対談・鼎談

2022年4月号掲載

エリイ『はい、こんにちは Chim↑Pomエリイの生活と意見』刊行記念対談

人間と「スーパーラット」のアーカイヴ

エリイ × 高山羽根子

初のエッセイ集『はい、こんにちは』を刊行し、森美術館で
開催中の大回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」
でも話題のエリイさん。芥川賞作家の高山羽根子さんとは、
意外な動物の話題をきっかけに盛り上がり……。

対象書籍名:『はい、こんにちは Chim↑Pomエリイの生活と意見』
対象著者:エリイ
対象書籍ISBN:978-4-10-354391-6

「中の人」たちの暮らし

エリイ 初めまして。この対談、予定が1カ月延ばしになってしまいました。

高山 たいへんだったでしょう。

エリイ 新型コロナの症状はとにかく気持ちが悪かったですね。熱や筋肉痛が1週間くらい続いて家にいましたが、肺炎を発症しました。保健所が介入し、すぐ救急車を呼んで下さい、となり入院です。

高山 私も身近な人まで迫ってきた時期だったので、他人事ではなかったです。展覧会の準備にも響いたんじゃ?

エリイ 施工中で私が特にやれる事のない時期で、退院した後すぐ細かいチェックが始まったので、大丈夫でした。

高山 森美術館で今やっている展覧会「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」は5月末までなんですね。

エリイ はい。2回延期がありやっと始まって。5月の連休が入って良かったですが。3カ月はあっという間です。

高山 六本木ヒルズの中を歩いていると、すぐ道に迷ってしまいそうですね。

エリイ 大きいです。デベロッパーの権化。53階の美術館に入るのに沖縄に行く方が近い時があります。迷路です。

高山 渋谷の宮下公園も空中に浮いてしまい、下にルイ・ヴィトンとか入っています。今回の展示を拝見すると、ストリートと広場という都市の階層構造のレイヤーも含まれていて、本を読むとそれが一層、クリアに意識されます。

エリイ ありがとうございます。

高山 私は多摩美術大学出身で、もともとは日本画をやっていましたが、最近はほとんど描く機会がなく、現代美術については完全にオーディエンス側です。見ている時は、自分だったらどうするかとか、全然考えません。

エリイ 私も他人の作品を見ている時はオーディエンス側ですかね。継ぎ目のない立体を見て、施工が上手いな、と感心したりしますけどね。

高山 ただパンデミックの渦中にいると、どうしても作っている「中の人」の暮らしが気になります。先日、会田誠さんと対談をして、世界中の「レジデンス」を生活の主軸にしているアーティストの未来はどうなってゆくのか、という話になりました。『はい、こんにちは』には、ひとつの例がアクチュアルに記録されています。

エリイ Chim↑Pomについては作品を見ていただければいいので、あえてアートの記述は少な目にするという選択をしたつもりです。この2年間はぼんやりというか、目を開かずに微睡(まどろ)んで暮らしていて、コロナと妊娠でゲロを吐き続けていましたから……(笑)。

高山 生と死の境目が曖昧になった時期でもあります。私はアーティストの方は色んな事をしたり、考えたりしながら暮らしているんだな、と驚きました(笑)。ただ、その間の思考が美術作品として残ることはあるとしても、文章として記録に残るのは珍しい事で、展示と重ねて読みました。感染症の問題を取り上げた2019年のマンチェスターでの展示《A Drunk Pandemic》も、内幕はこうだったのか、と知ると作品がより立体的に見えてきます。

エリイ 確かに、本を読んだ後で展覧会を見ると、別のレイヤーが生まれてくるかもしれません。

高山 この本には聖書がたくさん引用されています。私もエリイさんと同じくミッション系の高校の出ですから、あらゆる作品は聖書の二次創作という感覚はよくわかるんです。お腹に赤ちゃんがいて、一方で感染症が猛威をふるっている世界は黙示録的空間と形容したくなります。

エリイ ウクライナで戦争も始まり地獄の釜の蓋が開いた状況。黙示録が実現されつつあるか。ラッパが吹かれちゃう。

高山 聖書は福音の書でもありますから(笑)。今は善と悪が剥き出しになってせめぎ合い、混沌としています。2021年には東京オリンピックがあり、渋谷も新宿も街が大きく変化しましたし。

エリイ 毎日通っている商店街でも、40年前からあった洋服屋さんも、更地になれば何だったのか思い出せない。写真を見ればわかるんですが。人間の記憶ってどうなっているのか。

高山 私は方向音痴なので、ひとつ建物がなくなっても動揺し、記憶もあやふやになります。記録がなければ全て忘れられてしまいます。

エリイ コロナ禍初期の混乱の中の、妊婦健診や保健所の状況が書いてある本は少ないかもしれません。

高山 この間のアーティストの生活と思考の揺らぎが残っていて重要です。

エリイ 「残したい」気持ちは子供の頃からあったかもしれません。幼稚園の時、一日に喋った言葉を全てお母さんに報告することを日課にしよう、と決めた事があります。数日経ったら止めてしまいましたけど(笑)、誰と遊んで何をしゃべったか、頭の中でビデオテープのように巻き戻していました。

高山 人間の脳の中は書くほどもない些事で充ちていて、でもそれが面白い。

エリイ 高山さんの『首里の馬』も記憶のアーカイヴの話ですね。

高山 読まれることがない記録でもうっかりと残ってゆく。私、Chim↑Pomの展示を台湾で見たことがあるんです。

エリイ 台北の現代美術館ですね。

高山 美術館巡りの途中で遭遇したという感じだったのですが、記録が残っていると脳の中で再現できます。「悪魔のしるし」主宰者の危口統之(きぐち・のりゆき)さんの歌舞伎町でのパフォーマンスも……。

エリイ 危口さんがChim↑Pomの『また明日も観てくれるかな?』展の時に演じた「歌舞伎町百人斬り」は、生前最後のパフォーマンスになってしまいました。その後癌で亡くなられて。

高山 今回の展示のアーカイヴでも見ることができますね。記録が残っていることは希望につながります。

エリイ 畑の片隅に転がっている印鑑でも、誰かが拾う事がありますしね。

ネズミとの不思議な縁

高山 この本を読み始めた頃、女性の権利として経口避妊薬を使うかどうか、という問題が議論されたでしょう。ただ、胎児は外界と、母親の身体だけを介してつながっているわけです。ちょうど私小説的なものを書いている最中だったので、胎児や赤ちゃんが世界と接する境界線について考えていました。

エリイ 私の子どもは今、1歳を過ぎて保育園に通っています。ちょっと前までは私がいなくても、自分の時間を生きてご機嫌でしたが、最近、預ける時に泣くようになりました。私がコロナにかかって、防護服を着た人たちが家の中に入り救急車で連れて行かれたのを見た後から、甘えるようになりました。あの時は、夫が抱いていましたが、逮捕された人を見るような感じで、いつもと違う泣き方でした。

高山 子どもにはお母さんが帰ってくるかどうか、わかりませんからね。

エリイ いなくなってしまうかもしれない、ということを知ってしまった。

高山 もう赤ちゃんではなく、立派な人間の感情を備えていますね。

エリイ ところで、高山さんは、ネズミを飼っていませんでしたか?

高山 どこかでその話を書いたのかな。私は、ワシントン条約で禁輸とされている希少種は別として、結構な種類の生き物を飼ったことがあります(笑)。トビネズミだとか。

エリイ トビネズミは飛ぶんですか?

高山 ハムスターくらいの大きさの動物で、ぴょんぴょん跳ねるくらいです。自分の手でやったことはないんですけど、ネズミってすごく増えますよね。

エリイ そうそう!

高山 ネズミ算というくらいで、友達が飼っていて増やしすぎてしまい、手に負えなくなったのを引き取った記憶なんかもあります。ペットショップで買うことはあまりないんですが、いろんな動物を引き取って飼ってきました。ネズミを飼ってみたいんですか?

エリイ 今回も剥製のネズミを展示しましたし、興味があるんです。高山さんはネズミを飼っていて、死んだらどういう気持ちになりましたか?

高山 ネズミやハトは微妙な生き物で、存在として動物と昆虫というか害虫とのちょうど境目くらいにあると思うんです。都会ではたくさん姿を見ますけれど、猫ほど可愛がられません。

エリイ 見て見ないふりされますね。

高山 あの剥製のピカチュウはどうやって作っているのですか?

エリイ 渋谷のセンター街には、ネズミがたくさんいるでしょう。終電と始発の間のゴミが街に出た頃合いに捕獲して、剥製師さんと一緒に剥製にしているんです。駆除業者がネズミをガンガン殺している隣で捕獲します。でも、ネズミって賢くて、身体の大きい大人の個体はなかなか捕まえられない。

高山 歌舞伎町には、猫ぐらいまで成長した大きなねずみがいるでしょう。

エリイ はい(笑)。毒にも耐性があるし、罠にもかからない進化したネズミの事を、捕獲業者の人達は「スーパーラット」と呼びます。私達はネズミの進化に自分達の歩みを重ね合わせています。都市にいるネズミと飼いネズミの違いって、どこにありますか?

高山 ネズミが病気になると、犬や猫を診察してくれる所と別の、トカゲやエキゾチックアニマル対象の特殊な病院に持っていかなくてはいけません。ところが、一回ちょっとまずい病気になった子がいて、敷金礼金が飛ぶくらいの額を払うことになってしまった(笑)。ちょうど引っ越しを考えていたのに。

エリイ ええっ、ウン十万円! どこが悪くなったんですか。

高山 何度か入院して不正咬合だったり消化器系内臓だったり。

エリイ ネズミみたいな小さな生き物の腎臓って、治せるんですか?

高山 手術して、2~3年生きました。

エリイ すご~い(笑)。

高山 もともと5~6年は生きるデグーという種類なのですが、見た目は完全にネズミです。尻尾も、先っぽだけふわふわしていますけど、ほとんどミミズみたいな質感です。近所に逃げたら、確実に大騒ぎを起こします。

エリイ 野良に返ったらもうヤバい、みたいなヤツ(笑)。

高山 でも、雑食ではなくて草食で、牧草とかを主に食べます。その子が退院してきて、エサをあげるチューブやトイレに使うシーツなんかが必要で、帰りにホームセンターに寄ったんです。すると、980円とかで殺鼠剤が売っていて、私はとんでもないお金をかけて一匹のネズミの病気を治したのに、薬の説明書きには一箱で何十匹殺せる、とある(笑)。ワクチン一回接種するのに何万円もかかるのに銃弾一発数十円、という話を思い出して、命とは何か、考えさせられました。ネズミって、お祖父ちゃんの頃はハエ叩きで殺していたレベルの生き物ですから。

エリイ 高山さんの「うどん キツネつきの」にも生まれてすぐ捨てられた何かの生き物の肉塊が出てきますけど、絶対大切にされない種なんですね。

高山 コロナ禍が始まった頃に犬を飼うことになりましたが、感染対策で保護犬の譲渡会が開けなくて、ボランティアさん達が困っていた、という話を聞きました。ペットショップはステイホームで繁盛していたんですけど。飼い犬の管理も保健所の管轄なので、パンデミックにかかりきりになり狂犬病の予防注射も半年待って下さい、と言われ、注射延期の証明書を貰いました。世の中巡り巡っていろんなことが起きています。ヨーロッパのビール醸造所では、感染症を運ぶネズミ対策で、猫を飼います。カンバスの端をネズミが食べたりするのを防ぐために、美術館でも猫を飼っているそうです。

エリイ 3年くらい前、実家にネズミが出ました。メキシコに行っていて、ちょうど一人で空港にいた時、実家の母親から、私の部屋にあったイルカのぬいぐるみに子ネズミがくっついている写真をLINEで送ってきたんです。最初はネズミもぬいぐるみだと思っていたらしく、死骸だと気づいたらギャーッとなって(笑)、そのLINEを見ているうちに南米行きの飛行機に乗り遅れてしまった。次の便まで待って12時間。空港で寝ていて叱られました。

高山 すごい……。でも、何かネズミの話ばかりになって大丈夫ですか?

エリイ はい、Chim↑Pomとネズミは切っても切れない縁ですから。

高山 『はい、こんにちは』は、これから展示を見る人はみんな読んだ方がいいと思います。もちろん、すでに見た人も読んだ方がいいです。展示の見え方が重層的になります。この2年間に変わってしまった都市生活の中身も詰まっていますし、過去をきちんと思い出すことによって未来の時間をも見通せる本です。

エリイ 私には展覧会と合わせて、という視点が抜けていたので、指摘していただいて大きな発見になりました(笑)。最初に気づくべきなのに。

高山 今、ウクライナで戦争が起こっている渦中だと、聖書や宗教とは何だろう、という疑問も出てきますが、そういう普遍的テーマにも触れている本です。また、難しく考えなくても、妊婦さんやお母さんの妊娠・出産エッセイとして楽しめばいいとも思います。この時期、明るくワハハと笑いながら読める本は珍しいです。

エリイ 私はここまで人類が生き延びていることに勇気づけられます。人間は人間から生まれ、過酷さもふくむ多様な環境の中で生きてきた。人類が必ず経験してきていることですし、エビデンスが大量にあるのが心強いです。

高山 それにしても、小さなネズミの死骸には大騒ぎするのに、大きな成人男性のメンバーが2人、家の中で鶏のから揚げを食べていても驚かないエリイさんのお母さんはすごいですね。

エリイ 一人は住むと宣言して実家に住んだんですけど、もう一人はぬるっと居ついていました。何なんでしょう。人がたくさんいると楽しいからかな。

高山 卯城(うしろ)竜太さんたちがやっているギャラリー「White House」にも人が住んでいる感じがすごいありますよね。

エリイ お正月に四国にある祖母の血縁の人たちに会って話を聞いてきました。メンバーは祖母の家に住んでいましたが、その家は人が沢山出入りして飲み喰いしていて、話してくれた親戚も住んだことがある。血ですかね。

高山 昔の文豪の小説を読むと、書生さんとかが沢山住んでいたことがわかる。この本も、こうして21世紀日本のセーフティネットワークが出来上がっていたという貴重な記録になります。


 (たかやま・はねこ 作家)
 (えりい アーティスト)

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「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」
会期:2022年5月29日(日)まで
会場:東京六本木・森美術館ほか

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