書評

2022年3月号掲載

国民の命を守る巨大官庁の実像とは

鈴木穣『厚労省 劣化する巨大官庁』

鈴木穣

対象書籍名:『厚労省 劣化する巨大官庁』
対象著者:鈴木穣
対象書籍ISBN:978-4-10-610940-9

 国の中央省庁の実態は見えにくい。巨大官庁ともなればなおさらだ。本書は、毎年国家予算の三分の一を使い、約三万人の職員が働く厚生労働省の内実を紹介した。
 新型コロナウイルス感染症は対策を担う厚労省をクローズアップさせた。だが、歴史をひもとくと、厚労省という省庁は感染症との闘いのために生まれ歩んできた。
 そうした出自を持つ官庁が、時代の変化にあわせ、どう姿を変えていったのかに力点を置いて描いた。そこには時代のニーズに応える政策をどう実現して来たのか、そこで働く官僚たちの苦悩や成果が連続した地層となって重なっている。
 今、厚労省を取り巻く環境で特に強く感じる問題がある。
 中央省庁では人員が減る一方で業務量が増え、やりがいを感じられず退職する若手が増えている。ブラック職場との実態が世の中に知れ渡り、国家公務員という働き方は敬遠されだした。厚労省は、省庁の中でも過重な働き方が問題視されている。
 さらに、安倍・菅政権は官邸で政策を決め、各省庁に指示を降ろして成果をすぐに求める手法で政治主導を演出してきた。官僚任せでは進まぬ政策を、スピード感をもって実現する効果はあった一方、省庁は官邸の下請け機関のようになり、官僚たちの政策立案の力を削ぐことにもなっている。
 組織の劣化は、「本来は、さまざまなデータに当たり、現場の話を聞き、問題を設定して解決策を考える。無駄に見えるかもしれないが、こうやって政策づくりの経験値を上げていくものだ。だが、今の若手はそれをやる機会が減っている」との厚労省官僚の言葉が象徴している。
 政策立案の基礎体力を培う余裕がなくなれば不祥事も起こる。労働分野での統計不正の発覚は、官僚の質低下が招いた例であったと考えている。まともに政策が進まなければ結局、そのツケは国民に回されることを忘れてはならないだろう。本書では副題を「劣化する巨大官庁」とし、こうした構造的な問題を指摘した。
 厚労省は年金、医療、介護、子育て支援、貧困対策、雇用政策など国民生活の基盤を支える社会保障制度を担う。人生のあらゆる場面で生活に密着した省庁だ。ところが、国民全員にかかわる制度群なのに、その複雑さゆえ理解が広がっていない。どう理解を広げるかも隠れた厚労省の課題だ。本書が一助になれば幸いである。
 最終章では、各制度が抱える課題を官僚たちがどう克服しようとしているのか、その考えと処方箋に触れた。少子化と高齢化が進む社会で社会保障制度の鍛え直しは待ったなしの課題だ。最終章は、制度の支え手となる若い世代にぜひ読んでほしいと願っている。


 (すずき・ゆずる 東京新聞・中日新聞論説委員/社会保険労務士)

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