書評・エッセイ

2022年4月号掲載

希望のなさに捧げる

アリ・スミス『春』(新潮クレスト・ブックス)

星野智幸

対象書籍名:『春』(新潮クレスト・ブックス)
対象著者:アリ・スミス/木原善彦訳
対象書籍ISBN:978-4-10-590180-6

 独裁者プーチンがウクライナを軍事侵略している最中に、私はアリ・スミスの『春』を読むことになって、少し救われている。2019年に書かれたこの作品は、プーチン的なるものが成り立たないよう、全言語力で拒んでいるから。
 冒頭からプーチン的世界が炸裂する。
「さて、私たちは事実なんて欲しくない。私たちが欲しいのは混乱。(中略)私たちは怒りが欲しい。私たちは無法が欲しい。私たちは極力過激な言葉が欲しい」と、誰が発しているのかわからない語りで小説は始まり、ヘイトの欲望が羅列されていく。
 この「私たち」とは、誰か主体を持った集団を表すのではない。インターネット空間にあふれるような、無人称で匿名で主体を欠いた、つまりヘイトに依存して反復されただけの「私たち」である。それは意思を持たないまま機械的に増殖し、ネット空間を超えて世界の隅々に行き渡っている。日常的に吸う空気は今やヘイトに汚染されていて、誰もが言葉を呼吸するたび、主体としての「私」から憎悪の一人称である「私たち」に取って代わられていく。
 そんな空気に覆われた2018年10月のとある火曜日、二人の主人公が特別な一日を交差させる。
 一人は初老の男性、テレビ映画監督のリチャード。最愛の友人であり仕事のパートナーであった十七歳年上の脚本家パディを亡くし、茫然自失していた。どんなメジャーな力にもなびかない彼女の生き方と知性は、リチャードの生きるよすがだったから。衝動的にスコットランドへの列車に乗り、降りた駅で死を選ぼうとした刹那、十二歳の少女に止められる。
 この少女フローレンスと連れ立っていた二十代の女性ブリタニーが、もう一人の主人公。家庭の経済的事情で不本意にも大学へは行けず、ロンドンの入国者退去センターの新人職員として働いている。非正規滞在の外国籍の人たちが収容されるこの施設の異様な日常に、ブリタニーは自分を白紙にしてなじんでいる最中だ。
 詳細に描写される収容施設の現実を読んで、私はめまいがした。この一年間次々と明らかにされた日本の入管のおぞましい実態と、まったく同じなのだ。本来は短期の収容のはずが何年何ヶ月と長期にわたり、いつ解放されるのか、強制送還されるのかもわからず、未来のない日々を強いられること。収容者は人間扱いされず、希死念慮や病で苦しんだりしても、係員の注意を引くためにしている演技と見なされること。日本では、収容されていたスリランカ人女性のウィシュマさんが、そうして病を放置されて亡くなるという非道があったが(この原稿を書いている3月6日がちょうど一周忌)、イギリスも同様なのだろうか。
 差別の暴力の最前線で働かざるをえない「善良」な者たちが、いかにしてその暴力に加担する人間へと変わっていくのか。アリ・スミスは繊細な言葉でブリタニーに寄り添いながら、その現実を怖いほど正確に記していく。
 くだんの火曜日、ブリタニーは出勤途中に見知らぬ少女フローレンスに声をかけられ、スコットランドまでつき添うはめになる。あちこちの収容施設に独りで乗り込んでは収容者の一部を解放させているという噂の少女らしく、ブリタニーは気になってしまったのだ。入管行政の敵かもしれないこの型破りで頭の良いフローレンスとの鉄道の旅は、予想と違い、ブリタニーにとてつもない解放感を与える。
 駅でのリチャードの自殺未遂の後、四人目の重要人物が加わる。三人は、駅前にいたアルダという中年女性のコーヒートラックで移動することになるのだ。どうやらフローレンスとアルダは同じ活動の仲間で、この駅で落ちあう手はずだったらしい。この出会いが、それぞれの未来を少しずつ変えることになる。四人での道中の会話が魅力的なだけに、その後に待ち構える事件は落差が大きく、読み手はちょっとショックを受けるかもしれない。プーチン的世界の魔の手からは、なかなか逃れられないのだ。
 回想で語られるパディの言葉に、強烈な一言がある。「真の希望は希望が存在しないこと」。虚無的に見えるこの言葉は、今の世界のあり方を的確に表していると同時に、希望はまさにそこにあることを示してもいる。
 この小説は、システム化した憎悪言語を、人の意思に関わる言葉へと奪還していく。その過程を読むことは、私に希望がないことを、希望にしてくれる。


 (ほしの・ともゆき 作家)

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