書評

2022年5月号掲載

会社は「見せびらかし」の場?

太田肇『日本人の承認欲求 テレワークがさらした深層』

太田肇

対象書籍名:『日本人の承認欲求 テレワークがさらした深層』
対象著者:太田肇
対象書籍ISBN:978-4-10-610947-8

 新型コロナウイルスのまん延防止等重点措置が解除されるや否や、多くの会社では社員にテレワークをやめて出社するよう促す。社員を待ち受けているのは、大部屋で仕切りがない日本企業特有のオフィスだ(感染予防のため透明のアクリル板は設置されたが)。
 出社解禁を歓迎するのは主に管理職である。孤独なテレワークから一転、目の前には大勢の部下がいる。部下たちはたびたび仕事の相談にやってくるし、何気ないひと言にも耳を傾けてくれる。ミーティングやプレゼンを仕切るのも管理職だ。
 日本人にとって会社は、承認欲求を満たせる貴重な場である。とくに管理職にとって職場は、自分の「偉さ」を見せびらかすことができる快適な場だ。彼らが出社勤務に戻るのを待ちわびていたのも無理はない。
 いっぽう職場で「偉さ」を見せびらかすことができない若者は、自撮りの写真や動画をSNSにアップし、仲間内で自分のキャラをそれとなくアピールする。近年しばしば話題にのぼるようになった承認欲求。心理学者のマズローは、それを「自尊の欲求」と「尊敬の欲求」に分けている。自分の地位や魅力を見せびらかしたいと思うのは後者、つまり尊敬の欲求からくるものだ。注目すべきなのは日本人の場合、職場や仲間内など小さな世間で認められることが、ことさら重視される点だ。
「見せびらかしたい」という欲求に焦点を当てることで、これまでとは違う側面が見えてくるし、さまざまな「不思議」が不思議でなくなる。
 会議に議題と直接関係のない社員まで出席させ長広舌をふるうのも、忘年会や新年会の開催にご執心なのも、管理職にとってその場が「ハレの舞台」になっているからだ。非効率だといわれながら判子文化がなくならないのも、押印が権威を見せつける機会だと思えば納得がいく。
 もっとも「見せびらかしたい」という衝動に駆られ、自ら墓穴を掘ることもある。部下から期待どおりの尊敬が得られず、自分の権威を力尽くでも認めさせようとすると、パワハラ扱いされかねない。一歩組織の外に出て箍(たが)が外れると、それがさらにエスカレートする。政治家や官僚が大言壮語して足をすくわれるのも、自粛要請中に接待をともなう飲食店に出入りしてペナルティを受けたのも、欲求が暴走したものだといえよう。
 陰徳を重んじ慎み深さをよしとするわが国では、自己主張や自己アピールははしたないとされる。しかし承認欲求が「欲求」である以上、食欲や性欲と同じように捨て去ることは困難だ。心の奥底にある俗っぽい欲求から目を背けず、正常な方向へコントロールしていくべきだろう。本書ではテレワークによる時代の変化のなかにその可能性も見出そうとした。


 (おおた・はじめ 同志社大学政策学部教授)

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