書評

2022年6月号掲載

「一汁一菜」で幸せになって欲しい

土井善晴『一汁一菜でよいと至るまで』

土井善晴

対象書籍名:『一汁一菜でよいと至るまで』
対象著者:土井善晴
対象書籍ISBN:978-4-10-610950-8

 やっと本が出ることになりました。『一汁一菜でよいと至るまで』という、初めての新書です。
 この「波」で二〇一八年の十一月から、一年以上にわたって連載した文章をまとめて、加筆して、書き直して、削って、また加えて、と、何度も試行錯誤したものです。連載当初から、拙い私の文章を楽しみにしてくださっていた方がいらして、その上、「いつ本になるのか」という問い合わせのお電話を何本も頂戴した、と担当の編集者さんから聞きました。本当に、ありがたいことです。そういう方の顔が浮かんで、頑張れました。
 連載の当初は、毎月の締め切りに間に合わせるのに精一杯で、連載原稿を書くことそれ自体が挑戦でした。それをまとめるというのですから、さらなる大きな挑戦です。そもそも、連載を始めるにあたり、担当の方に言われました。
 ――『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)で書いたような、ある意味で、料理研究家としての自らの首を絞めるであろう「提案」をする、土井さんのような奇特な料理研究家がなぜ誕生したのか、ご自分のことを書いてみてください。
 言われてみれば、料理研究家の父親を持ち、料理の道を歩むことは十代の頃には志していました。とはいえ、あまりにも何もできない自分がそこにはいて、スイスやフランスへ武者修行、帰国時には神戸のフレンチで、そして自分に足りない日本料理の現場「味吉兆」で仕事しました。その後父の料理学校を手伝い、教壇に立ちましたが、修業時代に出会った素晴らしい人、技、美しいもの、その全てを伝えるのは難しいことでした。
 そこで大きな壁にぶち当たるのです。プロの料理と家庭料理の違いをどう考えるべきか。その後、悩みに悩みました。とにかく手足を動かして、会うべき人に会って、たくさん話して考えて、とやってみるしかなかった。父、土井勝は、「善晴は料理しかできないからね」と言いましたが、その通りで、今もそれは変わらないのです。
 一九五七年生まれの私は、そうして、料理のことばかりに携わる人生を過ごしてきました。それをまとめたのがこの新書です。どうして「一汁一菜」というスタイル、思想に至ったのか、その思考の流れをまとめる結果になりました。連載の企画が出てから五年、「一汁一菜」を最も必要とする、働く世代が読む新書という形になり、嬉しく思っています。簡単に、当たり前に、人生を豊かにする「一汁一菜」に、難しいことは何もありません。それに「失敗」ということもありません。その日の挑戦の結果が伴わなかった、というだけ。誰もが成長途中ですから、大丈夫。
 料理という行為、それを日常にする「一汁一菜」というスタイルを武器にして、幸せになってください。それが私の願いです。


 (どい・よしはる 料理研究家)

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