書評・エッセイ

2022年4月号掲載

「あの胸」は、いま……

永田和宏『あの胸が岬のように遠かった 河野裕子との青春』

永田和宏

対象書籍名:『あの胸が岬のように遠かった 河野裕子との青春』
対象著者:永田和宏
対象書籍ISBN:978-4-10-332642-7

 歌人河野裕子が亡くなったのは、二〇一〇年(平成二二年)八月であった。乳がんの発症から、その死までの十年の闘病の記録を本誌「波」に連載しはじめたのは、彼女の死からまだ一年も経たない頃であった。一年間の連載ののち、それは『歌に私は泣くだらう』(新潮社)として一冊になった。
 二〇二〇年から一年半、同じ「波」で、今度は河野との出会いのころのことを書く機会をいただいた。私が二十歳で出会って、結婚する直前までの五年ほどの記録である。連載時のタイトルは「あなたと出会って、それから……」というものだったが、それがこの度、単行本として出版されることになり、そのタイトルは『あの胸が岬のように遠かった』。かなり気恥ずかしいタイトルであるが、

  あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年

 という私の若書きの一首から採ったものである。
 河野の死後、実家にある河野の遺品の整理に行っていて、押入れのなかに私と河野が交わした三〇〇通を超える手紙(いわゆるラブレター!)を見つけることになった。こんなにたくさんの手紙を交わしていたこと自体が驚きだったが、それよりも驚いたのは、その時同時に、河野の日記が十数冊見つかったこと。高校時代から結婚前までのものである。だが私は、長い間この日記を読むことがなかった。それを開く勇気がなかった。
 なぜ読んでみようという気になったのか。

  訊くことはつひになかつたほんたうに俺でよかつたのかと訊けなかつたのだ

 という歌を作ったのは最近だが、この「ほんたうに俺でよかつたのか」という問いが、河野の死後、徐々に私の心を占めるようになっていた。
 若き日に出会ってからその死の直前まで、彼女がすべてをかけて私を愛してくれていたことを疑ったことはなかった。しかし、私はそれに値するだけのものを持っていたのか。彼女はほんとうに私に満足して死んでくれたのだろうか。そんな問うに詮のない疑問が徐々に膨らんでくるのをどうしようもなかった。たぶん、彼女の日記を開いたのは、そんな頃だったのだろう。
 ほとんど孫娘に近い一人の少女が、人を愛するということにこれだけ一途になれるものなのかということに、正直に言って、私は感動したのだった。その愛は私ともう一人の青年へのあいだを揺れ動き、深く苦悩するものであったが、その一途さ、真摯さがまざまざと書き記されていた。彼女と一緒に激しく揺れ動いた、そんな私たち二人の青春という時間を何とか残せないものか。
 本書は、彼女の日記と私たちが交わした手紙の束を基に、それに私の記憶を絡めて書き綴った、二人の出会いから、様々の曲折を経て、結ばれるまでの物語である。
 読み直してみると、二人ともなぜこんなに性急で、熱く、そして激しかったのか、お互いを傷つけあって悲しませなければならなかったのか、不思議な気がするほどである。私に関してはまことに不様な青春の記と言う以外ないが、それでも書き終わって感じたのは、このようにしか私たちには生きられなかったのだという思いでもあった。
 いかに不様で幼かったにせよ、お互いへの思いに正直であろうとしたことだけは本当だった。二人ともが自殺未遂を起こしていたことを知ることにもなった。しかし、疾風怒濤のごとく熱かった、河野とともにあった青春の日々を、私はいま、何物にも代えがたい、私の生涯の時間の財産だと思っている。それによって彼女亡き日々を何とか生き凌いでいるのかもしれないと思い、そう思えることを幸せだと正直に告白しておきたいとも思う。
 本書の出版と前後して、ドキュメンタリー「ほんたうに俺でよかつたのか」がNHKのBS1スペシャルとして放送され、そしてドラマ「あの胸が岬のように遠かった 河野裕子と生きた青春」がやはりNHKのBS4K及びBSプレミアムで放送予定である。主演の柄本佑、藤野涼子さんと一緒に飲む機会があったが、五〇年前の私たち二人を前にして、共に飲むというのは、まことに不思議な体験であった。


 (ながた・かずひろ 歌人/細胞生物学者)

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