきものがかり」のリーダーが毎月1回、2年間にわたって書き綴ったエッセイ集を刊行しました。

対象書籍名:『犬は歌わないけれど』
対象著者:水野良樹
対象書籍ISBN:978-4-10-354341-1

 水野くんとの出会いは、もう15年くらい前になります。いきものがかりとはレーベルメイトなんですけど、ある時、「新しくデビューしたユニットが、西川さんにあいさつしたいとのことで……」って言われて会ったのが初対面。
 その時の水野くんの印象は、とにかく引っ込み思案(笑)。ニコニコしている吉岡、人当たりのいい山下、そして、僕と目を合わせられなくて、壁を見つめている水野って感じでした。
 その後も、インタビュー記事なんか読むと「どういう表情で話したのかなぁ」なんて気にかけていました。彼の手がけた曲が世の中で広く支持されて、今も音楽を作り続けているっていうのは、先輩ではなく、アーティスト仲間として嬉しいと思っていますし、それだけ彼がアップデートし続けているということですよね。
『犬は歌わないけれど』を読んでも、やっぱり彼が自分の限界値を上げたいって色々なことに挑戦しているんだなと感じました。
 例えば、所属事務所から独立して社長になった苦労について彼は綴っていますけど、それも挑戦の一つに思えて……。
 水野くんはクリエイティブなことだけに集中したいタイプだと思っていたんです。でも、社長になると、収支だったり色々なことについても考えないといけなくなる。それまでは「アーティストのわがまま」と許されていた自分の発言が、「社長の指示」と受け取られたりすることも。僕も長年やっているから分かりますが、非常にカロリーを使う作業なんですよね。でも、そういう仕事を彼にも早く「楽しい」って思えるようになってほしい。これは、先輩社長としてのエールですね(笑)。
 息子さんとのエピソードも本には出てきますけど、これもそう。あんなに人見知りだった水野くんが親になって、家族やスタッフの人生を背負おうとしている……彼なりのやり方でアップデートしているんだなぁ、この葛藤から何かを生み出そうとしているんだなぁなんてことを、読みながら思いました。
 水野くんに負けず劣らず愛犬家の僕にとっては、「犬に撫でられる」という一篇も見過ごせない(笑)。
 このコロナ禍で、僕自身「アーティストの存在意義って何なんだろう」と考えさせられました。「希望や勇気を届けたい」と思って活動してきましたし、ありがたいことに「歌に感動しました」「励まされました」と言ってもらえることも沢山ありました。それが健康と安全が脅かされて「エンターテインメントは必要ない」っていう、それまでとは正反対のような事態になってしまったわけです。コロナが少し落ち着いた今、また「歌を聴いて元気が出ました」と言ってもらえるようになってきましたが、「本当に今、自分は求められているのかな?」と不安になってしまう部分も、どこかにあるんですね。
 でも、犬はどんな時でも、無償の愛を与えてくれる。まっすぐに「大好き!」って全身で表現してくれるんですよ。水野くんも、「理屈を外して受け入れてくれる存在はやはり尊い」と犬について表現していますけど、本当にそう。だけど、こんな風に思う僕も水野くんも、心の一番深い所に、闇を抱えているのかもしれない……(笑)。
「そして歌を書きながら」という一篇の中で、彼は「限り」という言葉を何度も使っています。「『限り』を越えられないだろうか」「誰もが、誰かの『死』のあとを生きている。みんな、誰かの『限り』の先を生きている」って。別の一篇では、ストレートに「自分はいったいいつまで音楽を続けられるのだろうか」と自問自答もしている。僕も50歳を迎えて、人生の終わりや、いつまでステージに立てるのかという「限り」について、よく思いを巡らせるようになったんです。水野くんは年齢が一回り下ですけど、同じ問いに向き合っているな、と感じました。この本は、一人のアーティスト、一人の人間が葛藤に向き合った記録だと思います。
 ……と、こんな風に、僕は彼に共感もするし、もっとお近づきになりたい、と願っています。それなのに、水野くんは僕が主催する「イナズマロック フェス」に一回も出てくれてないんだよね。毎年のようにしつこく誘っているのに。書評も書いたことだし、今度こそ出演してくださーい!


 (にしかわ・たかのり ミュージシャン)

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