書評

2022年5月号掲載

燃え殻『それでも日々はつづくから』刊行記念特集

鎮静と高揚、女性エピソード多め

エル・デスペラード

対象書籍名:『それでも日々はつづくから』
対象著者:燃え殻
対象書籍ISBN:978-4-10-351013-0

 実は本を読む前に燃え殻さんご本人にお会いしています。三年前、ゆでたまご先生のコミック『キン肉マン』の連載四十周年記念パーティにご招待いただき、燃え殻さんと爪切男さんもいらしていて、ご紹介を受けてお話ししたり、写真を一緒に撮ったりしました。そのあと、おふたりの連載エッセイが載っていた週刊SPA!を買って読むようになり、去年は『キン肉マン』の座談会に呼んでもらい、おふたりの小説も読んでいた。燃え殻さんのエッセイは、ちょっとうれしいことや思い出したくもないイヤだったことなどが書かれ、「うわっ、俺もこういう経験した」とむかしの自分を思い出させてくれるんですよね。子どもの頃、スポーツをやっていて、プロレスラーをめざしてはいましたが、いかんせん明るい性格でなく、仲間を積極的につくるようなタイプでもなかったから、「凄くわかる!」と心のなかで燃え殻さんに呼びかけていました。
 新刊の『それでも日々はつづくから』はゲラをいただき、まず通して読み、それから四、五回は読み返していると思います。試合と試合の移動中にパッとランダムに開いたページを読む。各エッセイは見開きの四ページで一篇となっていて、とても読みやすく、そのままつづきを読んだり、パラパラとめくり直したりしていました。職業柄、試合中はもちろんのこと試合前と試合後もアドレナリンが出つづけ、精神が昂ぶりすぎる状態がつづきます。トレーナーの先生から「試合の前と後で精神のスイッチをオンオフで切り替えた方が良い」と言われていました。このエッセイ集を読んでいたらリング外のテンションがどんどん落ち着いていった。試合に勝った日も負けた日も。スイッチがオフになって、精神は鎮静化していき、ふつうの状態に戻っていくような感じでした。
「ネットはあらゆるミシュランの巣窟」というタイトルのエッセイでは、チェーン店にすらミシュランの調査員気取りでネットで批評する人たちを取り上げ、「『お客様は神様です』は全国民でなく、朝礼で社員にだけ言うべきだった」と言い切り、わかりすぎる程、わかる。また、「ピンクとグレーと無人島」という一篇はNEWSの加藤シゲアキさんとラジオで対談したときの話で、加藤さんの本のあとがきの「なんの賞も獲らずに小説を出せているのは、僕がジャニーズだからと自覚しています」という一節を引用し、「数十万分の一の規模だが、僕もその気分はわかった」とツイッターのフォロワー数がハンパではない燃え殻さんは共感している。僕は新日本プロレスのリングに上がっていて、いま(チャンピオン)ベルトも持っており、おそらくそういうこともあって『キン肉マン』さんのパーティや座談会、このインタビューにも呼んでもらっていると思うんです。ですから、おこがましいとはわかっているけど、僕も燃え殻さんのように「数十万分の一」の「その気分」を味わい、なんだか加藤シゲアキさんのことが好きになっていました。
 このエッセイ集は「『解放してあげるよ』」「家出少女とピンク映画」「『いま、広島だよ』と打ち込んで、結局、中目黒で降りていった」など女性にモテたり、別れたり、といった女性エピソードが多めな印象もあります。他人の怖さや勝手さなどネガティブなことが書かれてあるのに面白おかしくて、燃え殻さんの小説にも似て、希望でも絶望でもあるような、名前のつけられない感情に襲われます。どのエッセイも最後の一行のあと、「それでも日々はつづくから」という一文をつけたくなり、実際、つけられる。これ以上はない素晴らしいタイトル(書名)ですね。
 一篇だけ、精神が落ち着くことなく、高揚させられたものがあります。それは燃え殻さん原作の『ボクたちはみんな大人になれなかった』が映画化され、プレミア上映で観に行ったときの話です。映画の中でむかし彼女に言われた言葉が女優の伊藤沙莉さんの声で再現されたのを聞いて、燃え殻さんは「恥ずかしながら落涙してしまった」。つづけて「あのときの彼女はもういない。ならば自分で自分を鼓舞するだけだ。大丈夫、君は面白い」と書く。こういった経験は僕にはなかったけど、リングに上がる前、スイッチが入りそうです。「君は大丈夫」だと僕も自分を鼓舞したくなっています。(談)


 (エル・デスペラード プロレスラー)

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